Interlude3
今まで、すぐ近くにあったものがなくなる感覚。
これは、喪失感と言うべきなのだろうか。
一つのことを成し遂げた達成感よりも、失った寂しさの方が大きい。
いや、失ったという考え方はおかしいな。あの子たちは、私のものじゃない。
だからこれは、寂寥感や孤独感などと言った方がしっくりくるかもしれない。
もう、私に笑顔を向けてくれるあの子たちはここにはいない。
楽しげに語らう彼女たちを見ることも、もう無いかもしれない。
それが寂しかった。ただただ、寂しかった。
日暮れの朱に照らされるモンテスの街並みを眺めることなく、私は少しずつ暗くなっていく通りを進む。
向かう先にあるのは、この街の傭兵支援協会支部だ。
別に、何か用事があったわけじゃない。報告はすでに済ませてある。
だけど、私の足は自然とここへ向かっていた。
「ティナ?」
「!」
支部の出入口の前に至った時、背後から声をかけられた。ドアノブに伸ばしかけていた手を引っ込め、振り返る。
そこにいたのは、制服姿の私の親友。
髪を横に分けてピンで留め、その下で露わになっている額は、相変わらず綺麗だった。
「アレット。……今帰り?」
彼女は、支部の裏手から出てきたようだ。
「うん、さっき交代したところ」
頷いたアレットは、嬉しそうな顔で私に歩み寄ってくる。
「久しぶりだね、ティナ。えっと、……2ヶ月くらい振り、かな?」
「ああ、うん。もうそんなに経つんだね」
そうなんだよ。時の流れっていうのは本当に早い。
あの子たちとの3ヶ月も、あっという間だった……。
支部には特に用も無かったし、偶然アレットと出会えたことから、私は彼女とあの場所で語らうことにした。
モンテスの中央広場。そこにあるベンチの一つに並んで腰を下ろす。
あの頃いつも2人で座っていた、馴染み深いベンチだ。あの頃と比べると、随分色褪せてしまっている。
「まだ、家には帰ってないみたいだね」
私のバッグを見て、アレットは言う。
「うん。さっき駅に着いたところだからね。それに、家に帰っても誰もいないし」
「あ、そっか。それで、真っ直ぐ支部へ? やっぱり、何が用事があったんじゃ……」
支部の前でも聞かれたけど、私はまた「別に無いよ」と同じ言葉を返す。
「……この街に来ると、傭兵になったばかりの頃を思い出しちゃうんだよね」
「ああ、そういえば学校そっちのけで仕事してたもんね、ティナ」
あの頃の私は、とにかくがむしゃらだった。
そのせいで、アレットにはよく迷惑をかけたものだ。
「試験のために、私が勉強を教えてたんだよね。楽しかったなぁ」
「え、楽しかったの?」
「うん。楽しかったよ」
厳しい“アレット先生”を思い出す。
あれは楽しんでやってたのか……。
「ティナの役に立ててるなって実感できて、嬉しかったんだ」
穏やかに微笑むアレットに、私も思わず笑う。
「そういえば、協会員を目指したのも私のためだったっけ」
「そうそう。傭兵になったティナをサポートしたいなって思って」
そこで言葉を切って、「でも」と笑顔を薄めるアレット。
その右手が、着ている制服に触れる。
「無事に協会員にはなれたけど、ティナのサポートはできてないよね……」
言われてみれば、そうだな。
「アレットがちょうど協会員になった頃、私、この街を出て行っちゃったからね。その後、何年も帰ってこなかったし。やっと帰ったと思ったら、すぐに傭兵学校の教官になることを決めて、また出て行っちゃったし……」
私の言葉を静かに聞いていたアレットが、口を開く。
「でも、実際は、そんなにそのことに対して不満は抱いてなかったんだ。というか、そんな不満を抱いてる暇が無かったんだけど。協会員の仕事って、想像以上に大変だったからね」
アレットが協会員として働いている姿を見たのは、彼女が協会員になってから3年くらい経った頃のこと。
ミドルスクール卒業後3ヶ月の間に、アレットとは何度か出会ったし会話もしたけれど、その後はほとんど会った記憶が無い。
つい2ヶ月ほど前にこの街で再会したのだって、実に1年半くらい振りだったのだから。
「……ティナのサポートは、これからもできそうにないね」
「そんなこと……」
「でも、それはもういいの」
少し俯き加減だったアレットは、やや強めの口調でそう言って顔を上げた。
「ティナがこの街にいなくても、ティナのことは協会を通して伝わってきてたから。ああ、またどこかで活躍してるんだなってそのたびに思って、それだけで充分だった」
そして、また明るい笑みを見せるアレット。
「傭兵学校の教官になったと思ったら、次は傭兵候補生の担当官だもんね。なかなかいないよ、ティナの歳でそんなにたくさんの肩書きを持ってる人」
「そうかな……」
照れる私に、アレットは「そうだよ」と言ってから、「あ」と何かを思い出したように声を発した。
「そういえば、傭兵候補生期間って、昨日で終わりじゃなかったっけ」
