表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/208

第11話:Finale

主題歌:リング0 バースデイ/finale

https://youtu.be/G3okxKLNFVI

『バベルズ・ダスト』

それは、旧時代の通信塔とキメラ培養プラントが融合した、悪夢の摩天楼だった。灰色の砂漠に、巨大な墓標のように突き立っている。

ミヨは、『マッドドッグ』の助手席で、旧式のショットガンを握りしめ、その塔を睨みつけた。


「…リナが、逃げ込んだ場所…」


「そして、我々が、奴らの『喉元』を掻き切る場所だ」


エラーラは、後部の『スキャッター』から降り立った。

生き残ったのは、三十人。

魔法が死んだ今、頼れるのは、旧時代の火薬式アサルトライフルと、手榴弾、そして、ドワーフたちが調整した、数本の火炎放射器だけ。


「…静かすぎる」


ヴァラスが、獣人の斥候と共に、先行偵察から戻ってきた。


「司令。正面ゲート、及び、地下ダクト。一切の『生命反応』がない。空き家です」


「フン。見え透いた罠だ」


エラーラは、通信塔を見上げた。

ミヨが、ショットガンを肩に担ぐ。


「罠だろうが、入るしか道はねえんだろ。」


「…合理的だ。全隊、侵入する」


エラーラは、ヴァラスの部隊に、地下ダクトの破壊を命じた。


「我々は、中央通路から、堂々と入る。ヴァラス、お前たちは、時間差で、このダクトから突入し、敵の背後を突け」


「…司令!?」


「これは、命令だ。我々が、囮となる」


エラーラは、ミヨと、最も屈強な兵士二十名を率いて、バベルズ・ダストの中央ゲートへと向かった。

ゲートは、重い音を立てて、自動で開いた。

内部は、不気味なほど、静かだった。

赤い非常灯だけが、長い、長い、金属の回廊を、血の色に染めている。

三十人の足音だけが、不気味に響き渡る。


「…おかしい」


先頭を行く獣人の斥候が、鼻をひくつかせた。


「…何の匂いもしない…。埃と、古いオイルの匂いだけだ…」


「…集中しろ」


エラーラが、ライフルのスコープで、前方の闇を覗く。

回廊は、中央の広大なリフト・ホールへと続いていた。

だだっ広い、がらんどうの空間。

その中央に、ぽつんと、次の区画へ続く、一つの扉がある。

そこへ続く、一本の通路。


「…司令」


ドワーフの工兵が、床のパネルを調べ、青ざめた顔で振り向いた。


「…ダメだ…全部『空洞』だ。そして、重量センサーが、びっしりと…」


「やはりな」


エラーラは、全隊に停止を命じた。


「どうする、天才さんよ」


ミヨが、ショットガンを構え直す。


「進むしかない」


エラーラは、最も若い兵士に、ロープを投げ渡した。


「天井の梁を使い、センサーを回避する。まず、斥候が二人、渡れ」


だが、斥候がロープを投げようと、腕を振り上げた、その瞬間だった。

地鳴りのような、低い起動音。

赤い非常灯が、点滅を始めた。


「「「『ようこそ、旧人類』」」」


リナの声だった。


歪められ、拡声された、あの、娘の声が、ホール全体に響き渡った。


「「『あなたたちのための、歓迎を』」」


次の瞬間。


「うわあああああああ!!」


ホールの中央、一本道を進もうとしていた、先頭グループ。ヴァラスの部隊と合流するため、別ルートから回り込もうとしていた、斥候部隊。

その、ちょうど「真ん中」にいた、六人の兵士たち。

彼らの足元の床が、音もなく、開いた。


「なに!?」


エラーラが叫ぶ。

六人は、悲鳴を上げる間もなく、暗い穴へと吸い込まれていく。

だが、それは、ただの落とし穴ではなかった。

穴の側面から、高速で振動する『ワイヤー・ソー』が、一斉に射出された。


「あ…が…」


落ちていく兵士たちの体が、空中で、まるでサイコロステーキのように、しっかりと、寸断されていく。

腕が飛び、足が飛び、胴体が、綺麗すぎるほどの『輪切り』になった。

そして、その下の穴の底で待ち受けていたのは、巨大な、工業用の『粉砕機』だった。輪切りになった肉片と、骨と、内臓が、ミキサーの刃に叩きつけられ、満遍なく、攪拌される。血飛沫が、噴水のように、穴の縁へと噴き上がった。数秒前まで、仲間だった兵士が、赤い『液体』と化して、壁を汚していく。凄まじい鉄の匂いと、血の匂いが、ホールに充満した。


