第七十三話
昼はキクナ学院長に呼ばれて、学院長室で食事をしました。
テーブルには銀食器のナイフやフォークが複数置かれていて、私はまともなテーブルマナーを覚えていないために四苦八苦しました。
また運ばれてきた料理も、この世界で食べた中では最も豪華でした。
何の肉かは分からないけれどとても柔らかい肉や、無駄に装飾された野菜が出てきましたが、マナーに気を取られて、正直あまり食べた気がしませんでした。
学院長はいつもこんな料理を食べているのでしょうか。
ちなみに給仕はカオリがしていました。カオリの仕事は何でしょう?
そして食後。
学院長の淹れたお茶を飲んでいると学院長が話し掛けて来ます。
「ノノさんは、この学院ではやっていけそうかしら?」
「はい。食堂で食べるご飯もおいしいですし、何より大浴場のお風呂は広くて最高でした」
……まぁ昨晩はあまり楽しめませんでしたが。
「それは良かったですわ」
私の答えを聞くと、学院長は嬉しそうに微笑みます。
「しかし私はまだ授業を受けたり、『乙女』の訓練を受けた訳ではないので、それが少し不安です」
私は他の生徒に比べて、2ヶ月以上遅れての入学になります。
そのため勉強や訓練でも、他の生徒より遅れが生じている可能性があると考えられます。
「あら、カオリからは午前の学力測定では、十分な結果が出ていたと聞いていますわ」
「本当ですか!」
「えぇ、ですから心配しなくても大丈夫ですわ」
頷く学院長。
どうやら勉強での遅れは無いみたいで良かったです。
「それからノノさんの『乙女』としての実力についても、午後から測る予定ですの。ナナさんやセンリに教えを受けているとのことですので、私も楽しみですわ」
「いえ、私なんて大した事はありません。ついこの間も母様との模擬戦で、一回も攻撃を当てることが出来ませんでしたし」
当てていたら、ここに居るのはもっと未来だったかもしれません。
「あら、そうでしたの?まぁナナさんは、『六聖女』の一人ですしね。それに昔の事ですけど、実は私もナナさんとの初めての模擬戦では、手も足も出ませんでしたわ」
「学院長もですか!?」
「――キクナ」
「え?」
「二人っきりの時は、『キクナ様』と名前で呼ぶ約束ですわ」
口を膨らませる学院長。
(……あれ、そんな約束したでしょうか?とりあえず――)
「すいません。キクナ様」
「えぇ!」
満面の笑みを浮かべて、とても嬉しそうな学院長。
そういえばナナの昔話に出てきた、始めて会った時に様付けで呼ぶように言った『乙女』って、学院長のことでしょうか?
うーん、本人が喜んでいるので良しとしましょう。
「でもその次の模擬戦では、私が勝ちましたのよ」
「そうなのですか!?学い……キクナ様、凄いです!」
「当然ですわ、私だって同じ『六聖女』の一人ですもの!」
「――えぇっ!?キクナ様も『六聖女』なんですか?」
まさかこんな身近に、三人目の『六聖女』が居たなんて吃驚です。
あれ?っていうことは学院長も、ナナやセンリ並の強さってことじゃないですか!
……うん。この人の言う事は、素直に聞いた方が良さそうですね。
「ちなみに、何て呼ばれているのですか?」
「私は『蒼穹の聖女』と呼ばれていますわ」
そう言ってお茶を飲む学院長。
『蒼穹の聖女』ですか、……かっこいいですね。
私もカップに残ったお茶を飲み干します。
そうこうしている内に、コンコンを部屋の扉がノックされます。
学院長が返事をして、中に入ってきたのはカオリです。
「学院長、そろそろ移動しませんと」
「あら、いけませんわ。つい話し込んでしまいましたわ」
席を立つ学院長。
私もつられて立ち上がります。
「それじゃノノさん、参りましょうか」
「はい」
私の『乙女』としての実力が試される時が来ました。
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私達が移動した先は、バスケットコートが三つは入りそうな広さの建物です。
中に入ると円形のフィールドが広がっていて、周囲の壁の上には段差の付いた観客席が並んでいます。
フィールドの地面には硬いブロックが敷き詰められていて、まるで闘技場の様です。
観客席には二人の女性が居ます。遠目なのではっきりとは見えませんが、制服を着ていないので教師かと思います。
そして闘技場の真ん中には少女が一人立っています。
小さな身体に、揺れるツインテール。
「お、待っていましたよ、学院長」
私達に近付いて来るミコ先生。
「それでは、ミコ先生。よろしくお願いしますわ。ノノさんも頑張って下さいね」
そう言うと学院長は、ミノリを連れて壁際まで下がります。
「それじゃノノ。とりあえず真ん中まで移動するぞ」
言われるまま、私とミコ先生は闘技場の中央まで移動します。
「あの、これから何をするのですか?」
「あぁ?……もしかして聞いてないのか?模擬戦さ、模擬戦」
(ですよねー)
まぁ学院長も『乙女』の実力を測るって言っていましたし、薄々、そうではないかと思っていました。
「ところでルールはどうなっているのですか?」
「特にないな。ま、好きにしな」
「……はぁ」
「何だ、やる気のねー奴だな。そうだ!いい事を思い付いたぞ。お前が私から一本でも取れたら、街に出て何か奢ってやるよ」
「本当ですか!……あ、でも私が一本取られたら、どうするのですか?」
「そんなのいいって、ただのご褒美だし」
ミコ先生はひらひらと右手首を振ります。
「分かりました。約束ですよ!」
「あぁ、鐘が鳴り終わったら開始だから、しっかり準備はしとけよ」
「はい!」
良し、やる気が上がりました!
私は屈伸や上体を反らす準備体操をして、身体を解きほぐします。
そして
ゴォーン。
いい感じで身体の準備ができた所で、鐘が鳴り始めます。
ゴォーン。
「よろしくお願いします!」
「おうよ」
ゴォーン。
(お願い、ブルーニコ)
『よろしくっす』
ゴォーン。
……。
鐘が鳴り終わった瞬間――。
私は一気に疾走し、ミコ先生との間合いを詰めます!そして走りながら、ブルーニコの固有武器であるショートソードを顕現します。
相対していた距離は5メートル。この距離と私の速度なら、詠唱省略で術を使用させる暇はありません。
ミコ先生の取れる行動は三つ。防御か、回避か、迎撃かの何れかです。
そしてミコ先生の対応は――腰を落とし、その手には一瞬で顕現した戦斧を構えます。
つまり武器を顕現しての迎撃。
その戦斧には、円を描くような刃が柄の先に付いていて、ミコ先生の顔がすっぽり隠れる程の大きさをしています。
あんなものを食らえば、こちらが無事では済みません。
しかし、それでもこちらの速度に比べれば、今更遅いことに変わりはありません!
「――っ!?」
大戦斧を振り抜こうとしたミコ先生の手が止まり、驚きで顔が歪みます。
その隙に、私はミコ先生の首元に剣を突きつけて言います。
「これで一本です。約束は守って下さいね」
六聖女の内、既に半分を攻略済みであるノノ。




