愉快な弟子達
暫く飛んで、辿り着いたのは森の端の方。
いつも行く街とは反対方向だったから、ここは初めて足を踏み入れる場所だった。
両足が地面に着いて箒から降りると、目の前には美しい湖と、小さな滝。
その畔にはイスとテーブルが置いてあって、それは一目で、ベルクさんが作られた物だと分かった。
「彼等が、この場を用意してくれたそうだ」
「皆さんが……」
ご主人様に手を取られて、イスとテーブルに近付くと、そこにはいつか見た、シェラさんが作ってくださったティーカップのセット。
傍には様々な形をしたクッキーが置いてあって、どれも一目で、ハーティさん、マーシュさん、リアさんが作ってくださったものだと分かった。
何故ならサインが入っていたのだ。
「これは、ふふ、どれも素敵ですね」
思わず、笑ってしまう。
どんな顔で皆さん用意してくださったのか、想像するだけで楽しかったから。
笑っていたら、ご主人様にイスを引かれて、恐縮しながらも座らせていただく。
隣に座られたご主人様は、手早く紅茶を淹れてくださって、私はただその動きを見つめるだけになってしまった。
ご主人様は、今日のこの時間が、どういうものかご存知なのだろうか。
差し出された紅茶を飲んで、クッキーと湖を眺めながら、ぼんやりとしてしまう。
意気込んで部屋を出た筈なのに、今は少し、心が迷子だった。
「……少し前、シェラに言われました」
「はい」
静かなご主人様の声に、私は耳を傾ける。
「メアリを、縛り付けていてはいけないと」
「……」
「だから私は、ルシアンに頼んで、信頼の置ける人物を紹介してもらった」
「……はい」
あの方々は、ルシアンさんのご紹介だったのか、と納得する。
皆さん紳士的で、とても良い方達ばかりだった。
けれど。
「けれど、彼等に微笑む君を見て、私は」
「……」
「私は、君を手離したくないと思いました」
「っ」
息が詰まって、視界が滲む。
苦しそうに仰られる、ご主人様の声が心に刺さった。
「私は君の素直で、真っ直ぐで、諦めないところを好ましく思う。個性的で愛らしい弟子達と、直ぐに馴染んでいた姿には驚きましたし、人類初とも言える精霊との関係性には、尊敬もしています」
「……そんな」
そんな風に、言っていただけるなんて。
涙が零れてしまわない様押し止めているのに、感情が溢れて止まない。
けれど今日は、肩から風が吹くことはなかった。
コレットは、シェラさんのお部屋でお留守番をしてもらっていたから。
「私は、自分の人生に満足しています。数々の魔法を生み出して、その魔法の殆どを、弟子に教え託している」
そう、だったのですね、と思う。
それと同時に、であればやはりお弟子の皆さんも、ご主人様に近い程の、実力の持ち主なのだと再認識する。
「けれど、もし、叶うのならば。私は最期のその時まで、君の……メアリの、傍に居たい」
「……ご主人、さま」
止めていた涙は、もう止まらなかった。
最期だなんて、そんな悲しいことを言わないでください、と思う。
けれどそれ以上に、嬉しくて、涙が止まらない。
最後の最後まで共に居たいと、そう願ってくださること以上に、幸せな言葉を私は知らない。
「私も、ご主人様のお傍に居たいです」
震えた声は、ご主人様の柔らかな抱擁に受け止められた。
その背に腕を回すと、泣き止むまでの間ずっと、優しく包み込んでくださっていた。
落ち着く頃には、途中ご主人様が差し出してくださったハンカチがずっしりと重くなっていた。
だから洗ってお返ししますね、と照れていたら、ご主人様が魔法で、お家の洗濯カゴへとハンカチを転送させてしまう。
普段はこうした魔法をお使いにならないのに、と思っていたら、優しく、微笑まれて。
「今はハンカチより、私を見て」
「……へ」
聞き間違い、だろうか。
ご主人様から、何か。
「一つ、君にお願いをしても良いですか」
「は、え、はい」
「私を名前で呼んでは、もらえませんか」
「はぇ……」
な、名前。
というより、その、ご主人様の、お顔が近く。
それと表情がその、あの、あ、甘いのですが……!?
突然の変化に戸惑っていると、少し首を傾げて、だでしょうか、と悲しそうな顔をされる。
「だっ、だめではなくて、あの」
「呼んでください、メアリ」
「ヒェ……」
ご主人様の表情が甘く、柔らかく、こちらが溶けそうになる。
そんな愛しいという気持ちが溢れている顔をなさらないでください、心が持ちません……!
ぎゅ、と目を閉じると、ご主人様の手が耳に触れる。
「は、」
驚き目を見開くと、髪を、耳にかけてくださっていて。
「メアリ」
「っ」
心臓が、爆発してしまうのではないかと思う。
こんな間近で、ご主人様のこんな甘い微笑みは、見たことがない。
「アーウィンと呼んで」
「……あ、アーウィン、様」
「様は不要です、メアリ」
「ヒィ……」
先程とは違う意味で涙が出る。
感情が追い付かなくて、体中が熱い。
「メアリ」
「……アーウィン……」
「ええ、ええ、メアリ。ありがとうございます、どうかそのままで」
「ハィ……」
耐えられず顔を覆うと、その手の甲にキスを落とされて、倒れそうになる。
誰か、このメープルシロップよりも甘くなってしまったお方を止めてください、どうか。
あれからもアーウィン、様、の甘さは止まらず、手ずからクッキーを食べさせようとまでなさるので、もう心臓が持たなかった。
帰る頃にはヘトヘトで、察したシェラさんにはにっっこりとされたけれど、私はそのままシェラさんを連れ去り、シェラさんのお部屋へとお邪魔した。
付いて来る勢いだったアーウィン、様、は女性棟ですよ!と追い返した。
その姿を、シェラさんは笑っておられたけれど、笑っている場合では無いです。
「シェ、シェラさん」
「なぁに」
「あ、あれは一体どういうことですか」
「ふふふふふ」
堪えられない、といった笑い声が聞こえる。
私はまだ抱き寄せられていた肩の温もりが消えずに、顔が熱い。
「アーウィン様はね、ああ見えて私より年下なのよ」
「……えっ!!?」
謎は、深まるばかりである。
そもそもシェラさんのお年が分からない、聞けないのだから。
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十数年の、時日が経ち。
世界でただ一つの魔法学校には、その日『精霊科』が設立された。
魔力の保有量が大きければ大きい程、その者は短命となる。
そんな話は、遠い過去の話へとなりつつあった。
世界一の魔力を有する魔法使いと、魔力を持たないまま精霊と心を通わせた女性は、弟子達や友人と協力して、世界を根底から、覆したのだ。
小さなお家の偉大な夫婦と、愉快な弟子達は、今日も、幸せに暮らしている。




