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クリスマスにぎり二重密室盗難事件 後編

「なあ……、ノア。お前がお金を盗んだのか?」

 牧師館の庭の隅で、涼太は、自分のことでもないのにひどく意気消沈していた。ベンチに並んで腰かけているノアに、恐るおそる尋ねる。

「盗んでいませんよ」

「……じゃ、じゃあ! さっきどうして、もっとちゃんと言わなかったんだよ!!」

「言ったつもりだったんですが……」

 皆の無言の疑惑が集まる中、ノアは、

「論理的にはそれが正しいようですね」

 と言い放ったのだった。

 だけどノア君じゃないでしょう、と聞かれ、

「ぼくではありません」

 と答えたものの、ノア特有の、あまり感情豊かでない言い回しが災いし、その言葉には説得力がなかった。そして皆は改めて、この街の新しい住人、ノアについてまだ良く知らなかったと思い出したのだった。

 気まずい雰囲気に耐えられなくなった田中のおばちゃんが、皆してあまり長い間、クリスマス会を放っておく訳にいかないと言い出した。そうして結論が出ないまま、皆はいったん会場に戻ることにしたのだった。

「あんな風に疑われてさ、もっと怒るとか、わめくとか、そういう風にしないと皆分かんないだろ!」

 そう言う涼太が、まるでノアの代わりに怒っているようだった。

「そういうものなのですか。すみません、ぼく、物知らずで……」

 ノアは頭を下げた。

「まったく……。とにかくこれで、絶対に真犯人を見つけなきゃいけなくなったじゃないか」

 そうしないとノアの潔白が証明できない。

「そのようですね」

 しかし涼太には、多少、思う所があった。それを思い切ってノアと相談してみようと決めた。

 辺りに人がいないのを確認してから、涼太はノアに少し近づいた。

「なあ……、ノア」

「はい」

「俺思ったんだけど。早紀おばさん、なんか怪しくないか? さっきからずっと、何か言いたそうっていうか……、隠しごとしてる感じするんだけど。落ち着かないし、オドオドしてるし……」

「ですが早紀さんという人は、元々そういう性格の人ではないのですか? 田中さんに聞きましたが」

「え? ああ、そっか……。言われてみれば、俺もまだよく知らないからなあ。こっち戻ってきて二ヶ月くらいだし」

「え?」

「ああ、早紀おばさんち。ノアは知らないよな。ノアが来る一ヶ月くらい前に、引っ越してきたんだよ」

「でも、早紀さんはこの街のお生まれなんじゃ? 牧師さんと早紀は幼馴染だと、美智子さんに聞きましたよ?」

「うん。早紀おばさんはこの街の人だよ。でも嫁に行ってたんだ。最近離婚して、愛美ちゃん連れて実家に戻ってきたんだって」

「ああ……、そういえば離婚したと……」

 ノアはぶつぶつと独り言を呟いた。

「涼太さん。早紀おばさんと、以前会ったことはないのですか? ほら、夏休みで帰省してきたり……?」

「ないよ。早紀おばさん、二十年くらい前に嫁に行ってから、一度もこの街に帰らなかったんだって」

「え?」

「愛美ちゃんちのばあちゃん、早紀おばさんの母ちゃんだけど。ほら、さっきも言ったけど、きっついばあちゃんでさあ。いつも、『出戻りの娘が』とか、結構ひどいこと言うんだよな。そういうばあちゃんだから、早紀おばさんとは昔からうまくいかなかったんだって。だから早紀おばさんが関西に嫁に行った時も、半分駆け落ちみたいな感じで……」

「関西!?」

 その口調に、涼太は思わずノアを見た。ノアはあんぐりと口を開けている。

「それがどうかした?」

「ど、どうしてもっと早く教えてくれなかったんです!?」

 ノアの剣幕に、涼太の方が驚いた。

「え、だって聞かれなかったし。……これって重要なの?」

「ものすごーーく、重要です!」

 ノアの色白の顔が、真っ赤になっている。

「ぼくは先入観で、早紀さんも愛美さんも、ずっとこの街で暮らしている人だと思いこんでました。でも考えてみれば、離婚したのだから、どこか別の場所から実家に戻ってきたのかもしれない、と気づいて当然でした。ぼくがバカでした」

