第七十二話
私がミコ先生に連れて来られたのは、校舎にある保健室らしき部屋です。
部屋には薬品の入った棚やベッドが並んでおり、ほのかに消毒液の香りがします。
「ここは救護室だ。怪我をしたり体調が悪くなったら、いつでもここに来い。いつもは常駐している奴が居るから、面倒を見てくれる筈だ」
「はい」
「それじゃ服を脱げ」
「えぇっ!?」
ミコ先生の言葉に驚く私。
ま、まさか……ミコ先生にそっちの趣味が!?
私は疑惑の眼差しでミコ先生を見ます。
「どうした?これからお前の身体測定をするんだ、早くしろ」
急かすミコ先生。
どうやら私の勘違いだったみたいです。良かったです。
私は言われたとおり服を脱ぐと、下着一枚になります。
ちなみに上半身にブラジャーは着けていません。今の所、まったく必要がないので……くっ。
「それじゃ、この柱に背中を付けて真っ直ぐに立って」
ミコ先生の示す柱には、等間隔で線が引いてあります。
「えーと身長は……130センチジャストっと。小さいな、ちゃんとメシ食ってるか?」
ミコ先生は手元のボードに記録を付けます。
(……むぅ。ミコ先生にまた小さいって言われました)
いつか絶対にミコ先生より大きくなって、見下ろし返したいと私は思います。
その後も、体重、胸囲、腹囲と順番に計測をしていきます。
「服を着たら、次行くぞー」
次に私達が向かったのは、無人の空き教室です。
教室には木製の長机が幾つか並んでいて、まるで大学とかの講義室の様です。
「それじゃ、少しここで待っていろよ」
そう言い残し、ミコ先生は私を置いて教室から出て行きます。
とりあえず私は、手近な机に着きます。
しばらく待っていると、ガラガラと教室の扉が開く音と共に、見覚えのある人物が入って来ます。
昨日、ずっと私を睨んでいた少女――カオリです。
「おはようございます」
カオリは教室の前方にある教壇に着くと挨拶します。
私も「おはようございます」と挨拶を返しますが、相変わらず睨まれています。
「これから、あなたの学力測定を行います。科目は国語、算数、社会の三科目。今から用紙を配るので、解答を記入して下さい。時間は昼の鐘が鳴るまでです。何か質問は?」
一息に説明するカオリ。
私は「はい」と挙手をします。
「何でしょうか?」
「あの私、筆記用具を持っていないのですが……」
私は何も持たずにそのまま連れて来られたため、筆記用具は寮の自室に置いてきています。
するとカオリは少し考えると、
「それでは、これを使って下さい」
普段自分が使ってると思われるペンとインク壺を私に渡してきます。
「ありがとうございます」
私はお礼を言って受け取ります。
そしてカオリは数枚の用紙を私に手渡すと、「初めて下さい」と合図をします。
(さて、久しぶりのテストですので頑張りましょう)
ナナの教室では、授業形式で問題が出されてることはあっても、テスト形式――決められた時間内で問題を解いて点数を付けるといったことはしていませんでした。
そのため、久しぶりに感じるテストの空気に少し懐かしく思います。
とりあえず私は、まず最初にテスト用紙を一枚ずつ順番に眺めます。
国語は文字の読み書き、長文の文章読解等。
算数は四則演算から図形の面積・体積を求めるもの等。
社会は地理やこの国の歴史について等。
(これなら大丈夫そうですね)
私は手始めに、国語から問題の解答を記述していきます。
--------------------------------------------------
私の目の前で、銀髪の少女――ノノが問題を解いています。
真剣に試験用紙に向き合っていて、今の所は問題は無さそう。
しばらくそのまま観察を続けて大丈夫そうだと判断した私は、音を立てない様に静かに教室を退出します。
ノノに筆記用具を渡してしまったため、代わりを持ってくる必要がありました。
(どうやらノノはコノカ・トリエステとは違って、比較的まともそうです)
廊下を歩きながら私は思います。
ノノの推薦人であるコノカには、あまり良くない記憶が沢山残っています。
例えば、学力試験の開始と同時に眠っていることもありました。
それに比べると、ノノは十分に真面目といえるでしょう。
しかし腑に落ちない事があります。
(昨日は何故、学院長と抱き合っていたのでしょうか?)
