第四十三話
センリは5年前に『街食い』を退治してから、しばらくこの村――バール村で一緒に生活していました。
最初は3ヶ月と言っていましたが、雨が振りそうだ、昨晩は良く眠れなかった、雪が積もって動けない、と何かしら理由を付けて、結局半年は滞在していました。
その間、私はセンリにびっしり鍛えれました。
戦闘時の身体の動かし方、足捌き、基本的な武器の使い方など。
今の私が、魔獣とまともに戦えるようになったのもセンリのお陰もあります。
……まぁ相変わらず、ナナには敵いませんが。
また、ナナとセンリが何かに付け争うため、中々気の休まる時が無かったのも事実です。
しかし、さすがに半年も仕事を放り投げていたのはセンリ自身も不味いと思ったらしく、春先には旅に出ました。
センリが旅立ちの時、
「ノノ、君さえ良ければ一緒に来ないか?」
私はそう、センリに訊かれました。
その言葉に、私の心の奥が疼きました。
私はまだこの世界の事をほとんど知りません。どころかバール村から出て、他の街にすら行ったことすらありせん。
センリと国中を旅することに、とても魅力を感じました。
でも、だからこそ私は断りました。
私はまだ自分の限界を知りません。だけど現在の自分の立ち位置は分かっているつもりです。
私がセンリの足手まといになる事。
今は行けない事。
最後にナナと離れたくない旨を伝えると、センリは苦笑しました。
そして、私を抱きしめてこう言いました。
「ノノ、私は君の事が好きだ。だから、君が一人前の『乙女』になるのを待っている」
その言葉に私もこう答えました。
「いつか、センリとも母様とも肩を並べられるように頑張ります。その時は、三人で旅に出たいです」
と。
そして最後にナナと何か話しをすると、センリは村を出立しました。
それ以来、音沙汰の無かったセンリから手紙が届きました。
コノカが差し出す手紙は二通。
それぞれ、私とナナ宛です。
私達は手紙を受け取ると、それぞれ読み始めます。
『私の弟子――ノノへ。
久しぶりだ。元気にしているだろうか?
私は変わりなく過ごしている。
手紙を書く機会が少ないため、読み辛かったら許して欲しい。
君と別れてからそろそろ4年と半年が経つ。
その間、私は色々な街や村を巡廻していた。
どこに行ったかは機密にあたるので、詳細に書く事が出来ないのが残念だ。
今は用があって学部のある街、リネットの街に居る。
しかし仕事があるため、またすぐにここを離れなくてはいけない。
さて、そろそろ本題に入ろうか。
ノノ、君は学部に入るつもりはないか?
ここ、リネットの街にはノノと同じように本契約をしていない『タリアの乙女』が日々、仲間と共に研鑽を積んでいる。
私はそこに、ノノも加わって欲しいと思っている。
君はナナ殿の下で鍛えられ、十分に強くなっているかもしれない。
しかし、それだけでは駄目だ。
私達『タリアの乙女』は、いつも一人で戦っている訳ではない。
一人で敵わない魔獣には複数で、自分の手の届かない所は連携して、そうやって『乙女』同士が繋がっている。
『タリアの乙女』の組織があるのも、そのためだ。
そのことをリネットの街で、学部で学んで欲しいと考えている。
学部に入学する条件は、既に『タリア』と契約しているので満たしている。
さしずめ学部のことで分からないことがあれば、コノカ・トリエステに聞くと良いだろう。
彼女は最近まで、といっても5年前のことだが、学部に通っていた。
そして顕現はあまり得意ではない様だが、こと術に関してはトップレベルの腕を持っている。
きっとノノの力になってくれる筈だ。
さて色々書いたが、私も学部に入るのを強制するつもりはない。
ナナ殿の下で強くなるのも、一つの道だと思うからだ。
だが学部で学ぶことも、決して無駄にはならないだろう。
ナナ殿への手紙にも、同じような内容を書いた。
二人でよく話し合いなさい。
そして最後の決定は、ノノが自分で考えて決めるんだ。
ノノの選んだ答えが、ノノ自身のためになると私は信じている。
それではまた会う時まで、さようならだ。
そうそう。
実は新しく弟子が出来て、一緒に旅をしているのだが、ノノの話をすると急に「用事が出来た」と言って席を立ち、話をまったく聞かないのだ。
私にはさっぱり原因が分からないのだが、ノノは何故だと思う?
ノノの師――センリ・シラクサより』
……それはきっと焼き餅でしょう。センリも鈍感さんですね。
そうセンリに返信したいのもやまやまですが、今どこに居るのかが分かりません。
まぁ、それは置いておいて。
ついさっきコノカに学部のことを教えて頂いたばかりです。
ちょうど良いタイミングだったみたいですね。
ナナも手紙を読み終わったみたい――と思ったら、手紙をびりびりに破り捨てて、術で燃やしてしまいました!
何か変なことでも書いてあったのでしょうか?
そしてナナと目が合います。
「母様はどう思いますか?」
「……そうね。あまりにもノノが可愛すぎるから、話を聞いて、自分が足元にすら及ばない現実を知るのが怖いか。さもなくば話を聞くと、可愛すぎるノノに対して、興奮した身体の疼きを抑えられないのかのどちらかかしらね」
その返しに、横で聞いていたコノカがぎょっとしています。
「前者であれば問題ないけれど、後者であれば問題ね。確かにノノの可愛さを広めたいとは思うけど、それでノノを襲うような輩が出ないとも限らない。気持ちは凄く分かるけど、ここはやっぱりママだけのノノで居てくれれば……」
「母様、その話ではなくて学部の件です」
もしかして、それで手紙を消し炭にしたのでしょうか?
……まさかですよね。
「そうね。この件に関して、私はノノの意志を尊重するわ。ただし……」
「ただし……?」
言葉を溜めるナナに、オウム返しで聞きます。
「まずはお昼を食べてからにしないかしら。せっかく作った料理が冷めてしまうわよ」
「それもそうですね」
そういえば、まだ昼食を済ませていませんでした。
「私もお昼を食べて、すぐに横になりたいですね」
コノカも立ち上がります。
「午後もやることはいっぱいあるから駄目よ」
「えっ!?そんな……」
ナナの言葉に悲痛な顔をするコノカ。
とりあえず私達は食堂に移動しました。
昼食後の睡眠は、至福の時間。