後方にいた二人の兵士が、その、あまりにもグロテスクな光景に、完全に戦意を喪失した。


「いやだあああッ!殺される!殺されるッッッ!戻る!シェルターに、戻るんだ!」


「待て!戻るな!」


エラーラの制止も聞かず、二人は、今、入ってきた入り口へと、背を向けて走り出した。


「「『逃走は、許可しません』」」


二人が、ゲートの敷居をまたごうとした、その瞬間。

左右の壁、天井、床。あらゆる場所から、ピアノ線よりも細く、しかし、キメラの甲殻すら切り裂く『高張力ワイヤー』が、無数に射出された。


「あぇ…?」


兵士の一人は、何が起きたか分からなかった。

だが、次の瞬間、彼の体は、まるで、網にかかった魚のように、宙吊りになった。

ワイヤーは、彼の肉体を、貫通していた。

腕に、足に、胴に、首に。何十本もの『糸』が、彼の体中を通っている。


「が…ぎ…」


ワイヤーが、一気に、逆方向へと巻き上げられる。兵士の体は、文字通り、引きちぎられた。

ワイヤーに絡め取られた肉片が、天井と床に叩きつけられる。もう一人の兵士は、恐怖に足がもつれ、その場で転倒した。射出されたワイヤーが、彼の体を、地面に縫い付けた。そして、そのまま、左右に引き裂いた。

ホールは、今や、屠殺場と化した。


「進め!進めッ!止まるな!」


エラーラが、残った兵士に叫んだ。


恐怖を怒りに変え、四人の兵士が、やけくそになって、先頭を走り出した。

ミキサーの穴を飛び越え、血の海を突っ切り、中央の扉へと。


「「『焦りは、禁物ですよ』」」


四人が、扉の前の、最後の床に踏み込んだ、瞬間。


凄まじい高圧電流が、床から、彼らの軍靴を貫いて、体を直撃した。


「グッ…!アアアアアアアア!!」


四人は、感電し、痙攣したまま、その場に縫い付けられた。

身動きが、取れない。

筋肉が、焼き切れる匂い。

そして、その、動けない彼らの、真下から。

床が、ゆっくりと開き、ドリル状の、巨大な『刃物』が、四本、伸びてきた。

まるで、巨大な蛇が、獲物にゆっくりと牙を突き立てるかのように。


四人の兵士は、感電で悲鳴も上げられないまま、下半身から、丁寧に、正確に、真っ二つに引き裂かれていった。内臓が、熱い床の上にこぼれ落ち、ジュウジュウと焼ける音が響いた。


「…クソが…!」


ミヨが、吐き捨てた。


「…ハッキングするしかない…」


エラーラは、扉の脇にある、唯一の『制御版』を指さした。


「あの扉の先の、トラップを、止めなければ…!」


「やります!」


ドワーフの工兵と、人間の通信兵、二人が、決死の覚悟で、壁際を伝い、その制御版に取り付いた。旧式の、しかし、複雑な電子ロック。彼らは、持参した機材を接続し、ハッキングを開始した。