学院長に尋ねても「何でもありませんわ」と突っぱねられました。
ノノと学院長は昨日が初対面の筈です。
それ以前の二人の接点といえば、コノカぐらいでしょうか。
しかしそうであっても学院長とコノカが親しい所を見たことがないため、余計に抱き合っていた理由が思い浮かびません。
とすると私がノノを案内してから、寮長であるミコを連れて来るまでの時間。
その間に何かがあったのでしょう
(やはり彼女への警戒は解かない方が良いのでしょう)
私はそのまま自分の執務室に戻ると、筆記用具を持ち出します。
「カオリ、少しよろしいかしら?」
自分の執務室を出た所で、私は学院長に声を掛けられます。
私の執務室は学院長室の隣にあるため、私が戻った事に気付いたのでしょう。
「何でしょうか?」
「この間の貴族への御礼の手紙についてですけど」
今年度に入学した新入生の実家――貴族達からの寄付金に対して送った、御礼の手紙についての事です。
「ここ数年分のリストって、どこかにまとまっていなかったかしら?」
「それでしたら……」
そのまま私達は話し込んでしまいます。
……。
「それじゃよろしく頼むわね」
「はい、分かりました」
学院長は執務室に戻っていきます。
いけません。つい学院長と話し込んでしまいました。
私が教室を出てから一時間は掛かってはいませんが、結構な時間は経過しています。
学力測定の試験内容は、昨年度の一年生の修了試験と同じ内容です。そのため、ノノはまだ問題を解いている最中でしょう。
そして私も監督役であるため、あまり長く一人にしない方が良いと思います。
私は急ぎ足で、ノノの居る教室に向かいます。
私は教室に着くと、静かに扉を開けて中に入ります。
ノノの様子を窺うと、肘を付いて窓の外をぼーっと眺めていました。
それを見て私は、コノカの事を連想してカッとなってしまいます。
「ノノさんっ!外を見ているなんて余裕ですね。もしかして終わったのですか?」
私は珍しく皮肉を言います。
普段はもっと冷静なのですが、この時は抑えが効きませんでした。
「はい。終わりました」
「そうでしょう。しかし分からない問題があっても最後まで解こうとする姿勢こそが、『乙女』には……え?終わったのですか?」
「はい」
頷くノノ。
私は彼女が差し出した試験用紙を受け取ると、さっと目を通します。
解答欄は全て埋まっていて、その解答も正解していそうです。
「採点をするので、少し待っていて下さい」
私は教壇に着くと、持ってきたばかりの筆記用具から赤インクを取り出して採点を始めます。
その結果――
「国語と算数は満点。社会も間違っているのが一問だけです」
間違えている箇所はこの国の建国者の名前です。
ノノは採点した用紙を受け取ると、
「あー。どうしてもこの問題だけ、名前が思い出せなかったのです」
と他の問題は正解して当然の言わんばかりです。
確かに、私からしてみればそこまで難しい試験ではありません。
しかし10歳の少女が一時間も経たない内に、ほぼ満点といっていい点数を出すとなると、少しおかしいと思います。
もしかして私が居ない間に、誰かが手伝ったのでは?
そんな疑念が私の中に湧きます。
「次はこちらの試験を行います」
私は別の試験用紙を取り出すとノノに渡します。
今渡したのは、二年生の修了試験の用紙。
次は私の見ている前で、問題を解いて貰います。そうすれば、不正をしているかは一目瞭然です。
……。
二年生の修了試験は満点。
続いて行った三年生の修了試験もほぼ満点。
間違えた箇所は社会の試験に出た地名を答える問題のみ。つまり記憶問題で、知っているかどうかです。
算数とかの計算問題に関しては、計算式までしっかりと書いてある為、自力で解いたしか思えません。
他に私が見ていたところ、不正はありませんでした。
むしろスラスラと問題を解き、見直しまでしている所に好感を覚える位です。
(もういっそ、6年生の修了試験をやらせてみますか……)
そんな事を考えていると、ゴォーン、ゴォーンと昼の鐘が鳴り響きます。
私は、ノノという少女の頭の良さを認識しました。




