第六十四話
ガタンゴトン。
私は馬車の荷台に揺られています。
暖かな日差し。時折吹く風が優しく身体を撫でて、それが気持ち良いです。
陽気につられて、こんな日はつい、こくこくと船を漕いでしまうのも仕方ないでしょう。
「おーい、お嬢ちゃん。そろそろ着くぞー」
前方の御者席から、気の良さそうなおじいさんの声がします。
その声でうとうととしていた私は浅い眠りから目を覚まし、周囲を見渡して、その視線が馬車の前方に固定されます。
「うわぁ、大きい……」
思わず感嘆の声を漏らします。
視線の先には、大きな街が広がっています。
周囲を壁に包まれ、背の高い建物が幾つも並んでいます。
とりわけ、その中でも特に高いのが、街の中央にある時計塔のような建物です。
道中に寄ったサキソの街も大きかったけど、この街も同じくらい大きいです。
(……長かったです)
バール村を出て、約2週間半。
ここまでの道程で色々ありましたが、なんとか無事にリネットの街にやって来ました。
(ここで新しい生活が始まる)
私の名前はノノ。
一人前の『タリアの乙女』を目指しています。
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「ありがとうございました」
「お嬢ちゃんも頑張ってな」
「はい。お爺さんもお元気で」
ここまで私を送ってくれた商人のお爺さんに、お礼と挨拶を済ませます。
リネットの街では年頃の男性が街に入るのを禁止しています。
そのため街の内外を繋ぐ門では検問が設けられ、街を出入りする人間の審査や、大きな荷物の検査を行っています。
そして人が通る門と馬車が通る門は分かれて、私は人用の通行門に向かいます。
門の前には数人の人が並んでいます。
私の様に旅装束の人も居れば、軽い服装の住人らしき人も居ます。
私もそのまま、列の最後尾に並びます。
「――次の人」
数分待つと、私の番がやって来ました。
「あら、こんにちは。……お嬢さんかな?」
「はい。こんにちはです」
門番らしき若い女性に挨拶をされ、私も挨拶を返します。
目の前の女性の語尾が疑問系なのは、私が旅用のマントに身を包みフードをずっぽし被っているからでしょう。
実は私の銀の髪は珍しいのか、これまでの道中でも何かとじろじろと見られる事が多かったため、極力フードで隠す様にしているのです。
「まずは名前を教えてくれるかな?」
「私はノノと申します」
「ノ・ノ、と」
女性は紙に私の名前を書きます。
「もしかして一人なのかしら?」
「はい。近くまで、知り合いの方に送って頂きました」
ちなみに一緒に村を出たコノカは、リネットの街まで私を送ってくれて、そこからは先程のおじいさんの馬車に相乗りさせて頂きました。
「そうなの。それでこの街にはどんな用でやってきたのかな?」
「私は『タリアの乙女』になるために、この街に来ました」
私が答えると、女性は困った様な顔をします。
「うーん。お譲ちゃんは知らないかもしれないけど、『乙女』になるための入学試験は、二ヶ月以上前に終わってしまったのよ……」
どうやら女性は、私が入学試験を受けに来たと誤解しているみたいです。
「大丈夫です。こう見えても『タリア』との契約は済ませていますので」
「あら……そうなの?でも良かったわ。てっきり入学試験に遅れて来たのかと思ったけど、私の勘違いだったみたいね」
女性は、ほっと胸を撫で下ろします。
「それじゃ、街の中に入っても大丈夫よ。それから、学院は街の中央にあるから迷わないようにね」
「はい。ありがとうございます」
「頑張ってねー」
女性に手を振り返し、私は街に入ります。
そのまま道なりに進むと、やがて大きな通りに出ます。
通りの左右には大小の店が並び、沢山の人間が行き来しています。
(うーん。やっぱり女の人が多いですね)
通行人の6割位は女性です。
露店なんかでも、声を上げて客引きをしている店員の半分は女性です。
若い男性は全然居らず、たまに見かけるのも既婚者だと思われます。
また意外にも若い女性が少ないです。もしかしたら若い男性が少ないのも関係あるのでしょうか?