「え? え?」

「それにここの教会員の人たちは、皆さん幼馴染みで、今でも『しずちゃん』とか『じろちゃん』といった風に、子供の頃の愛称で呼び合っています。ですが、早紀さんだけはそう呼ばれていない。早紀さんがおにぎりを作っている時も、皆さん遠巻きに声をかけるだけで、牧師さんのように近くに行ってお喋りしたりしなかった。早紀さんと他の皆さんの間に、壁があるのは分かっていたんです」

「そ、それが……?」

「いや、でも待って下さい。それならどうして二人共……?」

 ノアは誰にともなく喋り続けている。

「ちょっと待てよ、ノア! 俺、なんだか分かんないよ。説明してくれよ!」

「涼太さん!」

 ノアは涼太の言葉を丸っきり無視し、肩を掴んで揺さぶった。

「愛美さんは、転校してきた時どんな感じでした? 今と変わらない印象でしたか?」

「う、うん」

 涼太は愛美のことを聞かれると、何だか後ろめたいような、くすぐったいような気になってしまう。

「最初からあんな感じだったよ。明るくていい子だし、人見知りしないから、すぐ友達がいっぱいできて……」

 だからライバルも多い、と思わず言いそうになり、涼太は慌てて口をつぐんだ。

「ああ……、そうか、きっとそうだ……。それなら牧師さんは……」

「ノア~。一人で喋ってないで、俺にも教えてくれよ~」

 おぼろげにノア独特の個性を理解しつつある涼太は、無駄と思いつつ言ってみたが、その言葉はやはり無駄になった。

「涼太さん! クリスマスプディングって、どういうものなんでしょうか!?」

 突然、ノアは言った。

「え? さ、さあ? 知らないけど……。見てみるか?」

 涼太はスマホを取り出した。画像を検索し始めると、ノアは、まるで始めて見たように目を丸くしてスマホをのぞきこんだ。

「これで写真が見られるんですか?」

「え、そうだよ? ネット繋がってるし」

「へえ。涼太さんはすごい物をお持ちですね」

「ええ? 今時スマホくらい誰でも持ってるだろ? ……まあ牧師さんはガラケーみたいだけど」

「がらけい?」

 その時、スマホの画面でくるくると回っていた印が消え、目的の画像が映し出された。

「ええっ!? これがクリスマスプディング!? なんか、全然イメージ違うじゃん!」

 画面には、伏せたお椀型をしたスポンジケーキのようなものが映し出されていた。それだけだ。地味な茶色で、何の飾りも施されていない。『クリスマスプディング』という名前から連想されるイメージとは程遠く、あまり食欲をそそるとは言えない見かけだった。ちょっと焦げた大きい蒸しパン、といったところだ。

