第八十八話
「遅いですわ!」
アタラシコは待ちかねて声を上げた。
その声が届いたのか門の傍に立っていた守衛の女性がこちらを見るが、アタラシコが何でも無い風を装っていると、やがて守衛は視線をそらした。
ここは学院の正門の内側。
学院とは『タリアの乙女』を養成するための機関で、そのための施設である。
今日は一週間に一度ある休みの日。一日は始まったばかり。
この日は学院も休みで、アタラシコは普段の勉強や訓練で疲れた気分をリフレッシュさせるため、これからリネットの街に遊びに出かける予定があり、そのための待ち合わせをしていた。
アタラシコは、学院に入学して三ヶ月の一年生である。
彼女が入学した理由は、ひとえに家の意向であった。
アタラシコの実家は貴族で、階級的には中の上といった位置付けである。
家の更なる繁栄を求める父親は、アタラシコを『乙女』にして上級貴族との繋がり――結婚させる事を企んでいた。
しかしアタラシコ自身は学院への入学に気が進まなかった。というより嫌で仕方なかった。
何故なら学院では貴族・庶民に関係なく、共に勉強や生活をするのだから。
アタラシコにとって貴族は選ばれた特別な存在で、庶民は貴族のため奉仕する存在と考えていた。所謂、選民思想に近い。
そんな特別な自分が、庶民と一緒に机を並べたり、部屋を共に使用するなど、考えられなかった。
それでも家の命令であれば背く訳にもいかず、アタラシコは渋々ながら学院に入学したのであった。
アタラシコが今待っているのは、同じ学年の生徒三人だった。
彼女達もアタラシコと同じ貴族で、教室でもグループを作ってよく一緒に居る。
一年生には他に三人の貴族が居るが、そちらは下級貴族の集まり。対してこちらは中級貴族の集まりであった。
そしてアタラシコの家はグループの中で最も実家の階級が高く、影響力もあった。
そのため自然とグループの中心はアタラシコとなり、同学年の庶民もアタラシコには逆らえない為、アタラシコは一学年を仕切っていた。
その事に、学院入学でささくれていたアタラシコの心も大分落ち着いてきていたのだが。
(アタラシコをこんなに待たせるなんて、あの娘達は一体何をやっているのかしら!)
ふつふつと怒りが湧いてくるアタラシコ。
彼女が住んでいるのは第二号寮で、もう一人も同じ第二号寮。残る二人は第一号寮に住んでいる。
アタラシコは第二号寮の娘とは一緒に正門まで来たのだが、残る二人がなかなか来ない為、一緒に来た娘が第一号寮まで様子を見に行ったのである。
そしてその娘も行ったきり戻って来ない。
一人残されたアタラシコも第一号寮まで行くべきか、と考えた所で横合いから声を掛けられる。
「君がアタラシコ君だね?」
声を掛けてきたのは学院の上級生。
胸元に青色のタイがあることから五年生だということが分かる。
紫の髪に整った顔つきの、どこか中世的な雰囲気を持った美少女である。
「えぇ、そうですわ」
返事をするアタラシコ。
目の前の少女には見覚えは無いため貴族ではないとかもしれないが、上級生であるため丁寧に対応する。
「実は君の友達から伝言を頼まれてね。何でも問題が起きて校舎の一年教室に居るから、アタラシコ君にも来て欲しいそうだよ」
「どうしてそんな所に?」
疑問を呟くアタラシコ。
「さぁね?僕は校舎の前を通りがかったら、頼まれただけだからね。それじゃ確かに伝えたよ」
そう言い残し、寮の方に向かう上級生。
アタラシコは不審に思いながらも、校舎に向けて歩みを進めた。
アタラシコにとって、休みの日に校舎に来るのは初めての事だった。
普段はざわざわと生徒達の喧騒が聞こえるのだが、今はただ、まるでこの世界に自分以外は誰も存在しないのではと錯覚しそうな程に静かであった。
アタラシコは頭を振る。
(そんな事はどうでもいいですわ。それより問題とは何かしら?)
アタラシコには一件だけ心当たりがあったが、休みの日までそのことを考えることを煩わしく思った。
そうこうしている内に、一年の教室の前まで来る。
耳を立てても教室の中からは何も聞こえない。
仕方なくそのまま教室の扉を開ける。
教室の中を見渡すが、誰も居ない。
(……誰も居ないではないですか。まったく!)
もしかしてイタズラかしら?アタラシコがそう思った瞬間――
(――!?)
真っ暗になる視界!
頭の上から何か袋のような物を被らされたのである。
アタラシコは慌ててその袋を外そうとするが、今度は足を払われ何者かに押し倒された。
そして両手両足をそれぞれ何かで拘束され、自由を奪われた状態で誰かに抱きかかえられる。
アタラシコは何が何だか分からずに暴れるが、何者かはまったく意に介さず。そのままアタラシコを何処かに運んで行くのであった。
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薄暗い部屋の中。
唯一の光は部屋の中央にある火の灯った燭台だけです。
「――!――!?」
目の前に居る袋を被せられた少女が、くぐもった声を上げます。
少女は両手を後ろ手に縛られ、椅子に括り付けられています。
私はその少女に近付くと、頭の袋を外します。
「――ぷはっ。私を誘拐して、何が目的ですの!?」
途端に勢い良く喋る少女。
ついさっき攫ったばかりのためか、元気が有り余っています。
「落ち着いて下さい。別に危害を加えるつもりは無いのです」
(……今の所はですけど)
心の中でそっと付け加えます。
「貴女っ!?」
視線を左右に動かし、私の姿を確認すると叫ぶ少女。
「はい。アタラシコさんと同じ学年のノノです」
私ことノノは、少女――アタラシコに向かって名乗ります。
新章始まりました。
こんにちは。幼女を育てたい作者です。
最近は投稿していないのに、気付いたらブクマ1000件超えていたり、日刊ランキングに乗っていたりで、感謝と申し訳なさでいっぱいいっぱいです。
誠にありがとうございます……胃が痛い。
修正作業で一箇所だけ設定変更しているため、ここに記載させて頂きます。
変更点は学院の長期休暇についてです。
変更前:夏休み
変更後:春休み




