第四十五話
カナデと話した次の日。
私は学部のことを知るため、コノカに話を聞くことにしました。
本当は、昨日の内に話を聞きたかったのですが、夕食後にコノカの部屋を訪ねてドアを何度ノックしても返事が無く、鍵が開いていたのに気付き覗いてみると、スヤスヤと眠るコノカの姿が確認できました。
その上、今朝も私が起こしても中々起きず、授業にも遅れそうになりました。
……どれだけ眠かったのでしょうか。
そんな事情で夜に話を聞くのは無理と判断し、ナナにお願いして、午後の時間はコノカと二人きりで術の修行をするように調整して貰いました。
代償として、コノカがナナに思いっきり睨まれていましたが、私とのいつものやり取り(ハグ)で許してくれました。
「えー、それじゃ早くノノが術を使えるようになって、その間に私が昼寝を出来るように頑張りましょう」
家の庭先で、だるそうなコノカ。
昼食後のためか、いつもより眠そうな目をしています。
ただでさえ今日は天気も良く、ぽかぽかと暖かな日差しが射しています。
そのためコノカから少しでも目を離したら、いつ寝ていても不思議ではないでしょう。
「すみません、コノカさん。修行の前に、学部について話を聞いても良いですか?」
私は、簡単にセンリの手紙の内容をコノカに説明します。
するとコノカは、
「学部っていうのは『乙女』が修行する所ね。……じゃ後は時間まで寝てても良いかな?」
と割と駄目な発言をします。
「……真面目に教えてくれませんと、母様に言い付けますよ」
「何でも聞いてね!」
正直な所、この人で大丈夫か不安になりますが、こちらもお願いする立場なので妥協します。
とりあえず、木陰に腰掛けて話を聞きます。
「それで、具体的に何が知りたいの?」
「まずは、学部のある街について、教えて下さい」
「了解。リネットの街はこの国の中央近辺にあって、ここからだと2週間半ぐらいの旅路だね。街自体は首都に近いけど、そんなに大きくはなく、人口は1万人くらいだね」
やっぱりバール村からだと、大分離れた所にあるみたいです。
「この街が他と異なるのは、まず街の中心に学部の施設――学院があることだね。それからこの街に居る男性は皆、既婚者か小さい子供だけだね」
「もしかして、『乙女』が恋しないようにですか?」
「そうだね。年頃の『乙女』が過ちを犯さないために、若い男性は街に入れないようになっているんだよね」
まぁ、その……しちゃうと契約が破棄されてしまいますから、しょうがないですね。
「一番人が多い時期が春で、その頃になると『タリアの乙女』になるため、入学試験を受ける人でいっぱいになって、お祭りみたいに賑やかになるなぁ」
「どれ位の人数が、入学試験を受けるのですか?」
「そうだねー。毎年ざっと千人くらいかな」
その言葉に吃驚します。
千人といえば、この村の人口の約十倍です。
「ちなみに入学試験に合格するのは、何人位なのですか?」
「そうだね、無事『タリア』と契約して『乙女』になれるのは、精々30人位だね。中には契約できなくて、3年間続けて試験を受ける女の子もいるね」
つまり3%しか残らないと。
中々に高い倍率です。
「それにしても『タリアの乙女』は、そんなに人気なのでしょうか?」
「まぁ、魔獣と戦うのは栄誉あることだからね。でもそれだけじゃないんだよ……」
「といいますと?」
するとコノカは腕を組み「うーん」と唸り、私をちらっと見ると「ま、いいか」と続きを話し出します。
「まず入学試験を受ける人間を貴族と平民に分けて考えてみよう。貴族が受験する理由としては、主に二つ。一つ目は貴族の階級が高い相手と結婚をするため。この国では『乙女』は清純で栄誉ある人間だから、それを妻にすることは貴族の中でもかなり高いステータスなんだよ。そのため、例え下級貴族の女性であっても、『乙女』になれば上級貴族と結婚することも可能になるんだよ。勿論これは平民にも言える事で、『乙女』になれば正妻は無理でも、第何婦人や妾にはなれるかもしれない」
つまり(玉の輿を)夢見る女の子が、集まるってことですね。
「貴族が受験するもう一つの理由は、『乙女』の処女性のためだね。ノノも知っていると思うけど、『乙女』になるためには、処女である必要がある。そのため既に婚約者のいる貴族は、その事――要は男遊びをしていない事を証明するため、『乙女』になろうとする。そして困った事に、そういう貴族は入学しても本契約をせずに学部を辞めてしまう子が多いんだよね」
貴族というものが、そういうものを必要とするのは聞いたことがあります。
しかし、そのために『乙女』になるというのは、少し酷いかなとも思います。
「ま、そういう貴族からは何かしら理由を付けて、寄付金をたんまり頂戴するみたいだけど」
釈然とはしませんが、そういう事なら何も言えません。
