第八十一話
逃げるように教室から出た私。
あのまま教室に居たら、自分でもどうなっていたのか分かりません。
とりあえず寮に戻ろうと、廊下を歩いている途中、
「――」
音が聞こえました。
なんでしょう?そう思い耳を澄ますと、かすかに人の声だと分かります。
私の足が、音のする方に向かいます。
(ここからです)
私は、空き教室であろう使われていない部屋の前で立ち止まります。
中からは、時折苦しそうな女性の声が聞こえます。
気になった私は、そっと扉を僅かに開けて中の様子を窺います。
教室の中は、そこら中に整理されていない荷物がごちゃごちゃと置かれています。
中の様子から察するに、物置部屋として使われているみたいです。
その教室の真ん中。
そこに二人の少女が居ます。
(――いっ!?)
驚く私。
何故なら、少女達は互いに抱き合いながら、キスをしていたのです。
手前の少女はこちらに背を向けていて、栗色の長い髪をしています。
奥の少女は手前の少女に隠れて、私の位置からは顔が見えません。
少女達はどちらも制服姿であるため、学生だと思われます。
「んっ……はぁ……」
手前の少女がぎこちなく何度もキスをしようとすると、奥の少女が優しくそれに応える様にキスをします。
……うわぁ、これは目に毒です。
まさか少女同士がこうやって、ガチ百合しているなんて……。
私はさっきまでの悶々とした気分を忘れ、自分の頬が熱をもつのを感じます
とりあえず、これ以上見ているのもあれですし、退散しましょう。
そう思い扉を閉めようとすると、私の荷物から筆箱が零れ落ちます。
(――あっ!)
咄嗟に拾おうとするも間に合わず、床に落ちた筆箱が乾いた音を立てます。
私は急いで筆箱を拾うと、中の様子を窺います。
すると、
「わ、私……ごめんなさいっ!」
扉が急に開き、中から栗色の髪の少女が、脇目も振らずに飛び出して行きました。
ビューンと効果音が付きそうな速さで走り去る少女。
どうやら私には気付かなかった模様です。
しかしホッとしたのも束の間。
開きっ放しの扉からは私の姿が見えているため、残った方の少女は気付く筈です。
案の定、
「ノノじゃないか」
声を掛けられました。というか私を知っている!?
どこかで聞いた様な声に私が振り返ると、そこには薄紫の髪をした少女――ユカリが立っていました。
「こんな所で再会するなんて。もしかして、この間の続きでもしたくなったのかな?」
妖しく微笑むユリ……間違えましたユカリ。
この少女は、街で見かけた私をストーキングし、宿に連れ込んで襲おうとした百合少女です。
ここは関わらないが吉です。
「それはありません。お邪魔してすみませんでした」
否定し「では」と立ち去ろうとする私。
しかしユカリは喋り掛けます。
「つれないね。ミノリとは肌を重ねたのに、僕じゃ駄目なのかい?」
その言葉に、私は足を止めてしまいます。
もしかしてユカリなら、今私が置かれている状況を何か知っているのではないでしょうか?
私は学院に来てからの知り合いの顔を並べます。
先生方は、生徒同士の揉め事には当てになりません。ミノリとハルカは……知らなさそうですし、むしろ今回のいざこざの元凶であるかもしれません。
他に知り合いも居ませんし……でも一度襲われましたし。
少しの間だけ葛藤しますが、状況を進めるために私は決心します。
「……話しくらいならいいですよ」
ユカリの誘いに乗ります。
「それじゃ、扉を閉めてくれないかな。このままだと誰か通りかかった時に、授業をさぼっているのがバレちゃうからね」
「分かりました」
ユカリと狭い部屋に二人っきりになるのは多少不安ですが、こちらもさぼっている身なので扉を閉めます。
さて、いざユカリと向きあう形になりましたが、どうやって聞き出しましょうか。
私はユカリの胸元を見ます。
緑色のタイ。5年生ってことはハルカと同じ学年です。やっぱり何か知っていると思われます。
しかし私が口を開くより先に、ユカリが話し掛けて来ます。
「それにしてもノノが学院に来てたのは知っていたけど、変な所で再会するもんだね」
「知っていたのですか?」
「そりゃ、今一番注目されている全校生徒の噂の的だからね」
その言葉に膝が崩れそうになるのを堪えます。
まさか全校生徒が、私の事を知っているなんて。
後は噂の内容を確認しないと……。
「まぁそれは置いておいて、どうしてここに居るのかを当ててみようか?」
「……?」
「そうだなぁ……大方、学年内で嫌がらせを受けて、飛び出して来たんじゃないかな?」
「――っ!?」
私は、自分の顔が強張るのを感じます。
何故、ついさっきの出来事を知っているのでしょうか!?