「お菓子って感じしないなあ」

「お菓子って感じがしない………………」

 ノアは、涼太の言葉をオウム返しに繰り返した。

「ああ、そうか……、だから……」

「なあ、ノア」

「…………」

「ノアってば」

「…………はい?」

「なに、ぼーっとしてるんだよ。なんか分かったのか?」

「はい」

「何が分かったんだ?」

「ええと、全部です。たぶん」

「は? 全部!?」

「はい、ええと、実はですね……」

「ちょ、ちょっと待った!」

 涼太は慌てて、ノアの口を塞いだ。

「……本当に、全部、分かったのか?」

「ええ、まあ」

「だったら、そういうのはもっとこう、盛り上がんないとダメじゃん!」

「盛り上がる?」

「そう! 俺、あれやりたい! あれ! ほら、事件の関係者が全員集まってさ、探偵が、『この中に犯人がいる!』とかいうやつ……」

「まあ、涼太さんがやりたいと仰るなら」

「よし! じゃあ皆に、食堂に集まってもらうから!」

 涼太は言うが早いか、もう駆け出していた。


「ええと、何を話せばいいんでしたっけ?」

 張りきって皆を集めた食堂で、開口一番ノアがそう言ったので、涼太は拍子抜けしてしまった。

「おーい、名探偵! どうした!」

 鈴木のおじさんが、ふざけてヤジをとばした。

「ノア! もう、緊張感ないなあ……。じゃあ俺が代わりに……」

 涼太は椅子から勢い良く立ち上がった。

「皆さんにお集まりいただいたのは、この『クリスマスにぎり二重密室盗難事件』の真相を……」

「いいぞいいぞー!」

 鈴木のおじさんは口笛を吹いた。

「もう! おじさん、邪魔しないでよ!」

「はいはい」

 出鼻をくじかれた涼太は咳払いすると、

「ノア。とりあえず、始めから順番に話していけばいいんじゃないか?」

 と、頼りない探偵役にアドバイスをした。

「はい、分かりました。ええと……。じゃあまず、おにぎりのことでしたね」

「ええ、そうよ。鍵のかかった部屋に出入りした方法は分かったけど、そこからおにぎりの中身だけ盗むなんて、一体どうやったの?」

 まだノアに多少の不審感を抱いていた田中のおばちゃんだったが、生来の旺盛な好奇心を抑えられずに身を乗り出した。

「おにぎりの中身は、盗まれたんじゃないんです」

「え? 盗まれたんじゃないって……どういうこと?」

「それが、誤解の始まりだったんです。……そうですよね? 早紀さん」

 全員の注目が集まる中、早紀さんは、真っ赤になって口をぱくぱくさせていた。とても動揺している様子だ。

「……はい」

 一言だけそう答えると、早紀さんはうつむいてしまった。

「ええっ? どういうことだ?」

 鈴木のおじさんも、少し真面目な顔をする。

「おにぎりの具は、元々入っていなかったんです。早紀さんが作った時から」

「えええっ!?」

 涼太をはじめ、全員が声を上げた。

「まさか、そんなこと。真面目な早紀さんがそんなイタズラを……!?」

「いたずらじゃありません。早紀さんは最近、関西からこの街に戻ってきたばかりだそうですね。――関西の方では、おにぎりに具は入れないんです」

「ええっ!? 嘘でしょ!?」

「本当です。地域によって細かい差はありますが」

「ちょ、ちょっと待って! 調べてみる!」

 涼太はスマホを取り出して検索しはじめた。小さな液晶を、大人が顔を寄せ合ってのぞきこむ。

「……ほんとだ」

 涼太は、スマホの画面が全員からよく見えるようテーブルに置いた。そこには全国各地のおにぎりについて、詳しく解説したウェブサイトが表示されている。関西風おにぎりとして紹介されているのは、小ぶりで俵型、ご飯に胡麻やふりかけなどをまぶし、一部分だけに海苔が巻いてある華やかな見た目のおにぎりだった。まさに今日、早紀さんが作ったものとそっくりだ。説明文を読むと確かに、具は入れないと書いてある。

 一方、涼太たちが普段見慣れているおにぎりは、もっと大きくて平べったい三角型だ。中には梅やしゃけ、おかかなどの具を入れる。全体が海苔で覆われているので、関西風に比べて見かけの華やかさはないし、無骨な感じがする。その代わり、ボリュームはたっぷりだ。ウェブサイトの説明によれば、北関東を中心とした地域に見られるおにぎりらしい。

「へえー! おにぎりって、こんなに種類があるのねえ」

 美智子さんと田中のおばちゃんは特に興味津々で、スマホ画面をスクロールしている。ウェブサイトには他にも丸型や円盤型、昆布を巻いたもの、各地の特産品を使ったものなど、皆が見たことも聞いたこともないようなおにぎりの数々が紹介されていた。

「あんまり普通の食べ物だから……、どこのおにぎりも一緒って思いこんでたわよねえ」

 田中のおばちゃんが呟いた。

「でもそれならそれで、早紀さん、一言言ってくれれば良かったじゃない!?」

 おばちゃんは少しきつい口調で、早紀さんに言った。

「す、すみません……。その……、牧師館の庭に行った時にはもう皆さんが、『おにぎりがニセモノにすり替えられた』と仰っていたので……。それがまさか、具が入っていないからそう思われたとは……。本当にすみません……」

