14話 謀略の円卓(挿絵あり)
──アレスとスレアの二人が、宇宙空間で命懸けの模擬戦を繰り広げる、ほんの数時間前のこと。
三百年の長きにわたり宇宙を彷徨う超大型宇宙船団『マーテェルナビス』。
人類を救うために造られたはずの箱舟は、今や深刻な資源枯渇に喘ぎ、一部の特権階級が下層民を搾取する巨大な階層社会へと完全に腐敗していた。
その帝国の頂点に君臨する五人の独裁者──『五賢老』の緊急会議が、第1号機の円形議事堂で開かれていた。
議事堂の空気は氷のように冷たく、巨大なホログラムモニターが発する微かな低周波の羽音だけが鼓膜を震わせている。
「第8号機の水質浄化プラントがまた停止しました。民衆は泥水をすすり、神への祈りさえ呪詛に変わりつつあります。もはや、これ以上の誤魔化しは不可能です」
宗教的派閥をまとめ、民衆の生活を司る穏健派のセレナが、伏し目がちに、しかし切実な声で口火を切った。
「工業セクターも限界だ。各船を繋ぐジョイント装甲の補修材すら底を突きかけている」
生産・工業を担う実務派のヴォルカノが、分厚い手で円卓を叩く。
「アースニアの資源を確保できねば、あと三年でこの船団はただの鉄屑へと変わるぞ」
「だからこそ、私が下層民の『間引き』を行ってやっただろう?」
軍事・治安を統括し、軍事支配を目論む独裁派の若き賢老、カルマ・エドラが冷ややかに言い放つ。
「第7、第9号機における下層民の暴動は、我がエドラ家の無人機部隊によって完全に鎮圧した。暴動を起こす気力すら湧かぬよう、恐怖で統制するしかないのだよ」
カルマの言う無人機とは名ばかりである。その装甲の内部には、脳の言語野と感情野を焼き切られ、機体の制御回路に生体部品として直結された『人間』たちが詰め込まれているのだ。
自我を奪われた使い捨ての肉の歯車たちによって、スラムの反乱は血の海へと沈められた。
「野蛮な男ね。貴重な人的資源の無駄遣いだわ」
科学・開発を推進する革新派のレイリー・レグフォーツが、吐き捨てるように言った。
カルマは薄笑いを浮かべ、円卓の向かいに座るレイリーをねっとりと見据える。
「なんとでも言え。それより、私から提案がある。一ヶ月後に予定していたアースニアへの降下作戦のスケジュールを大幅に前倒しする。そして、その『露払い』として、レグフォーツ家が誇る【純血のエクセラー】二体を、最前線に投下してもらおうじゃないか」
「……なっ、カルマ! 貴方、何を勝手なことを!」
レイリーが椅子から身を乗り出し、激昂した。
「あの子たちをいきなり最前線の敵陣ド真ん中に放り込めば、貴重なエクセラーを無駄死にさせることになるわ!」
「先日、私が直々に視察してやった際、片方の素体は深刻なエラーを起こしていた。帝国最高の剣などと嘯きながら、その実、前線で役に立たない不良品を隠しているのではないかね? もしそうでないなら……ここで圧倒的な戦果を挙げ、証明してみせればいい」
「貴様……!」
「──そこまでにしろ、両名とも」
静かだが、絶対的な威圧感を持つ声が円卓を制した。
声の主は、円卓の上座に座る壮年の男。船団の維持を最優先とする保守派の筆頭であり、この五賢老を統括する船団総督、ライオス・ハルバートである。
「作戦の先鋒はレグフォーツに任せる。もし失敗すれば、カルマの生体無人機部隊を本隊として投入し、星を焼き払う。……会議はこれまでとする」
ライオスが絶対的な裁定を下すと、ホログラムの映像が次々と途切れ、円形議事堂には彼一人だけが残された。
「ふふっ。またレグフォーツ卿とエドラ卿が噛み付き合っていたのですか? 仲がよろしいことで。いやはや、毎日毎日、胃の痛くなる会議ですねぇ、おとうさま」
静まり返った議事堂の暗がりから、軽やかな革靴の足音と共に一人の少年が姿を現した。
金色の髪に、琥珀のように透き通る瞳。黒を基調とした軍服をスマートに着こなしたその少年は、天使のように無垢で愛らしい顔立ちをしていながら、その唇の端には、もがき苦しむ虫を観察して楽しむような、酷薄で底意地の悪い笑みが刻まれていた。
「盗み聞きとは悪趣味だな、ノエル」
ライオスがため息をつくと、ノエルと呼ばれた少年は芝居がかって両手を広げた。
