神ならざる手
八月にフォーラム仙台に『マミー』を観に行った。これは和歌山毒物カレー事件のドキュメンタリー映画だ。容疑者として逮捕され、最高裁判決で死刑が確定した林眞須美の犯行なのか?
ドキュメンタリーといっても、どうしても情報の取捨選択が取材する側、編集する側に寄ってしまうのはあるし、わたしがこの事件の裁きをどうこう言えるものではないのだが、司法は「疑わしきは罰せず」じゃないのか? と証拠の不充分さに首を捻らざるを得ない。
世の中、未解決、冤罪と言われた刑事事件は数多い。今年無罪が確定した袴田巌氏の事件もそうだ。袴田事件、う~ん、本当言うと、袴田巌氏が犯人扱いされたのだからこう呼ぶのはおかしい。でもこの静岡県の味噌製造会社の専務とその家族が殺害され、家屋に放火された事件はそう呼ばれている。事件当時はもう左遷されていなかったけれど、多くの冤罪を生み、拷問王と綽名された紅林麻雄の捜査手法が静岡県警に残っていたのが原因だったのではと、ネットでいくつか目にした。
私が小学生の頃、死刑囚の再審がニュースになった。これも被疑者の名を取って免田事件と呼ばれる。戦後間もない頃の殺人事件で捕まった人が死刑判決を受けながらずっと無罪を訴え続け、三十数年を超えて再審が始まった。社会の授業でも話題に出ていたので記憶している。免田氏の無罪が確定しても時間は取り戻せない、と先生は言った。取り戻せないのは時間だけではない。免田氏は再審で無罪、検察は控訴しなかった。
免田氏のその後の人生は知らない。興味本位で取り上げるものではないから。
ただ、袴田巌氏の無罪確定のニュースを聞いて免田栄氏のことを思い出した。ついで、十月二十日の新聞の訃報の欄にドキリとした。
免田玉枝さん(めんだ・たまえ゠死刑囚として初めて再審無罪となった故免田栄さんの妻)18日死去、88歳。
とあった。「故」と付くからには亡くなっていたのか。無罪判決から四十年以上経っている。調べてみたら免田氏は令和二年に亡くなっていた。
神ならざる人はすべてを見とおせないし、時に過ちを犯す。取り返しがつくこと、許されることばかりでない。テミスの女神が顕現してくれればと願わないではない。




