第四十七話
朝です。
昨晩はナナから逃げるように、コノカの部屋に来てしまいました。
そしてコノカの胸の中で、泣いている内に疲れて寝てしまったみたいです。
部屋の主であるコノカは今、私の隣で寝ています。
先ほど一瞬だけ目が覚めたのですが、すぐに目を閉じ、今は二度寝をしています。
しかし、無防備にすぅすぅと規則正しく呼吸するコノカを見ていると、なんだか悪戯心が湧いてきます。
試しに鼻を摘んでみると、
「……んっ、ふがっ――すーはー、すーはー」
苦しそうにした後、口呼吸に切り替わりました。
さすがに可愛そうなので離してあげます。
そういえばコノカと会って、まだ今日を含めて4日しか経っていません。
それなのに、あの様に泣き付く姿を晒して、今思い返すと恥ずかしくなってきます。
コノカがいつも自然体で、それでいて面倒見が良いからでしょうか。
お陰でスッキリしましたし、後でしっかりお礼を言いましょう。
それにしても、昨日の私はおかしかったです。
いくらナナが学部の入学に賛成したとはいえ、それだけで私が嫌われたと考えるなんて。あまつさえナナから逃げ出して。
どうやらナナに拒絶されたと思ったのが、堪えたみたいです。
そういえば、今まで喧嘩もしたことが無かったのでした。
私の脳裡に昨晩の記憶が蘇ります。
『ノノッ!』
部屋を出る私を呼び止めるナナの声。
その声はどこか悲しそうで、まるで何かに耐えているみたいでした。
耐えるということは、本心ではないという事です。
ということは、ナナには何かしらの理由、ないし考えがあったと見るべきです。
それを聞かないままに、動揺して逃げだすなんて、私は一体何をしてたのでしょうか!?
あー、どうやらナナの事になると、私は冷静になれないみたいです。
10年間、ずっと一緒に過ごしてきました。まぁ意識的には9年ですが。
毎日一緒に食事をし、一緒にお風呂に入り、一緒に寝ていました。
一緒に居るのが当たり前、これからも続くものだと思っていました。
(……あれ、もしかして私はマザコンなのでしょうか?)
前世では小学校に上がる時には、一人部屋に移っていた気がします。一般的に、女の子同士の場合はどうなのでしょう?
しかし中の人(27+10歳)で考えると、……アウトですね。
そうです。
ナナは「12歳になれば、村を出なくてはいけない」と言っていました。
このまま村に居続けても、再来年になればナナとは、一度離れざるをえません。
もしそれでも村を出なかった場合、もしかしたら私は、精神的にも経済的にもナナに依存して、ニートの様になってしまうかもしれません!
想像して見て下さい。13歳になってもナナと一緒の私を。
毎日子供達に授業を教えたり、たまに魔獣を退治したりする。それ以外でもずっと一緒で、その姿はまるで――
(……仲の良い姉妹の様にも見えますね)
すいません。少なくてもニートには見えませんね。
まぁ、それは置いておいて。
ナナが私に求めているのは、自立だと思います。
昨日、コノカは言っていました。
学部の入学試験――『タリア』と契約して『乙女』になるのは3%だと。
もし『娘』と本契約する乙女はもっと少ないとしたら?いえ少ないと考えた方が妥当でしょう。
私が本契約できるかどうかまだ分かりません。もしかしたら契約できないかもしれません。
その本契約を交わすために、早い内から学部に入学する方が有利だとしたらどうでしょうか?
乙女は本契約すると、歳をとりません。
私の記憶ではセンリは45歳で、ナナはもっと上らしいです。
もしかしたら長い時間を生きてきたナナからすれば、7年間というのは短く感じるかもしれません。
むしろ7年間、私と離れるのを我慢することによって、私が本契約を交わして、それから先の未来を一緒に過ごす。そうナナが考えているのではないでしょうか?
もちろん全て、私の勝手な想像です。
実際にはナナは、何か他の考えがあるかもしれません。
それでも、私が本契約を交わして一人前の『乙女』になって自立するために――ナナとずっと一緒に居る為に、7年間を我慢して割り切るのも一つの選択でしょう。
(……良しっ!)
しばらく考えて、私の答えは決まりました。
後は、ナナに伝えるだけです。
……と、その前に。
「コノカさん、朝ですよ。起きて下さい!」
カーテンを開けて、部屋を明るくします。
まずは、このままだと確実に眠り続けるコノカを起こすのが先です。
「……」
「コノカさーん。あーさーでーすーよー!」
「……んー」
「あっ、母様。おはようございます」
「――んっ!?」
どうやら起きたみたいです。
……それにしてもこの反応。ナナは一体、コノカに何をしたのでしょうか?
「……お願い。その起こし方だけはやめて」
「それではちゃんと起きて下さい」
「……善処する」
渋々とベッドから出るコノカ。
それを見届けて、私も着替えるために自分の部屋に戻ります。
部屋の前に来ると、恐る恐るドアを開けます。
ナナは……居ないみたいです。この時間ですから、朝食を作っているのでしょう。
私は着替えて髪を梳かすと、階下の調理場に向かいます。
調理場からは、オムレツを作っているのでしょうか?焼けたバターのいい香いが漂ってきます。
そしてナナの後ろ姿。
どことなく悲しそうなのは、気のせいではないでしょう。
「母様!」
私の声にナナはびくっと身体を反応させ、ぎこちなくこちらを向きます。
「ノノ……」
その表情はまるで、私にどう接していいのか分からない。そんな迷いのある顔をしています。
私はその迷いを吹き飛ばすような、元気の良い挨拶をします。
「おはようございます!」
「……あっ、おはよう!」
するとナナの表情も少し明るくなりました。
ナナの返事を聞くと、私は水場で顔を洗います。
顔を拭くと「手伝います」と言って、お皿を出し始めます。
そして、
「母様、昨日は話の途中ですいませんでした」
「いいのよ。私は気にしていないわ」
(いえ先程まで、とても動揺していたと思います)
しかし声には出さず、代わりに大事な事を伝えます。
「それで決心しました」
ナナは手を止めて、私を見詰めます。
「私は学部に入学します」
「……そう。それがノノの答えなのね」
ナナはどこか寂しそうに言います。
「――ただし、母様、私と勝負して下さい!」
「え、勝負?」
「はい」
ナナは「あら?」と顔をしていますが続けます。
「母様が勝った場合、私は即この村を出てリネットの街に向かいます」
「……それでノノが勝った場合はどうするの?」
ナナの手が止まっています。
「私が勝ったら、母様も一緒にリネットの街に来て頂きます!」
一方、その頃のコノカは――
コノカ「……zzz」
部屋で三度寝をしていた。