「……うん」
その言葉で、私はいろんなことを思い出す。
「お疲れ様、ティナ」
「うん……」
あの子たちの笑顔、そして別れ際の泣き顔が、脳裏によみがえる。
抱き締めた彼女たちの温もりも、思い出す。
「それで、あの子たちは無事に傭兵になれたの?」
2ヶ月くらい前にモンテスを訪れた時、アレットはあの2人に会っている。
私が担当していた、傭兵候補生たちに。
「うん。2人共、文句無しの合格」
「そっか、よかったぁ。あの子たち喜んでたでしょ」
「まぁね。2人で抱き合ってさ、飛び跳ねてたよ」
その光景も、思い出した。
「……もしかしてティナ、寂しいんじゃない?」
「えっ?」
ドキッとした。その通りだったから。
「やっぱりね。さっき会った時から、どことなくそんな感じがしてたから」
「え、私、そんな寂しそうな顔してた?」
「してたしてた」
いたずらっぽく笑うアレットに、私は観念して本音を語る。
「……そりゃあ、3ヶ月も一緒にいたからね。ずっと寝食を共にしてたわけだし、情も湧くよ。そんな子たちがいなくなったらさ、やっぱり寂しいもんだよ」
1日経っても、その寂しさは薄れない。むしろ、強くなっているくらいだ。
でも、いつまでも引きずっているわけにはいかないんだよね……。
「じゃあさ、ティナ。今日は私の部屋に泊まりに来ない?」
「え?」
突然の提案に、私は驚いて彼女の方に顔を向ける。
「!」
楽しげな笑みが目の前にあり、また驚く。
「2人でさ、お酒でも飲んで語り明かそうよ。ね?」
「どうしたの、急に」
聞くとアレットは、口元の笑みを崩さず片眉を下げる。
「今日くらい、私が一緒にいてあげるよってこと。私じゃあの子たちの代わりにはならないかもしれないけどさ、ちょっとは寂しさが紛れるんじゃない?」
そして、白い歯を見せてニッと笑うアレット。
まったく、この子は……。
「ありがと。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」
「え、ホント? やったぁ!」
アレットは、嬉しそうに胸の前で両の拳を握った。どうやら、断られると思っていたようだ。
「でもさ、私はいいとして、アレットは大丈夫なの? 明日も仕事じゃない?」
「いいのいいの! それに私、こう見えてお酒強いんだよ。だから大丈夫!」
少女のようにはしゃぐアレットに、私は思わず笑う。
「私は、お酒弱いんだよ。だから、お手柔らかに」
「え、そうなの? んー、どうしようかなぁ。酔っ払ったティナを見てみたい気もする」
そもそも、お酒というものをあまり口にしたことがない。
以前、ちょっと飲んでみた時にすぐに酔っ払って以来、それとなく敬遠していた。
酔っ払ってたら、いざという時にまともに戦えないからね。
だから、私がいつもグラスに注ぐのは、もっぱら水だけだ。
「じゃあ、早速買い出しに行こっか。夕食も、うちで食べるでしょ?」
「でも、本当にお邪魔していいの? おうちの人に迷惑かからないかな」
すると、アレットは「大丈夫」と立ち上がって振り返る。
「私、つい最近一人暮らしを始めたから」
「え、そうなの?」
「うん。……ま、実家近くの集合住宅に引っ越しただけなんだけどね」
「へー」
それは一人暮らしなのかなと心の中で首を傾げつつ、私も立ち上がる。
「じゃあ、家事とかも自分でやるんだ」
「そうそう。でもそれが大変なんだ。今まで、ほとんどやったことなかったからさ」
そこであることを思いつく。
「それなら今日は、私がご飯を作ってあげるよ」
「え、ホント? そういえばティナって料理上手なんだよね。楽しみー!」
「まぁ、泊めてもらうんだからそのくらいはしないとね」
そうして商店街に向けて歩き始めてすぐに、アレットは立ち止まって私へ振り返る。
「ところでさ、ティナってこれからどうするの? もう担当官の仕事は終わったから、学校に戻るの?」
担当官としての職務を全うした後、それを支部へ報告に行った時にも同じことを問われたっけ。
「教官を辞めたわけじゃないからそうなるけど、協会からは、3日くらいは休んでもいいよって言われてるんだよね。だから、モンテスでちょっと休んでから戻るつもり」
そう答えると、アレットは口の端をにやりと上げた。
「それなら、その間は私の部屋を宿代わりにしていいよ」
「え、でも……」
「遠慮しないで。ね?」
明るく微笑むアレットに、私は「ありがと」と返すしかなかった。
……寂しさなんか、すぐに吹っ飛んでいってしまいそうだな。
これで、「マーセナリーガール -卒業編-」は終わりです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回作は、来年1月より連載開始です。
これからもよろしくお願いします。
【追記】
2014/10/12/Sun:全話書き直しました。