「おや、総督をお守りする護衛として、常に控えているだけですよ。それより報告です。第9号機の最下層スラムにおける暴動の鎮圧、只今完了しました。カルマ卿の生体ドローン部隊が到着して無差別に虐殺を始める前に、我々が暴動の火種だけを綺麗に揉み消しておきましたよ」
「ご苦労。……だが、少し手間取ったようだな?」
「ええ、まったく。序列3位のガリックの脳筋ぶりには辟易しましたよ」
ノエルはやれやれと肩をすくめた。
「あの巨漢ときたら、機動兵器用の『六銃身大型ガトリング』なんかを生身で持ち出して、防壁ごと暴徒をミンチにするんですから。奴のバカげた筋骨と装甲並みの皮膚には実弾など効きませんが、弾薬と労働力の無駄遣いも甚だしい。結局、騒ぎに乗じて逃げようとした主犯格の眉間を、抜いて黙らせてやりましたよ。彼らの絶望に染まった顔……最高に滑稽でした」
ノエルはくすくすと、まるで無邪気な子供が玩具を壊したときのように笑った。
「結果が出たなら構わん。他の者はどうしている」
「序列2位のミラは、戦意喪失したゴミどもの尋問、という名の『解体』を完璧にこなしています。彼女の光すら透過する『不可視の姿と糸』でいつの間にか首を括り上げられれば、流石の暴徒も抵抗する気力など湧かないでしょうからね。本当に、冷徹で優秀な副官です」
ノエルは薄く笑い、ふと呆れたようにため息を吐いた。
「それに比べて、序列4位のフラムと序列5位のフロムの双子ときたら……今回の任務でお留守番をさせられたのが余程不満だったらしく、待機室で機嫌を損ねていましてね。互いの腕や脚を切り落としては、数秒でうごめきながら元通りにくっつくという悪趣味な遊びで暇を潰していましたよ。まったく、狂犬のしつけには苦労します」
特務部隊『フェイド』。
この船団の最下層からさらに隔離された、非道徳的な『廃棄施設(スラムの掃き溜め)』──そこに捨てられた罪人や狂人たちの血を引く子供たちの中から、最も生存本能と『殺意』に長けた者だけを、ライオスが拾い上げたのだ。
幼い頃から生きるために他者の肉を喰らい、裏切り、殺し合うことしか知らなかった彼らは、生まれながらにして残虐性を脳髄に深く刻み込まれている。
そんな破綻者たちに、未知のエネルギー『エクスマター』を強制的に適合させたのだ。
常人なら一パーセントの適合すら細胞が崩壊し死に至る絶望的な人体実験。それを悪魔的な執念で生き延びた彼らは、それぞれが常識外れの『特異能力』を発現させていた。
中でもノエルは、最高位の適合率を誇る。
彼の特異能力は、周囲数十メートルのあらゆる魔力の流れ、筋肉の微細な収縮、空気の揺らぎ、果ては弾道に至るまでを完璧に知覚し、演算する『空間把握と未来予測』だ。
数秒先の未来を視界に映し出すその能力の前では、剛腕による不意打ちも不可視の凶器もすべてが無意味となる。
その圧倒的な演算能力と、他者の絶望を好む底知れない残酷さゆえに、彼はライオス直属の『隠し剣』のリーダー序列1位として、狂犬たちを完全な絶望と恐怖で支配しているのだ。
「カルマの部隊が動けば、無関係な下層民まで千単位で虐殺されるからな。お前たちが適度に手綱を握り、必要な分だけ間引いた方がマシだ」
「それにしても、レグフォーツの【純血のエクセラー】様たちを、いきなり最前線への『捨て駒』にするとは。総督も人が悪い」
「捨て駒ではない。これも『間引き』だ」
ライオスは、眼下に広がる漆黒の宇宙空間を見下ろした。
「レイリーのエクセラーと、カルマの生体部隊。どちらも戦力として強大になりすぎた。彼らを最前線で競わせ、互いの力を適度に消耗させることでしか、この船団の政治的バランスは保てない」
「なるほど。偉大なる創設者)の遺産を守るための、涙ぐましいご苦労ですね」
この超大型宇宙船団の設計と建造を指揮したのは、ライオスの父であるレイニス・ハルバートだ。
父は肉体を機械化して船の中枢と同化し、今も暗闇の中で『生き続けて』いる。この歪な帝国を、父が目覚めるその日まで維持し続けること。
それこそが、ライオスに課せられた呪いのような使命だった。
「お前たちも出撃の準備をしておけ、ノエル。最前線でエクセラーたちが倒れた後の後始末は、お前たちに任せることになるかもしれん」
「仰せのままに。あの『純血のエクセラー』様たちが、泥に塗れてどこまで無様に踊ってくれるか…… 特等席で、見物させてもらいますよ」
ノエルは琥珀の瞳を細め、慇懃無礼な一礼をして闇へと消えていった。