 早紀さんが泣きそうな顔でうつむいてしまったので、田中のおばちゃんも困った顔をした。

「で、でもその後……。そう、牧師館の中に入った時、誰か早紀さんに説明しなかった?」

「は、はい。その時に言おうとしたんですが……、でも……」

 早紀さんは口ごもった。

「そう。その時になって初めて早紀さんは、皆さんが誤解しているのに気づいたんです。でも……、言えなかったんですよね」

 ノアが優しく声をかけた。

「……はい」

「どうして?」

「それは、早紀さんの普段の行動から分かると思います。早紀さんはとても気遣いをする方で、時には過剰なほど遠慮がちです。最後まで残って礼拝堂の片付けをしたり、おにぎり係が一人だけになってしまったのに、手伝ってほしいとも言わず、一人で頑張ってしまったり。早紀さんのこういう部分は、後ろめたさと不安から来ているのだと思います」

「後ろめたさ? 不安?」

「そうです。早紀さんは昔、駆け落ち同然にこの街を出ていったと聞きました。早紀さんのお母さんはずいぶん保守的な方のようで、そんな早紀さんに対し、心無いことを言っていたようです。それで早紀さんが、離婚してこの街に戻ってきたことを、後ろめたく感じてしまったとしても不思議はありません」

「ああ……、早紀さんとこのおばあちゃんね……」

 皆、思わずうなずいた。心当たりがあるようだ。

「そして、『不安』。早紀さんだけでなく愛美さんも、同じように見受けられます。皆さん、愛美さんと早紀さんの『喋り方』を、不自然だと思いませんか?」

「喋り方?」

「そうです。この街出身の早紀さんはともかく、愛美さんは関西で生まれ育ったんですよね。なのに関西の言葉でなく、この辺りの人と同じ喋り方をしています」

「……あ!!」

 皆、顔を見合わせた。

「おそらく、お二人とも意識して、そうしているのでしょう。こういうところからも、お二人がこの街の皆さんに馴染むため、気を配っているのが分かります。積極的に教会の手伝いをし、迷惑をかけてはいけないと遠慮する。仲間として受け入れられたいと、強く思っているのでしょう。愛美さんには初めての土地ですし、早紀さんにも二十年ぶりの故郷です。周りと上手くやっていけるか、とても不安だったに違いありません」

「……なるほどなあ」

 鈴木のおじさんは、頭を掻いた。

「でも、それとおにぎりのことがどう関係してるの?」

「田中さん。あの時の会話、思い出せますか?」

「ええと……、おにぎりの中身がなくなってたことを誰かが言ったのよね。それで……、そうそう、確か涼太君が、『複数犯なら短時間でニセモノが作れる』とか何とか言ったわ」

「はい。まさにその時、早紀さんは言い出そうとしていたんです。自分が作ったのは関西風のおにぎりで、具は入れないものなんだと。ところがちょうどそのタイミングで、田中さんが言ったんです。『こんな小洒落たおにぎりは私たちには作れない』って」

「ええと、そんなこと言ったかしらね、確か」

「田中さんにしてみれば、全く悪気のない一言でした。むしろ、早紀さんの作った華やかなおにぎりを褒める気持ちから、『小洒落た』という言葉が出てきたんだと思います。ところが早紀さんは、先ほど説明したような心理から、そう受け取らなかった。早紀さんは、小洒落たという言葉を何か、気取っている、この街を出て関西で暮らしていたのを鼻にかけ、『あなた方とは違うのよ』とお高く止まっている、そう思われてしまったと考えたんです」

「ええっ!?」

「しずちゃんは、そういう小難しいこと考えるタイプじゃないのになあ」

 鈴木のおじさんが呟くと、田中のおばちゃんは、

「それ、褒めてるの!?」

 と苦笑いした。

「実際、早紀さんはその時になって初めて、自分が長年の習慣で無意識に関西風おにぎりを作ってしまった、と気づいたんだと思います。そして、自分の故郷のおにぎりは違うタイプのものだったと思い出した。しかし、言い出せなくなってしまった……」

「はあ~」

 みんな一気に緊張が解けたように、早紀さんを見つめた。

「じゃあ、始めから誤解だったってわけね。おにぎりは盗まれもしなかったし、始めから早紀さんが作ったままだった……」

「ちょ、ちょっと待って!」

 涼太が席から立ち上がった。

「じゃあ、『裏切り者のおにぎり』はどうなったの!?」

 ノアは、深いため息をついた。

「それがですね……。早紀さんのおにぎりの誤解と、牧師さんのクリスマスプディングの計画。それからお金の横領疑惑。この三つがたまたま重なったことで、こんな騒動になってしまったんです」

