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美は傷

 本の内容についてどこで目にしたのか、多分ネットの書評で『美は傷』という物語が紹介されていて、それで読もうと決めたはずだ。しかし本屋でも地元の図書館でも見掛けず、諦めていた。けれど別の地域の図書館にあると検索で判明したので、レファレンスサービスを利用することにした。

 しかし読もうと決めてから手元に届くまで時間が掛かり過ぎて、どのような内容で読む気になったのかすっかり忘れてしまった。

 図書館で受け取った『美は傷』(エカ・クルニアワン著 太田りべか訳 春秋社刊)の表紙は黒地で真ん中に白字で表題が来て、その左側に裸の女性、女性の半身は透けているのか、植物のように葉脈が走っているのか、透けた左腕、手に当たる場所には薔薇が咲き、犬らしき動物が横顔を出している。本をひっくり返して裏表紙を見れば、「美しき娼婦、呪われた一族、流転する百年の愛と暴力」と簡単な紹介が書かれていた。舞台はジャワ島南部の架空の町ハリムンダで、奇想天外なマジックリアリズム小説とある。

 ページを繰れば、のっけから墓石が鳴動して葬られた女性がよみがえる。女性の名前はデウィ・アユ、ハリムンダの男性たちを虜にした娼婦だった。五十二歳で四人目の娘を出産して亡くなり、二十一年後にどういう訳かよみがえった。

 デウィ・アユの出生は複雑だ。デウィ・アユの祖父はオランダ人入植者で、同国人の妻と現地人の愛人がいた。妻との間には息子、愛人との間に娘が生まれ、その異母兄妹同士が愛し合って姿を消し、その娘のデウィ・アユが残された。デウィ・アユは忌み嫌われることなく、祖父母の手で育てられた。戦争が始まり、デウィ・アユは一人になった。実の祖母のかつての恋人を(強引に)夫に迎えたものの、儀式のみで逃げられ死なれてしまった。

 やがて日本軍がやってくる。デウィ・アユはほかのオランダ人たちと共に収容所に連れていかれる。若くて容姿の優れた女性たちが日本軍兵士の慰安婦にさせられ、デウィ・アユは一人目の娘を身籠った。

 戦争が終わり、インドネシアが独立を遂げた。デウィ・アユは寄る辺ない身で、娼婦として生き続けた。父親の解らない娘が増え、しかし、かの女に悲壮感はない。デウィ・アユは常に美しく、精神的にたくましかった。

 デウィ・アユの娘たち、孫たちの世代にも物語は及ぶ。ハリムンダの町の治安、インドネシアの政情は揺れ動き、影響を免れない。オランダや日本への抵抗、独立への戦い、デヴィ夫人の配偶者が大統領の時代があり、クー・デタがあり、共産党員への大弾圧があった。当然ジャカルタから離れたハリムンダでも流血が繰り返される。あまりに悲惨過ぎておかしくなりそうだ。そんなことないでしょ! といった事柄から、ああ解る、人間そんなものだといったことまで描かれていく。

 引き裂かれた恋人とやっと再会できたのに雲か霞のように消えてしまった女性。礼儀正しく優しい幼な妻に感化されてよき家庭人になったやくざ者(外ではやっぱりやくざ者ではある)。「9.30事件」の動乱で新聞発行どころではないのに、ハリムンダの共産党指導者は一人ポーチに座って新聞を待ち続ける。

 一体物語はどのように終結するのだろうとページを繰る手を止められなくなった。原()は結()となって、デウィ・アユを母とする血脈は悲しみに包まれる。因果の始まりはかの女ではなかったのに。

『美は傷』の訳者あとがきに、著者のエカ・クルニアワンはガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』の影響を語っている、とある。さもありなん。それを知っていてもなおインドネシアの歴史と独自の自然観や宗教観が力強く迫ってくる小説だった。桜庭一樹の『赤朽葉家の伝説』や阿部和重の『シンセミア』も、とある地域とそこで暮らす家族の興隆を描いた迫力ある本だったが、『美は傷』も口当たりのよい酒のように読み進められ、くらくらとする酔いをもたらす。

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