第九十三話
(す……凄いです!!)
私は開いた口が塞がらず、興奮を隠し切れません。
先程のキクナ学院長は、なんと一度に二つの術を同時に発現しました。
しかもそれだけはなく、今までに見たどんな術よりも一つ一つの威力が高い事にも驚いています。
「ミノリ姉様、ミノリ姉様っ!今の学院長の術を見ましたかっ!?」
私は興奮が抑えられず、隣に座るミノリの服の裾を引っ張ります。
「……うん。学院長は私が入学した時から、毎年こうやって開会の挨拶に術を使っている」
流石に毎年の事で慣れているためか、ミノリは私より落ち着き払っているみたいです。
「二重詠唱。二つの文言を一度に重ねて詠唱することによって、二つの術を同時に使用する詠唱方法。術同士の組み合わせにより、単純比較で術二つ分の倍以上の威力を発揮する。しかしその分、制御は困難で『乙女』の中でも学院長含め数人しか使えないと言われる高等技術」
しかし、やはりミノリも興奮しているらしく、いつもより口数が多いです。
それにしても改めて『六聖女』の実力を思い知ります。
ナナ、センリ、学院長。三人が三人共、規格外の強さを持っています。
(……ひょっとしてナナに並びたいという私の目標って、滅茶苦茶ハードルが高いのでは!?)
今更ながらに痛感します。
(しかしまだまだ時間はあります。まずはこの学院で、学ぶべきことを全て学ぶのが大事です!)
そう心に決める私に、ユカリの声が掛かります。
「おーい、お二人さん。ぼーっとしているのも構わないが、そろそろ東門の待機室に行かないと不味いのではないか?」
「あ、そうでした!早く移動しないと!」
私達三人は立ち上がると、熱気が収まりきらない観客席を後にします。
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「お、待っていたぞ。今丁度トーナメントの組み合わせを発表していて、その後のルール説明が終わったらすぐだから、準備しておけよ!」
東門の待機室で、私達を出迎えたミコ先生が話します。
「えと、準備って何のですか?」
「はぁっ!?何、寝ぼけたことを言っているんだ、ノノ」
呆れ顔のミコ先生。
「ミノリ、説明しなかったのか?」
「……途中だった」
ミコ先生の問いに、ふるふると首を振るミノリ。
そういえば開会式で中断されてしまいましたが、「一番手が~」とユカリが話していましたね。
「はぁ、仕方ねーな。おいノノ、お前達のチームは第一試合だからな。頼んだぞ」
(……第一試合?……第一、つまり最初!?)
「えぇ!?まだ全然、心の準備が出来ていません!」
「……ノノ、落ち着いて。今から準備すればいい」
「あ、それもそうですね」
ミノリの言葉に頷きます。
とはいうものの、そう簡単に落ち着けるほど私は器用ではありません。
意識すると心臓がバクバク脈打っています。
試合では制服のままで戦うため、着替えなどは必要ありません。
そのため他にやることといえば、精神集中以外に何か出来ることはあったでしょうか。
「まぁ、このままだとノノも落ち着けないし、作戦の確認をしておこう。僕の仕入れた情報によると、相手チームは三人ともCクラス。メンバー構成は顕現者が一人、術者が二人だ」
『タリアの乙女』の戦闘スタイルは何が得意かによって、大別すると三つのタイプに分けられます。
顕現者は主に顕現が得意な『乙女』。主に『タリアの娘』の固有武器と身体教化によって、接近戦を得意とするタイプ。
術者は術の方が得意な『乙女』。主に術の使用により、遠距離からの攻撃や後方からの援護を得意とするタイプ。
そして術と顕現、その両方を得意とするのが、万能者。近接戦では顕現、遠距離戦では術を使い分けてくるタイプ。
しかし、これらはあくまでも大まか括りであるため、実際には接近戦で術をメインに使ってくる『乙女』もいれば、遠くから固有武器で攻撃をする『乙女』も居るそうです。
ちなみにミノリは術者。ユカリは顕現者。
そして私は顕現も術もある程度は使えるため、万能者という括りに入ります。
「……じゃ、今回はノノがメインだね」
「はい!」
私達のチームはユカリの契約率が低いため、基本的に試合では2対3になると想定しています。
そのため相手チームの構成によって、用意した幾つかの作戦を切り替えて戦います。
今回であれば相手チームに術者の方が多いため、先に私が相手チームの前衛――顕現者を倒し、その後に後衛――術者を倒す作戦です。
作戦的には私が突撃し、その間にミノリは私の援護を引き受けます。
私達のチームとしては、どうしても短期決戦が望ましいです。
戦闘が長期化した場合、ただでさえメンバーが少ない分だけ魔力を消耗したり、疲労が溜まったりしてしまいます。
そうなると例え勝ち進んだとしても、後になるほど厳しくなるのは確実です。
「そのためノノの役割は、早めに仮契約を済ませて、有利な位置取りを行うことになる」
ユカリの説明にコクリと頷きます。
戦いが行われる試合場の直径は50メートル。
試合ではそれぞれのチームが東と西――試合場の両端から入場するため、同時に試合場に入った場合はどうしても遠距離戦を得意とする術者が有利となります。
それを防ぐためにも顕現者は早めに契約を終えて、試合場の良い位置を抑える必要があります。
……ちなみに過去の話ですが、先に契約を行って相手チームの入場箇所のすぐ前に陣取った生徒が居たそうですが、その生徒は観客席から猛烈なブーイングを食らい、その試合では棄権せざるをえなかったそうです。
やっぱり正々堂々って大事ですね。
「ちなみに相手はノノも知っている娘達だよ」
「私の知り合い……ですか?」
ユカリの言葉に、私は首を傾げます
唯でさえ知り合いも少ないのに、一体誰でしょうか……?
