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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第五章
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第九十話

「……はぁ」


 私は頬杖を付いて、溜息を吐き出します。

 午後の訓練の時間。

 Aクラスの教室にて、ミノリと共にユカリを待っている所です。


「どうしたノノ?」

「あ、いえ何でもありません」


 心配してくるミノリに、何でも無い風を装います。

 しかし、


「……悩み事があるなら、ちゃんと言った方が良い」


 踏み込んでくるミノリ。

 正式に「ミノリ姉様」と呼ぶようになって以来、ミノリは私に対しての遠慮は減り、むしろ積極的に関わる様になりました。


「いえ、悩み事と言えるものでは無いんですけど。……実はアタラシコさんの事を考えていまして」

「……それってノノに嫌がらせをしていた一年生?そういえば今朝はどうだった?」


 昨日はミノリとユカリの協力により、アタラシコを拉致に成功。これまでの仕返しを行いました。


「お陰様で、今朝は嫌がらせ等は何もありませんでしたが、代わりに別の問題が……」


 そして私は今朝の事を思い出します。


--------------------------------------------------


 週の休み明けの初日。

 私は少し遅めに教室の前に着きます。

 先週に引き続き、今週の朝の清掃も屋外であるため、時間いっぱい掃除を行っていると必然的に教室に到着するのが遅くなります。

 いつも通り賑やかな教室。私は扉を開けて、喧騒のする教室に入ります。

 するとやはり先週と同じく、シンッと静かになる教室。


(別に私の事なんて気にしなければ良いのに)


 そう思いながらも教科書棚から、本日使用する教科書を取って最後列の席に着きます。

 この位置も、すっかり私の定位置になってしまいました。

 ナナシ先生が来るまで、まだ少し時間がありそうです。

 筆記用具を取り出して授業の準備を終えた私は、軽く教室内を見渡します。


(……アタラシコさんは来ていないみたいですね)


 貴族グループの座る辺りには、空席が一つあり、どうやらアタラシコは本日欠席みたいです。

 流石に昨日はやり過ぎたので、大丈夫かなと心配になります。

 もちろん昨日はあの後、ぐったりしたアタラシコを寮のベッドに寝かせてきました、

 その後どうなったかは分かりませんが、ユカリが同室の先輩に体調不良で倒れていた旨を伝えたので、看病はされたでしょう。

 それに正直、どんな顔をして会ったら良いのか分かりません。それは向こうも同じだと思いますけど。

 まぁ、今後もアタラシコがちょっかいを掛けてくるのであれば、何か身体に優しい仕返しを考えなければいけませんが。


 ガララ。


 教室の扉が開いて、誰かやって来ます。

 まだ鐘が鳴っていないため、ナナシ先生にしては少し早いようですね。

 そう思い顔を上げると、

 

 ――教室に入ってきたのはアタラシコでした。


 アタラシコは教室内を見渡し、ちょうど顔を上げた私と視線が交差します。


(うっ!?目が合っちゃいました。どうしよう……)


 私は咄嗟に視線を逸らして、無かった事にします。

 しかし下を向いた私は、凄く睨み付けているのを感じます。

 暫くするとアタラシコは「おはようございます」と他の子に挨拶をしながら、教科書棚から教科書を取ってきます。

 そしていつもの貴族グループではなく、何故か最後列の空いている席――私の隣にやって来ます。


「こちら、座ってもよろしいですか?」

「え、はい」


 反射的に返事をして後悔する私。

 アタラシコは一体、何を考えているのでしょうか?

 昨日、あれだけやられたのですから、私の事は避けてくるのかと思っていました。

 それともさっきも睨んでいたため、昨日やられた分をやり返す腹積もりなのでしょうか!

 他の生徒も、いつもと違うアタラシコの行動が気になるのか、チラチラと後ろを振り返ってはこちらの様子を窺います。

 そして皆が注目する中、アタラシコが口を開きます。


「……あの、ノノ様」


(ノノ様!?)


 アタラシコの言葉にざわめきたつ教室内。

 私自身も、様付けで呼ばれて動揺しています。


「私、ノノ様のお陰で、今までの自分がいかに幼稚で愚かな事をしていのか気付けました」

「え、はぁ……」

「ですから、これまでの事はどうか許して下さい。お願いします」


 頭を下げるアタラシコ。

 私の呼び方はこの際置いておいて、どうやらアタラシコはこれまでの行いを悔いて改心した模様です。


「……頭を上げて下さい。アタラシコさん。もう過ぎた事ですし、私は気にしていませんから」

「で、では許して下さるのですか?」

「はい」


 おどおどするアタラシコに私は頷きます。

 こちらとしても既に仕返しは済んでいますので、危害さえ加えてこなければ問題は無いです。


「ノノ様は優しいのですね。しかし、それではアタラシコの気が済みません。ですので――」


 そしてポッと頬を紅潮させ、目を伏せながら続けます。


「ノノ様が望むのであれば、昨日の様にいつでもアタラシコの身体を好きにして下さい!」


 言い放つアタラシコ。


(――なっ、なななっ!?)