「その反応は、当たらずといえども遠からずって所かな」
「どうして知っているのですか?」
「おっとそんな怖い顔をしないで、でも怒る顔もなかなか――ちょっと待って、帰らないで!別に僕が一年生に指示した訳じゃないから」
私は扉に向かっていた身体を、ミノリの方に向け直します。
今の言い振りですと、やっぱり上級生の誰かが一年生に指示して、嫌がらせが始まったみたいです。
しかしそれを知っているとなると、ユカリは一体何者でしょうか?
「こう見えて僕は、この学院の大抵の出来事は知っているんだ。そこで提案なんだけど、僕に任せてくれればノノが安泰な学院生活を送れる様に助けてあげようじゃないか」
「どういうことですか?」
「言葉通りさ。今ある嫌がらせも無くなって、無視もされなくなる。その上、もしかしたら友達が出来るかもしれない。そんな学院生活を送りたくはないかい?」
もしそれが本当なら、何ていう甘言。まるで悪魔のささやきです。
しかし、
「私に何を望むのですか?」
悪魔に願い事を叶えてもらう時には、代償が必要です。
ユカリも、ただで私を助ける筈がありません。
となると対価は……私の身体ですか!?
(まさか私に身体を差し出せと言うのですか!?エロ同人みたいに!)
そんな私の考えを余所に、ユカリは口を開きます。
「僕の友達にならないか?」
「……へ?」
予想外の言葉に、間抜けな声が出る私。
「そんなにおかしい事を言ったかい?」
「いえ、てっきり身体を要求されるものだと思っていましたので」
「……ノノは正直だな」
苦笑するユカリ。
「それに無理やりするのは、僕の方針に反するんだけど……」
「私を襲った癖に、どの口が言うのですかっ!?」
「本気で抵抗する娘には、それ以上の行為はしない様にしているんだ。中には嫌々言いながらも、心の中では待ち望んでいる娘も居るからね」
その言葉に、私は呆れて絶句します。
何だか知りたくないことを知ってしまいました。
「どうして私を助けようとするのですか?」
「別にキミだけじゃないよ」
ユカリは言います。
「さっき走り去って行った娘。彼女も、昔いじめられてたんだ。それだけじゃない、他にも数人、同じような娘がいるよ」
「何故、そんなに数人の娘を助けたのですか?」
「決まっているじゃないか、可哀想だからだよ。彼女達がいじめられた原因を知っているかい?ちょっと人とは違うだけだったり、成績が他の娘より優秀だったり、上級生の覚えが良かっただけ。中には、なんとなく気に入らないからなんて、しょうもない理由ばっかりだよ」
「……」
「そんな理由で、せっかく入った彼女達がこの学院を去っていくなんて、僕は見ていられなかったんだ」
静かに憤るユカリ。
どうやら私は、ユカリの事を誤解していたみたいです。
ユカリには、立派な想いがあります。
私は今、身体目当てに取引を持ちかけてきたのかと思った過去の自分を恥じています。
「それに僕は昔から、男より女の子の方が好きだったから――」
(……ん?)
「この学院に入ってくる少女は皆可愛いのに、僕が愛でる前に居なくなるなんて勿体無いじゃないか!それに助けられた相手に求められれば、例えその気がなくても応じてしまいたくもなるものだからね」
力説するユカリ。
うわぁ、台無しですよこの人!途中までかっこいいこと言っていましたのに。
さっき恥じた私を、恥じたい気分です。
「だからノノも僕のハーレム……僕の友達になって欲しいんだ」
爽やかな笑顔のユカリ。
今絶対に、ハーレムって言いました!?
え……友達って百合友達の事なのですか。正直、引きます。
そんな私の冷たい視線に気付いたのか、ごほんと咳をするユカリ。
「まぁ最後の方は冗談なんだけど――」
(どこまでが冗談なんでしょうか……)
そしてユカリは真面目な顔になります。
「それで、ノノはどうするんだい?」
ユカリは訊いてきます。
しかし私の答えは決まっています。
「お断りします」
私はユカリの提案を蹴りました。
だが断る