(おっと道草はいけないです。まずは学院に向かわないと……)
確か街の中央に学院はあると、門番の人は言っていました。
そうすると街の外から見えた、時計塔みたいな建物は学院のものだと思われます。
うーん、とりあえず時計塔を目指せば大丈夫かな。
そう思い上を見ながら歩いていたためか、私は建物の陰から現れた人物に気付けませんでした。
「きゃっ!」
「わっ!」
肩に何かがぶつかり、私は反動で地面に尻餅を着いていしまいます。
お尻の痛みに顔をしかめつつ前を見ると、私と同じように少女が尻餅を着いていました。
どうやら余所見をしていたため、避けきれずにぶつかったみたいです。
歳は15か16でしょうか。燃えるような真紅の髪に、揃えた色をした真紅の瞳が印象的な美少女です。
白いワンピースタイプの制服のような物を着ていて、視線を降ろすとスカートが捲くれているのに気付きます。
そこから覗くのは綺麗な脚部と、大事な所を隠すための下着です。
これは……いわゆるラッキースケベってやつです!分かります。
少女は痛みに顔をしかめていましたが、私に気付くとその視線を追い、自分のあられもない姿に気付きます。
「キャーーーッ!!」
悲鳴を上げて、下着を隠す少女。
その後ろから
「ハルカ様、どうしました!?」
「大丈夫ですか!?」
と二人の少女が駆け付けて来ます。
現れたのは、倒れた少女と同じ服装の少女が二人。
しかしその顔は鏡写しにした様にそっくりで、もしかしたら双子だと思います。
その双子に介抱される真紅の髪の少女。
私も慌てて立ち上がると、頭を下げます。
「すいません。私、余所見をしていて……」
すると双子の片方が私に近付くと、因縁を付けてきます。
「ハルカ様にぶつかっておいて、ただで済むと思っているのかしら」
……なんだか言っていることがどこかの三下みたいで、新鮮に感じます。
どうやら、私がぶつかった真紅の髪の少女がハルカというらしいです。
「そうだそうだー!大体、謝る時は顔を見せなよっ!」
双子のもう片方も追随すると、あっという間に私のフードを捲ります。
急な出来事に対応出来ず、ふわっと私の髪が外に晒されます。
「……銀髪だ」
「……銀髪ね」
同じリアクションを取る双子。
やっぱり銀の髪は目立つ様です。
双子は少しの間、私の髪をじっとみていましたが、はっと我に返ると再びギャーギャーといちゃもんを付けて来ます。
さすがに余所見をしていた私も悪いとは思いますが、いい加減にしつこいなと思った所で、凛とした声が掛かりました。
「おやめなさい!アイ、マイ」
真紅の少女――ハルカが双子を一喝します。
そして私に向かい合います。
「先程は失礼をしたわね。私も急いでいて不注意でしたわ。それに――」
途中、双子を一瞥すると、
「私の連れが迷惑を掛けたみたいです。改めて謝罪するわ」
ハルカは私に頭を下げます。
どうやらハルカは話の通じそうな人です。
「いえ、こちらこそすいませんでした」
「怪我はしていないかしら?」
「はい。大丈夫です」
そして、じーっとこちら見つめるハルカ。
「……?」
「あなた、綺麗な銀髪をしているわね」
「はぁ、……ありがとうございます」
「もし何か困った事があったら、学院に居る私――ハルカを訪ねてきなさい。それでは失礼するわ」
そう言うと、ハルカは双子の方に向き直ります。
双子は、どこか不満そうな表情をしています。
「ハルカ様、……いいのですか?」
「いいから行くわよ、アイ、マイ」
そのまま双子を連れて、ハルカは去って行きます。
そして一人取り残される私。
(うーん、何だったんでしょう)
といいますか、学院に居ると言っていました。
せめて学院までの道でも聞いておけば良かったと、少し後悔します。
それにしても先程の仕草や言葉遣いから察するに、ハルカはどうやら貴族っぽいです。
それに先程見えた下着は、柔らかそうな絹製の上にフリルが沢山付いていたため、それだけでハルカが裕福な家の生まれだということが分かります。
(……黒ですか)
白しか穿いた事のない私には、とても難度の高いものです。
新章始まりました。
あー……名前を付けるのに凄く悩みます。




