星降る夜の愛し方 おまけ
翌朝。
玄関の閉まる音で、榊紫苑は目覚めた。
隣で眠っていたはずの吉良の姿は既にない。
“もう、出勤したんだ…”
自分を起こさずに仕事に出て行った吉良に小さくため息をつき、紫苑は体を捻り仰向けになる。
“起こしてくれたらいいのに…て、無理か”
不規則な仕事をする紫苑と、規則的な生活をする吉良では、どうしても一緒にいられる時間が限られる。
最近でこそ鳴りを潜めた紫苑の不眠症だが、仕事のスケジュールの都合で眠れる時間は限られる。しかも、紫苑は極度に寝起きが悪く、人格すら豹変する。
紫苑の寝起きの悪さの一番の被害者でもある吉良は、さまざまな意味で気を使って紫苑を起こさずにいるのだが、紫苑としては少しでも起きて吉良と同じ時間を過ごしたいと思うのだが、溝は埋まりそうにない。
“でもまあ…今日は俺もオフで、吉良も昼には帰ってくるから良いか”
土曜日だから、クリニックも半日。昼過ぎから二人で過ごせる。
昨日食べ損ねた吉良御手製の料理を食べて、渡しそびれたクリスマスプレゼントも渡して、ゆっくり過ごそうと、紫苑は早々に頭を切り替える。
既に眠気は無い。
どれだけ体が疲れていても、眠っていなくても、吉良が傍に居なければ紫苑は満足に眠る事が出来ない。
彼女の存在そのものが、紫苑にとって最良かつ最高の安定剤。
その彼女が隣に居なければ、ベッドの上など苦痛以外の何物でもない。
紫苑は体を起こし、サイドボードの上に置いた携帯電話を取ろうとして、伸ばした手を止める。
携帯電話の横に、紫苑が好きなアクセサリーのブランドロゴが記された小箱があり、小箱の下には二つ折りにされた紙がある。
紫苑は首をかしげながら箱と紙を手に取り、紙を開く。
そこには吉良の手書きの文字があった。
『紫苑へ
昨日は忙しいのに時間を割いて戻ってきてくれてありがとう。
プラネタリウム、とっても楽しかったわ。
今日も一緒に見ようね!
あと、昨日渡しそびれたクリスマスプレゼントを置いておきます。
よかったら使ってね。
あげは』
少し丸みを帯びた綺麗で整った文字で記された吉良の言葉に、紫苑は知らぬうちに淡い笑みがこぼれる。
昨夜の家庭用プラネタリウムを見た時の、吉良の反応を紫苑は思い出した。
子供の様に嬉しそうに笑う姿が、あまりに可愛くて。
普段なら着用しない露出の多い服とのギャップと相俟って、つい欲望に負けてしまったことは反省点。
だが、プラネタリウムを見た彼女の反応は、予想以上だった。
きっと吉良は、純粋にあの映像を喜んでくれていた。
自由に外に出かけることもできない。
たまに外デートをするときも、周囲を気にしてばかり。
上坂伊織として、交際を表沙汰にすることもできないから、堂々と出歩く事も出来ない。
榊の力を多少なら行使できるが、絶対に父親に借りなど作りたくもないと、紫苑は意固地に『榊』を拒絶している。
それ故に、窮屈な関係を強いてしまっている吉良と、家の中でも気分を変えて楽しめる物を探して見つけたホームプラネタリウム。
本当は、家庭用のプラネタリウムはこの日の為に自分で前もって購入したもの。
番宣の為に出演した番組で確かに獲得はしたけれど、それは商品を獲得できなかった共演相手にあげてしまった。
月曜日の番組を見れば、それがばれてしまうだが。
わざわざ買ったと言うのは、なんというかスマートじゃないと、紫苑には変なこだわりがあった。
“それにしても、あげはは何をくれたんだろう”
紫苑としては、彼女へ事前にリクエストした十五号サイズのプリンケーキがあればそれで満足だった。
紫苑は包装を解いて箱を開けた。
小箱の中には、クロ●ハーツのダガ―をあしらったストラップがある。
ひそかに今度、買おうと目をつけていたアイテムの姿に、紫苑は驚く。
吉良が自分の心を読んでいたかのようで。
しかも、ネックレスや指輪、ピアス、時計ではなく『ストラップ』という選択肢が良かった。
ドラマや雑誌の撮影では、装飾品はどうしても取り外さなくてはいけない。
それが存外、手間だったりするし、吉良がくれたものなら肌身離さずつけていたい。
それに、取り外しを繰り返しているうちに失くしてしまうこともある。
ストラップならば、携帯電話につけておけば外す必要もないし、必然的に毎日持ち歩く。
貰う側の行動や性格を読んでプレゼントを考える恋人に、紫苑は心地の良い気分になる。
“何度、惚れさせてくれるのだろう、あげはは”
飾らないその気遣いと優しさに、紫苑は惹かれてやまないのだ。
その後、紫苑の携帯電話には、クロ●ハーツのフォーンストラップダガーが誇らしげに揺れていた。
FIN
Merry Christmas!
素敵なクリスマスをお過ごしくださいませ。