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【5位】異世界探偵エラーラ・ヴェリタス  作者: り|20↑|札幌
エラーラ・ヴェリタス短編集
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第4話:忘却の探求者!

私の名はエラーラ。私の興味を引くのは、常に、常識では説明のつかない「現象」だけだ。

今回、私が観測対象として選んだのは、ある都市で発生している、奇妙な連続失踪事件。その法則性は、実に興味深かった。被害者は、決まって、街で「話題」になっている人物ばかり。人々から強く興味を向けられた人物が、ある日を境に、忽然と姿を消すのだ。


「フム…被検体の情報が、一定の閾値を超えて集積されると、その存在が、この次元から消去される、と?これは、観測という行為そのものに内在する、危険なパラドックスじゃないか!」


私が調査のために訪れた都市は、静かなパニックに陥っていた。人々は、互いに深く関わることを恐れ、目を合わせず、当たり障りのない会話しかしない。誰もが、目立つことを、知られることを、恐れていた。「忘れられること」が、この街唯一の処世術だったのだ。


そんな中、一人の女性が、私に接触してきた。ジャーナリストのジュリア。彼女は、この連続失踪事件を独自に追っており、その超常的な性質に気づき、高名な魔導学者である私を探しに来たのだ。


「エラーラ様、どうか、この街を救ってください。私の同僚も…先週、スクープを取った直後に、消えてしまったのです!」


彼女の瞳には、恐怖と、そして、真実を追い求めるジャーナリストらしい、危険な探求心が宿っていた。

私とジュリアは、共同で、次のターゲットを予測し、怪異の正体を突き止めようとした。ジュリアは、その能力を駆使し、次に話題になりそうな人物…デビューを控えた天才歌手の少女の情報を集める。私は、その少女に注がれる人々の「興味」の総量が、不吉な魔力となって集積していくのを、魔導観測器で捉えていた。


「まずいねぇ。彼女に集まる情報圧が、間もなく臨界点に達する」


私たちは、少女を保護しようと彼女の元へ急いだが、一足遅かった。デビュー公演の直前、大衆の期待と興味が最高潮に達した瞬間、少女は、私たちの目の前で、まるで陽炎のように、揺らいで消え失せた。

ジュリアが、自らの無力さに打ちひしがれる中、私は、彼女に一つの、冷徹な質問を投げかけた。


「ところで、ジュリア君。君は、どうやって私の居場所を突き止めたのかね?私は、身分を隠して、この街に潜入したはずだが」


ジュリアは、誇らしげに答える。


「……貴女ほどの学者を、見つけるのは…骨が折れました。数週間かけて…貴女の過去の論文…行動パターン…交友関係…あらゆる情報を集め…貴女の思考を予測して、ここに来たのです」


その言葉に、私は、楽しそうに笑った。


「フフフ…面白いじゃないか。ならば、この怪異の最初の『運び屋』は、他の誰でもない。君だった、というわけだ!」


ジュリアの、私に対する強烈な「興味」が、怪異「探求者」を、私という、次なる極上の獲物へと導いてしまっていたのだ。


その日を境に、私は、常に「何か」に見られているという、粘つくような感覚に襲われるようになった。「探求者」が、私という、極めて複雑で、興味深い存在の「情報集積」を始めたのだ。このままでは、私が喰われるのも時間の問題だ。


「ジュリア君、実験の最終フェーズに移行する」


私は、ジュリアを連れて、魔術的に遮断された地下室に閉じこもった。


「この怪異は、対象の『情報』を喰らう。ならば、喰らうべき『情報』そのものを、無くしてしまえばいい。これから私は、私自身の情報を、この世界から一時的に抹消する。私が『私』でなくなっても、決して声をかけるな。実験が終わるまで、静かに観測したまえ」


私は、深く、深く、瞑想状態に入った。自らの魔術で、役所に残る私の渡航記録を燃やし、宿屋の宿泊名簿から名前を消し、私と会った人々の記憶を、曖昧な霧の中へと沈めていく。

そして、最後に、自らの心に、強力な自己暗示をかけた。私の膨大な知識、記憶、そして「エラーラ」という傲岸不遜な自我そのものを、魂の最も深い場所にある箱の中へと、封印した。


ゆっくりと、私は、目を開けた。

目の前には、見知らぬ女性が、緊張した面持ちで、私をじっと見つめている。


「あ…」


私は、か細い声で、彼女に尋ねた。


「おねえさんは、誰ですか?ここは…どこです…か?……こわい…」


目の前の女性に抱きついた私の声は、自分のものとは思えないほど、幼く、頼りなげに響いた。私の中から、あの自信に満ちた科学者の人格は、綺麗に消え失せていた。ただ、純粋な「無」だけが、そこにあった。


ジュリアは、ゴクリと喉を鳴らし、私のその姿を、まるで宝物でも見るかのように、食い入るように見つめていた。

その瞬間、部屋の外で、私たちを捕らえようとしていた「探求者」の気配が、ふっと消え失せた。

喰らうべき対象の「情報」が、完全に「無」になったことで、その存在を定義できなくなり、飢えた怪異は、霧散してしまったのだ。

怪異が消えたのを感知し、私が自分に掛けていた自己暗示のアンカーが、自動的に作動した。

魂の奥底の箱が開き、奔流のような知識と記憶が、私の精神を再び満たしていく。


「――ッ!」


私は、一瞬の眩暈に耐え、目を開いた。瞳には、いつもの、冷徹で、分析的な光が戻っていた。すぐさま、研究日誌を取り出し、ペンを走らせる。


「…エ、エラーラさん…!助かったんですね!」


隣で、ジュリアの、少し上ずった声がした。


「ああ。実に有益なデータだった。これでこの街も――」


「それよりも、エラーラさん」


ジュリアが、私の言葉を遮った。彼女の顔は紅潮し、その目には、まだ、あの熱っぽい光が宿っている。


「先ほどの貴女は…その…とても、可愛らしかったです…」


私は、ペンを止めて、彼女を見た。


「あの、無防備な表情や…少し幼い口調が…その…もっと、ぎゅってしても、いいです、よ?」


「…………」


私は、ただ、黙って、彼女を見つめた。

目の前の、この女を。ジャーナリストという、知的な職業に身を置きながら、その実、私の無力な姿に、性的な興奮を覚えていたという、このメスを。

やがて、私の口から、小さな笑い声が漏れた。それは、次第に大きな笑い声になっていく。


「フフフ…ハハハハハ!そうか!そうなのかね!面白いじゃあないか!」


私は、腹を抱えて笑った。涙が出るほど、おかしかった。

私は、立ち上がると、呆然とするジュリアに背を向けた。


「結論。『情報』を糧とする概念怪異は、対象の情報を、観測不可能なレベルまで意図的に消去することで、餓死させることが可能である。…だが、人間の『情欲』という、この非論理的で、予測不能なバグは、どうやら私の手に負える代物ではないらしい。実に…実に、面白い!」


私は、もう彼女に興味はなかった。怪異よりも、よほど不可解で、そして、よほど下等な、最高のサンプル。

私は、高らかな笑い声を残し、次の興味深い「現象」を求めて、一人、地下室を後にした。

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