「クリスマスプディングの計画ってのは、横領犯を暴こうとした計画のことだよな?」

「違うんです。そんな計画は始めからなかった。牧師さんは、ただお菓子を食べたかっただけなんです」

「え?」

「は!?」

「牧師さんはこの間の検査で血糖値が上がっていて、主治医の先生に甘いものを止められていました。ですがお菓子が大好きな牧師さんは、ぼくや美智子さんの目を盗んでこっそり食べようとするので、厳重に監視していたんです」

「まあ……」

「お菓子が食べられずに、ストレスのたまっていた牧師さんは考えました。クリスマス会なら、大好きなお菓子を少しくらい、ぼくと美智子さんに『赦し』てもらえるかもしれない。でも生クリームたっぷりのクリスマスケーキとか、見るからに身体に悪そうなものだとやっぱり止められるだろう。――そこで牧師さんは、クリスマスプディングを思いつきました。クリスマスプディングは地味な見た目で、あまりお菓子という感じがしません。これなら食べさせてもらえるでしょう。そして、お菓子好きの牧師さんが中でも特に好きな、チョコレート。それをぼくたちにバレないように食べられると考えたんです。プディングは茶色で、ちょうどチョコレートと同じような色をしています。チョコを混ぜてもぱっと見は分かりません。プディングを作る人に、こっそり頼もうと企んでいたのでしょう。プディングの一部にチョコレートをたっぷり入れて、その部分を自分に切り分けてくれと……。クリスマスプディングの十三種類の材料は、イエス様と十二人の弟子を表しているんでしたね。それなら、本来入れられるはずのないチョコレートは、いわばイスカリオテのユダ。つまり『裏切り者』です」

「はあ~、牧師さんってば……。あの人はもう……!」

 あきれかえった皆の間から、ため息が漏れた。

「だけど結局誰もプディングを作れなかったから、その計画は諦めたんでしょう? それなら、おにぎりを作ってる早紀さんの周りをうろうろしていたのはどうして? まさかおにぎりにチョコレートを……?」

「違いますよ。牧師さんは、早紀さんが好きなんです」

「は?」

「えっ」

「ええ!?」

「お二人は幼馴染で、早紀さんは牧師さんのことをシュウちゃんと呼ぶくらい、気の置けない仲です。牧師さんは早紀さんがこの街に戻ってきて嬉しかったんでしょう。この頃やたら体型を気にしたり、早紀さんが庭の手入れに出てくる時間を見計らって、自分も庭に出て水まきをしていました。クリスマス会の準備中も用もないのにうろうろして、早紀さんの気を引きたかったんですよ」

「まあ……」

「やだわあ、牧師さんたら」

「子供みたいねえ」

 皆の間から笑いが漏れた。当の早紀さんは真っ赤になって、もじもじしている。

「いやあ、実はなあ」

 突然、鈴木のおじさんが大声で言った。

「『サッちゃん』があんまり昔と変わんなくて、若々しくて綺麗なもんだからさあ、俺もちょっと緊張してたんだよね。よそよそしくしてたつもりはないんだけど。悪いことしたなあ」

「そうだ、思い出したわ! じろちゃんて子供の頃、サッちゃんのこと好きだったのよね! ほら、みっちゃん、覚えてる? 小学校の修学旅行で……」

「ああ! そうそう……」

「おいおい、やめてくれよぉ。うちの母ちゃんに怒られちゃうだろ」

 鈴木のおじさんは頭を掻いた。

 皆吹き出した。早紀さんも。


「でもさあ、肝心なことがまだ分かんないよ」

 ひとしきり笑って和やかな空気が満ちた時、涼太が言った。

「そうそう、忘れてたわ。お金の横領は?」

「ノア君、誰が横領犯か分かっちゃったの!?」

「はい」

「えっ!? だ、誰が……?」

 皆一斉に、身を乗り出した。

「これを見て下さい。皆さんが食堂に集まるまでの間に、事務室から探してきました」

 ノアはそう言って、テーブルの上にティッシュペーパーの包みを置いた。それを開くと、中には小さくちぎった紙片がいくつか入っていた。紙片にはそれぞれ文字や数字が書いてあり、中の一つには、「上様」と書かれているのがはっきり読み取れる。