「そう。でもすぐに分かるから、それまでのお楽しみに」
答えをはぐらかすユカリ。
まぁ、すぐに分かる事なので、あえて正解を聞く必要はありませんが。
そんなやりとりをしていると、待機室の扉を開けて他の先生が入ってきます。
「すみません、そろそろ移動をお願いします」
「おーし、お前ら行くぞ!」
ミコ先生に連れられて、私達は待機室を出て闘技場のフロアへと続く通路を歩きます。
通路の出口に近付くにつれ、段々と試合会場からの騒々しさが大きくなります。
そして一際大きな声が響いてきます。
『さぁルール説明も終わりましたので、まもなく『乙女練武祭』の本番が始まります!ここから先は私――7学年のフタバの実況でお送りさせて頂きます。そして解説には、当学院の学院長であるキクナ・ミラノ学院長にお越し頂いております。よろしくお願いします』
『よろしくお願い致しますわ』
開会式と同様に、術で音量を拡大された声がこちらまで届きます。
しかし実況に解説って、まるでテレビの中継みたいですね。格闘技とかの。
『さてキクナ学院長、毎年恒例ではありますが、開会式の挨拶ではド派手な術を発現しましたね!』
『えぇ、私は生徒である皆さんに教える機会が少ないため、こういう時ぐらいはしっかりとアピールしておきませんと』
『おぉ!流石『六聖女』の一人、『蒼穹の聖女』です!さて、そろそろ一回戦の選手が入場してくる頃合ですね』
フロアの入り口で、ミコ先生がこちらを振り返ります。
「よし、勝ってこい。お前ら!」
「はいっ!」
ミコ先生に背中を押されて闘技場のフロアに入る私達。
その途端、ワァー!と多数の生徒達の歓声によって迎え入れられます。
『さぁ早速、東門からは一回戦のチームが入場してきました!なんと初戦から、この学院でトップクラスの実力を持つミノリ選手のチームです!』
その声で客席からは「ミノリ様!」とか「『白』様!」と幾人もの声が上がります。
そしてそれに応える様にミノリが片手を上げると、更に客席からの声が大きくなります。
『リーダーは8学年Aクラスのミノリ選手。生徒達の間から『白』と呼ばれています!』
『相変わらず凄まじい人気ですわ』
『学院長の言う通りです。なんといっても彼女は3年前、4年前の過去二回に渡る優勝経験がありますからね。私は今でも、瞼を閉じればその時の光景が浮かんできます。久しぶりに出てきた今大会でも、上位まで行くのは確実と思われます!』
実況の生徒の紹介に、ミノリの凄さを認識します。
『そして二人目のメンバーは、5学年のユカリ選手。とある一部の生徒達の間では、とても人気のある生徒です!』
(……とある?)
そして実況の声に合わせるように客席の一部から、ユカリの名を叫ぶ黄色い声が聞こえます。
私は声のした方を見ます。するとその中には私の知っている顔もあり、確か、私が学院でユカリと再会した時にユカリと抱き合ってキスをしていた生徒です。
つまりあそのに居る集団が、実況のいう一部の生徒達――ユカリの百合友達だと思われます。
『彼女に関しては今大会が初出場であるため実力が分かりませんが、その辺はどうなんでしょうか?キクナ学院長?』
『……少なくとも、この大会に出場するだけの実力はありますわ』
『なるほど』
なんだかハッキリしない学院長のコメントが気になります。
『そして最後のメンバーは、数週間前に突如転入してきた謎の少女!そして今、学院で最も注目されている生徒でもある、一学年Aクラスのノノ選手です!』
ミノリやユカリほどではありませんが、大会補正によりそれなりに歓声が上がります。
(うわー、めっちゃ見られています)
あまり人前に出る経験が無いため、こうやって注目されると萎縮して小さくなってしまいます。
そんな中、「ノノ様ー!」と叫ぶ声が耳に入り、声のした方を振り返ると手を振るアタラシコの姿が目に入ります。
応援してくれるのがアタラシコとはいえ、折角の応援です。
私がぎこちなく手を振り返すと、興奮したアタラシコは更に「ノノ様ー!ノノ様ー!」と声を上げ、ぶんぶんと手を振ってきます。
(恥ずかしいから、もうやめて下さいアタラシコ!)
私は心の声で叫びますが、アタラシコに届くはずもありません。
『おーと、早くもノノ選手にはファンがついている模様です!』
『今後が楽しみですわ』
そして実況に見つかります。
……うぅ、恥ずかしい。
『ノノ選手もユカリ選手同様に初出場で実力は未知数ですが、しかしノノ選手は一年生でAクラス入りをしています!その上、私も長いこと『乙女練武祭』を見てきましたが、大会にも参加する一年生は初めて見ます!』
『彼女は学院史上、最年少のAクラス入り。そして最年少の『乙女練武祭』参加選手となりますわ』
『なんと!そうだったんですか!?して、ノノ選手の実力は如何なんでしょうか?』
『ふふっ、それはこれからのお楽しみですわ』
『おーっと、学院長の思わせぶりなコメントを頂きました!これは試合が楽しみですね!』
学院長のコメントで、一気に視線が私に集中した気がします。
やばいです。……もう帰りたくなってきました。
「……ノノ、大丈夫?」
「へ、平気デスヨ!」
心配するミノリに、私は緊張で上擦った声を返してしまいます。
『さて、西門の方からも相手チームの選手が入場しています』
実況の言葉に私は、どんな相手だろう?と西門の方に視線を移します。
そこには緑、黄、赤と、それぞれ三色の髪をした見覚えのある少女達が立っていました。