 絶句する私。

 この娘……改心どころか、むしろそっち方面に覚醒しているではないですか!?

 まさか私は、開けてはいけない扉を開けてしまったのでは!!


「身体を好きにしてって……それってもしかして、キャー!」

「えっ!?転入生ってそっちの趣味なの!?」


 私の耳に、他の生徒達の話す声が聞こえてきます。


(――はっ!?)


 正気に戻る私。


「ち、違います!?これは誤解です!」


 私は立ち上がって手を振りますが、疑念の眼差しでこちらを見る少女達。


(やめて!そんな私がユカリを見るような目で、こっちを見ないで下さい!)


 泣きたくなる私。

 するとその横でアタラシコが「私も……」と口を開きます。


「私も……ノノ様のする事であれば嫌ではありませんから。ですから昨日の様に、無理やりでもアタラシコは構いません」


 そして熱っぽい視線を私に送り、火に油を注ぐアタラシコ。


「無理やり!?まさか、アタラシコさんが転入生の毒牙に屈するなんて!」

「どうしよう、まさか私達も狙われているんじゃ……」


(ぎゃー!?更なる誤解が!?)


 心の中で叫び声を上げます。

 私はアタラシコとの誤解を解こうと口を開こうとしますが、


 ガララ。


「おはようございます」


 ナナシ先生が教室に入って来ます。


「ノノさん、立ち上がったままでどうしたのですか?もう授業が始まるので、席に着いて下さいね」

「……はい、すみませんでした」


 私は言われたとおりに、着席します。

 そして授業中はずっと頭を抱えました。


(……私は一体、どこで間違えたのでしょうか?)


 そして次の休み時間。

 私の元に、貴族グループの残り三人が現れて口を開きます。


「今まで、すみませんでした!」


 声を揃えて頭を下げる三人。

 こころなしか顔は青褪め、膝がぶるぶると震えています。

 ……ちょっと嫌な予感しかしないのですが。


「お願いしますので、許して下さい。私には、親が決めた婚約者が居るのです」

「私にも故郷に残した恋人が。ですから、身体だけは清いままでいさせて下さい。他の事であれば、何でもしますから」

「わ、私は、むしろアタラシコさんと同じ罰を受けたいのですけれど……」


 ……おい。特に最後の一人は絶対に反省していないでしょう!


「ノノ様、この娘達は私の命令に従っていただけで、全ての罪は私にあります。ですからお仕置きは、この娘達の分も全て私が受けます!」


 私達の間に割り込むアタラシコ。

 言っていることは立派ですが、「はぁはぁ」と息をしながら頬を染め、何かを期待するような眼差しで言われたら台無しです。


「アタラシコ様!」「まさか私達を庇って!」「……ちっ」


 しかしそんな事は露知らず、アタラシコの助けの手に顔を輝かせる三人。……えぇ、三人ですとも。これ以上は勘弁して下さい。


「……はぁ。もういいです。許しますので、頭を上げて下さい」


 何だか馬鹿らしくなって、私は投げ遣りに言います。


「では……?」

「何もしません。それから一つだけ言っておきます。学院では貴族とか庶民とかは関係ないと私は思っています。ですから実家の身分に差があるからといって、他人を馬鹿にする様なことは今後一切しないようにお願いします!」

「……はい、すみませんでした」


 再び頭を下げるアタラシコと、他三人。


--------------------------------------------------


「……という訳です。それ以来、休み時間の度に何かとアタラシコに話し掛けられる様になったのです」

「ふむ」


 腕を組むミノリ。


「ところで、ノノはアラタ……」

「アタラシコです」

「……アタラシコに何をしたの?それに他の子が言っていた『そっちの趣味』?とか『お仕置き』って何?」


 首を傾げるミノリ。

 アタラシコ拉致の際、ミノリは貴族グループの三人を引き止めていたため、私が何をしたのかを知っているのは、見張り役をしていたユカリだけです。


「えーと、簡単に言えば身体に教えさせるといいますか……ミノリ姉様は知らなくても良いことです!」

「……?よく分からないけど、とにかく嫌がらせが無くなって良かった」


 我が事の様に、嬉しそうにするミノリ。

 私はその笑顔に「ハハハ……」と乾いた笑いしか返せませんでした。



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