第四十六話
「そういえば、ノノ」
「なんですか?」
お風呂上り。いつもの様にベッドの上でナナに髪を梳いて貰っていると、背中からナナが声を掛けてきました。
ちなみに、この歳になってもナナとは一緒に寝ています。
二階にある三部屋の内、二部屋が物置とコノカの部屋で埋まっているため、ナナと私は同じ部屋を使っています。
そのため、これは仕方がないことなのです。……嘘です。コノカが来る前から一緒の部屋でした。
「センリからの手紙に書いてあった学部については、どうするか決めたの?」
「その件については、実は入学は辞退しようかなと考えています」
今日、コノカに話を聞いて決めた答えです。
そういえば私がコノカに話を聞いた後、木陰で寝ていた筈のコノカの姿はいつの間にか消えていて、仕方なく一人で術の練習をしていました。
いい時間で切り上げて家に戻ると、ナナとコノカは家に居て、何故かコノカはフラフラでしたけど何かあったのでしょうか?
「へー、それはどうして?」
「やっぱり母様と離れたくないからですね。母様は知っていましたか?学部のあるリネットの街からバール村まで、2週間半は掛かるそうですよ。しかも学部で取れる休みは長くても一ヶ月。もし入学をすれば、7年間は会えなくなるんですよ」
私の言葉に、ナナの櫛を握る手が一瞬止まります。
しかし、またすぐに髪を梳き始めました。
「確かに学部自体は面白そうだと思いました。私と同年代の『乙女』とか、勉強している内容も興味があります。それにお金も掛からないみたいですし」
「それならノノは、学部に入学したいって思っているの?」
「そうですね。でも母様と一緒じゃないのは嫌です」
そうです。やっぱりナナと離れ離れになるのは嫌です。
「でも12歳になれば、村を出なくてはいけないのよ」
「それは……そうですが……」
私はノノの言葉に、すぐに二の句が継げませんでした。
そしてかろうじて出てきた言葉が、
「……ですけど、学部への入学試験は12歳まで受けれますし、それからでも遅くないと思います。それに、私は『タリア』とも契約しているので、入学できないなんてことはないですからね」
という答えです。
「そう……」
ナナはそれを聞くと静かになります。
「……母様?」
「ねぇ、ノノ。こちらを向いて」
私は言われた通り身体を動かし、ナナと向き合います。
そしてナナは真剣な表情で、
「ノノ、あなたは学部に入学しなさい」
一言告げます。
「……へ?」
私の口からは、まぬけな声しか出ませんでした。
いえ、もしかしたら私の聞き違いかもしれません。確認してみましょう。
「……あの、今何て?」
「ノノ、学部に入学しなさい」
ナナは視線をそらさずに、私の瞳を見つめています。
とても冗談を言っている雰囲気ではありません。
「つまり母様は、私が学部に入学することに賛成ということですか?」
私の言葉に頷くナナ。
それはつまり、例え7年間会えなくても平気ということで、もしかして私の事が嫌――。
そこまで考えた所で、私の目元から雫がこぼれ落ちました。
「あれ?」
私の目から、涙が流れています。
「ちょっと待って下さい」
目元を擦りますが、こぼれ落ちる涙は逆に勢いを増します。
「え、何で?おかしいです。止まりません」
「――っ!?」
そして涙を止めようと思えば思うほど、悲しい気持ちも溢れてきます。
私はここにいては涙が止まらないと思い、部屋の入り口に向かって駆け出しました。
「ノノ、待って!!」
その言葉に、私はドアを開けた所で立ち止まります。
そうです。私はどこに行くつもりだったのでしょうか?
このまま外に出ても今は夜であるため、ナナに心配を掛けてしまいます。
「えと……そうです!今日はコノカと一緒に寝る約束をしていたのでした」
「ノノっ!!」
「――っ、それでは、お休みなさいっ!」
私はノノの返事も待たずに、ドアを閉めてコノカの部屋に向かいます。
「コノカさん、コノカさん」
コノカの部屋をノックしても、応答はありません。
もしかしてと思い、ドアノブを捻ると鍵は掛かっておらず、そのまま部屋の中に入ります。
案の定、コノカはベッドでぐっすりでした。
さすがに寝ているのを起こすのは躊躇われるため、「失礼します」と布団の中身に潜り込みます。
コノカの部屋のベッドは、ナナの部屋のベッドより少し小さいです。
しかし私もコノカも身体が大きくないほうなので、多少密着しますが向き合う形でベッドに納まりました。
そして、
「……ひっく、えく」
私の涙は依然止まらず、声を押し殺そうとしても、どうしても漏れてしまいます。
『ノノ、あなたは学部に入学しなさい』
先程のナナの言葉が頭から離れません。
何よりもショックだったのが、ナナに拒絶されたかもしれない。もしかしたらナナは私の事をもう……。
そんな嫌な想像が頭から離れません。
「……んーん?」
もぞもぞとコノカが動き、目が開きました。
どうやら、コノカを起こしてしまったみたいです。
「……あ、ひっく。ご、ごめんなさいお邪魔しています」
するとコノカの目が閉じ、数秒経つと再び目が開いて、無言のまま私を抱きしめました。
「――あ」
「私は寝てるから、好きにしなよ」
目を閉じるコノカ。
その言葉とコノカの温もりで、
「うわぁーーーん!」
私を塞き止めるものは無くなりました。
そして、そのままコノカに抱かれたまま、私の意識も深く落ちていきます……。
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目が覚めると、目の前にはナナ……ではなく、コノカの顔がありました。
「うわぁ!?」
びっくりして、跳ね起きます。
カーテンから漏れた光が部屋を明るくし、小鳥のさえずりが外から聞こえてきました。
いつも一本に纏めている三つ編みが解け、いつもより大人っぽく見えます。
私の声でコノカも目が覚めたらしく、
「ん……昨日は激しかったね」
「――なっ!?」
コノカは再び目を閉じ眠りに付きました。
朝チュン……だと……!?




