オタク気質な弟子
ご主人様の朝は早い。
きっと前世はニワトリだったんだと思う。
とってもかっこよくて、紳士的な。
「おはようございます、ご主人様」
玄関に降りてきたご主人様に挨拶をすると、ご主人様は穏やかな笑みをこちらに向け、おはようメアリ、と返してくれる。
この笑顔を見る為に、私は毎朝ご主人様よりも早く起きて、玄関に待機しているのだ。
暑くても寒くても関係ない。ご主人様の微笑みにはそれだけの価値がある。
今日のご主人様の微笑みを、いつも通り脳内で何度もリピートしていると、靴を履き終えたご主人様がこちらを振り返る。
ご主人様はこれから約一時間程、森の荒れ狂う精霊と朝の体操(という名の治安維持)をなさる。
「では」
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
優しい笑みを湛えたご主人様は、真っ直ぐ、そして美しく背筋を伸ばして、まだ日が昇り始めたばかりの外へと出て行った。
そんなご主人様を見送った私の戦いも、たった今から始まるのである。
まず私が毎朝することは、朝食作り。
ご主人様のお身体の血となり肉となる大切な大切な食事を作る、大切な大切な役割である。
今朝はパンを焼こうと、昨夜から生地を仕込んでいた。
キッチンの隅で静かに待つ生地を覗くと、今にも溢れ出しそうなくらいふくふくと育った生地と目が合う。
この生地を作るコツは常温、暗所で一晩置くこと。
そしてたっぷりの愛を込めて、
「ふんっ!!!!」
ガス抜きをすることである。
ご主人様の大切な食事に異物を混入させてはいけない。
髪、汗、塵、全てに細心の注意を払いながらガス抜きした生地は、ものの数分でとてもスリムになった。
あとは形を作り、オイルを垂らして焼くだけである。簡単で美味しい。そして栄養満点。
全てのバランスにこだわったこのパンは、私のオリジナルウルトラスーパースペシャルパンである。
もうすっかり体に馴染んだ動きで生地をオーブンへと運び、ソテーにする予定のお肉も冷蔵庫から取り出す。
ざっくりと切り分けたお肉は、この後オーブンに合流させて、特製のハーブソルトと共にお出しする。
後のことは相棒のオーブンに託すとして、次は洗濯。
ご主人様の私室にさっと忍び込み、最小限の動きでシーツを引っぺがす。
ほんの少し期待をしてシーツにぬくもりを探したけれど、今日も今日とて残ってはいなかった。
朝食の下準備よりも先に、何よりも先に、シーツの回収に向かえば出会えるのかもしれないが、それはそれで心が持たない気がするので、こうして毎回、僅かな期待を込めて巻き取っている。
私がご主人様に抱くのは敬愛。
そして少し、オタク気質なだけである。
私には頼れる相棒が沢山いる。
回収したシーツは第二の相棒、洗濯機に託した。
その流れでバスルームへと向かい、浴槽を丹念に磨く。
ご主人様はお散歩から帰るとまずシャワーを浴びる。
いつも落ち着いていて冷静で、それでいて温かくて優しいご主人様は、朝の体操(という名の暴れ狂う精霊との激闘)くらいでは汗一つかかないのだが。
いつだったか、匂うといけないから、と照れてシャワーへ向かう姿を見て以来、それがお決まりの行動パターンとなっていた。
だから今日も私は磨く。
きっと、朝の体操(という名の以下略)は、激しく舞う塵や埃、そして土までをも巻き上げているはずだから。
帰って真っ先に向かう先が、綺麗で心まで洗われる空間であると良いと願いながら、磨くのだ。
磨き上げた浴室は私の目を完璧に覚めさせ、そして達成感をくれる。
仕上げにほんの少しの香料を垂らせば、お花と石鹸の香りが漂う素敵な空間となった。
あとは玄関を掃除して、着替えて、ご主人様の帰りを待つのみ。
バスルームを出るとパンの焼け始めたいい香りがして、ご主人様と一緒に食べる時間が待ち遠しいなと思った。
私は使用人ではない。
ご主人様が育て、そして愛弟子だと誇ってくれている存在。
けれど、私には、弟子ならば当然あるはずの魔力が、これっぽちも無かった。
だからずっと、これからもずっと、ご主人様のお傍に居続けられる訳ではないと、ちゃんと分かっていた。