それにしても、学部はなかなかやり手のようですね。
「話は逸れますが、学部――というか『タリアの乙女』組織の資金元はどこから出ているのですか?」
「全額が寄付金という形だね。4割は国から。残りは貴族や商人からの寄付金からかな。ここだけの話、私も詳しくは知らないけど、寄付金を元手に『乙女』が運営する店があって、そこからの売り上げも含まれているという噂もあるね」
はー、なるほど。
噂の真偽は分かりませんが、先に述べた貴族からの寄付金の話を聞くに、資産運用していてもおかしくはないでしょう。
「さて話を戻して平民が受験する理由だけど、先に述べた貴族との結婚以外にもう一つ理由がある。その一つが、貧困のためだね。学部に入学すれば、衣食住が保障される。そのため、貧しい家の子が『乙女』になるのも珍しくない」
「衣食住が保障されているというのは、どういうことですか?」
「文字通りの意味だね。学部に入学すると、生徒は全員が寮住まいになるんだ。そして食事も日用品も、必要なものは全て支給される」
ふむふむ。
ということは入学してもお金の心配は要らないということですね。
「学院には、何人くらい生徒が居るのでしょうか?」
「200人弱ってところかな」
「皆が、そのような理由で入学するのですか?」
「勿論、真面目に魔獣から国を守るために入学する娘も居る。まぁ色々な人間が、学部には集まっているってことなんだ」
どこもかしこも十人十色なのですね。
「ところでコノカさんは、何故『乙女』になろうと思ったのですか?」
「私はこの通りぐーたらだから、両親に少しでもまともになるように、無理やり入学試験を受けさせられて、気付いたら『乙女』になっていたよ」
「はぁ」
……まとも?
とてもそうは見えないのですが、気にしない様にします。
「学部では、どんなことをするのですか?やはり一人前の『乙女』になるための修行が多いのですか?」
「そうだねー、『乙女』の使う顕現や術の練習。身体を鍛えたり、模擬戦闘を行ったりもするね。勿論それ以外にも、教養として算数や外国語。地理や歴史なども勉強したりもするね」
結構、しっかり勉強していますね。
それにしても、ここまで聞いた限りですと、どうしても全寮制の女学院みたいな印象です。
前世で通っていた男子高校と比べると、……有りですね!
せっかく第二の人生ですから、もう一度、学校に通うのもいいかもしれません。
「授業は毎日あるのですか?」
「その辺は、他と同じで週6平日の1休日だね。また春前には、申請すれば約一ヶ月の長期休暇もあるよ」
春休みは一ヶ月。バール村までは2週間半。
あれ?……ということは、入学すると卒業するまでナナに会えないってことではないですか!?
「あの!どの位の期間で卒業できるのですか?」
「本契約を交わしたら卒後できるよ。でも本契約を交わせるのは15歳以上からって決まっているんだよね」
なんと、15歳ですって!?
コノカの言葉に、私は頭を殴られたような衝撃を受けます。
私が現在10歳ですから、最低でも5年は学院に居る必要があることになります。
「ちなみに、どうして15歳からなのですか?」
「んー、やっぱり身体が成長しきっていないからかな。昔はもう少し下の、それこそノノちゃん位の『乙女』が居たらしいけど、どうしても他の人に軽く見られてしまうんだよね。それでもこの国の人ならいいけど、外国の人にまで軽く見られる――舐められるのは、国としても避けたいみたい」
確かに幼女が魔獣と戦っていて、大の大人が後ろで指をくわえて見ているのは、あまり体裁がいいとはいえませんね。
後は身体が未成熟だと、それだけで身体能力が低くなるからでしょうか。
しかし5年ですか。その間ナナと会えないってのは……。
「それから15歳で本契約をしても、そのまま所属が軍部に移って、数年間は訓練漬けだね。だからどんなに早くても、7年間は戻れないと思った方がいいよ」
(――なっ、7年間!?)
学院に入れば、ただでさえ5年間もナナに会えないのに、更に2年間も追加されるなんて……。
「どうかしたの?他に聞きたいことは?」
私が衝撃に打ちのめされていると、コノカが訊ねてきます。
「……いえ、今日のところはいいです。それより、少し休憩しませんか?私も考えたいことが出来たので」
「うーん」
さすがにコノカも心配そうにこちらを見ていますが、休憩という言葉には抗えなかったみたいで、早くもその場で横になるとスヤスヤと寝息を立て始めます。
(7年間ナナに会えない。7年間ナナに会えない。7年間ナナに……)
私は空を見上げます。そこには吸い込まれるような、綺麗な青空が広がっていました。
……うん。ナナと離れるなんて無理ですね。
私はそう結論付けました。
ナナ「さーて、ノノは頑張っているかしら♪」
ノノ(ぽけー)
コノカ「……zzz」
ナナ「……#」ビキビキ