「これは……、領収書? でもどうしてこんな風に破かれて……?」

 ノアは微笑んだ。

「涼太さんの、密室破りの推理。あれはあれで正解だったのです。横領犯はあのやり方で、いつも鍵のかかっている事務室に入りこみました。ただ少し違っていたのは……、横領犯は部屋から出ていきませんでした。ずっとそこにいたのです。それと、横領されていたのはお金ではなく、領収書の方だったんです」

「ええ!?」

「美智子さんが事務処理をするまでの間、一時的に領収書を入れておく箱。そこから犯人は、紙を失敬しました。自分の寝床を快適にするために」

「……あ!」

「ま、まさか!」

「そう。横領犯はハムちゃんだったんです」


 有馬キリスト教会恒例のクリスマス会は、今年もなんとか無事に終わった。幸いなことに牧師さんも、腕の良い接骨院の先生のおかげで、すっかり元気になって帰宅した。一連の騒動のおかげで話題には事欠かなく、牧師さんが紹介するより先に、ノアは皆に知られた存在になっていた。

「ノア君て、賢いのよ~」

 おしゃべり好きの田中のおばちゃんは、会う人ごとにノアの宣伝をしてくれた。

 参加者たちが次々に帰宅していく中、涼太はノアの隣で、父ちゃんが車を出すのを待っていた。

「なあ、ノア。俺、聞きたかったんだけど。……お前もさ、関西から来たのか?」

「えっ? いいえ、違います」

「じゃあどうして、おにぎりのこと知ってたんだ?」

「それは、たまたまです。本で読んだことがあったのを、あの時思い出したんです」

「ふうん」

 涼太は何か言いたげな顔で、ちらりとノアを見た。

「…………」

「あのさ……」

「はい」

「お前さあ……、お前もなんだろ?」

「えっ。何のことですか」

「お前もさ、よそからこの街に来て、ちょっと仲間はずれっていうか……」

 涼太は少し気恥ずかしそうに言った。

「ここってさ、田舎だし、皆が皆のこと知ってるだろ。そういうとこに後から来ると、やっぱ入りにくいよな。お前が早紀おばさんの気持ちが分かったのって、お前も同じだからだろうなって、俺、思ってさ……」

「…………」

「でもさあ、ここの人たち、人見知りなだけなんだよ。だからあんま心配することないから」

 涼太は笑った。

「……はい。ありがとうございます」

 ノアも笑った。涼太は、ノアの笑った顔を今日初めて見た気がした。

 涼太の父ちゃんが、大きな音でクラクションを鳴らした。

「じゃ、またな」

 涼太はノアに手を振った。

「今日は、本当にありがとうございました、涼太さん」

「……あのさあ」

 涼太は帰りかけていた足を止め、ノアの真正面に立った。

「なんかさあ、堅苦しいよ、それ。友達なんだから、『涼太』でいいよ」

「友達……?」

「え、ちょ、友達じゃないのかよ!?」

「…………」

 ノアは難しい顔をして考えこんでしまった。

「ええ~……」

 涼太は呆れた。たいした重さもなく使った「友達」という言葉を、そんなに真剣に受け止められるとは思わなかった。

 しばらくして、ノアは顔を上げた。

「えっと、その」

「うん」

「涼太さ……、涼太がぼくのことを友達と思ってくれるなら、友達なんだと思います」

「……お前ってさあ」

「はい」

「面倒くさい奴!」

 涼太は大声で笑った。

「涼太ー! 行くぞー」

 バンの運転席から身を乗り出し、涼太の父ちゃんが呼んだ。

「おっと、行かなきゃ。じゃあな、ノア!」

 涼太はまだ笑い顔のまま手を振り、急いで車に乗りこんだ。バンはすぐさま、すごいスピードで牧師館から走り去っていった。その後姿を見送っていたノアがふと気づくと、牧師さんが隣に立っている。

「学校……、そろそろ行ってみるか? 友達もできたことだしなあ」

 牧師さんはノアの肩に手を置くと、言った。

「……はい」

 ノアは小さな声で答えた。

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