「…頼むぞ…!」


ミヨたちが、周囲を警戒する。

赤い非常灯が、不気味に、点滅を繰り返している。

その時だった。

ハッキングしていたドワーフが、ふと、自分の手元に、何か、粘着質なものが落ちてきたのに気づいた。


「…?水漏れか…?」


彼が、天井を見上げた。

暗い天井の、配管の隙間。

そこには、赤黒い、ゼリー状の『何か』が、びっしりと張り付いていた。


そして、それは、獲物を見つけたかのように、蠢き…

ヒュッ、と、一体の『怪物』が、糸を引いて、降ってきた。

それは、人間の腕ほどの大きさの、半透明な、ゼリー状の『ムカデ』だった。

無数の、針金のような足が、不気味に蠢いている。


「うわっ!」


ドワーフが、反射的に、それを手で掴んだ。


「離れろ!」


だが、遅かった。

ドワーフが握りしめたムカデは、まるで、トカゲの尻尾のように、掴まれた部分を、自ら『切り離した』。


「え」


ドワーフの手には、動かない、ゼリーの塊。

だが、切り離された『頭部』と『手』は、生きていた。

それは、ドワーフの手首を駆け上がり、彼の口へと、猛然と飛び込んだ。


「ハンス!!」


ドワーフの兵士、ハンスは、喉を掻きむしった。

だが、怪物は、すでに、食道から体内へと侵入していた。


「あ…が…あ…」


ハンスの体が、ありえない角度に、痙攣を始めた。

目から、鼻から、そして、開かれた口の中から、おぞましい、ゼリー状の『触手』が、何本も、何本も、生えてきた。


「うるるるるる、る?」


ハンスの体は、もはや人間のものではなかった。

首が、ありえない方向に捻じ曲がり、通信兵に襲いかかった。


「ひいい!やめろ!」


通信兵は、アサルトライフルを乱射した。

だが、銃弾は、ハンスの体を貫通するが、怯ませるだけ。

ゼリー状の肉体には、致命傷にならない。


「撃て!撃ちまくれ!」


残った兵士たちが、一斉に、変貌したハンスに銃弾を浴びせた。

凄まじい銃撃に、ハンスの体は、ついに、耐えきれず、破裂した。

だが、それは、最悪の選択だった。

破裂したハンスの体内から、赤黒いゼリー状の『幼体』…何十体もの大きさの『ムカデ』が、周囲に飛び散った。


「うわあああああああ!!」


「顔に!腕に!」


「熱い!熱い!中に入ってくる!」


兵士たちは、パニックに陥った。

幼体は、ただ、皮膚に『接触』するだけで、寄生が可能だったのだ。

それは、優しく、瞬時に皮膚を溶かし、肉の中へと、這いずり回って侵入していく。


「あああ!腕が!腕の中に!」


一人の兵士が、自分の腕の皮膚の下を、ミミズのように這い回る『分裂体』の影を見て、絶叫した。


「取れないよ!取れないんだ!」


彼は、その恐怖に耐えきれず、自らのアサルトライフルを、自分の腕に押し当て、乱射した。

ドカカカカカ!

腕は吹き飛んだが、そこから、さらに多くの分裂した幼体が、血飛沫と共に湧き出した。


「だめだ…だめだ…」


別の兵士は、体中を這い回る、内部からの恐怖に耐えきれず、自ら、壁に頭を叩きつけ始めた。

また別の兵士は、体が、内部から、まるで風船のように膨れ上がり…

パンッ!と、破裂した。

中から、さらに成長した、無数のムカデが、這い出してきた。


「クソッ!クソッ!クソッ!」


ミヨは、ショットガンを乱射するが、キリがない。

幼体は、銃弾を避けるように、高速で床を這い、次々と兵士たちの足元から這い上がってくる。


「…熱だッ!」


エラーラが、絶叫した。


「奴らの弱点は、熱だ!火炎放射器!」


「分かってる!」


ミヨの背後にいた、二人のドワーフ工兵が、ウエストランドで手に入れた、旧式の火炎放射器のバルブを開いた。


「「死ねや、化け物ッ!!」」


灼熱の炎が、ホールを薙ぎ払った。

ゼリー状のムカデたちは、炎に触れた瞬間、甲高い悲鳴のような音を立て、瞬時に蒸発し、燃え上がった。

寄生された兵士たちも、仲間を救う術はなく、炎に包まれていった。


「…」


灼熱の炎が薙ぎ払ったホールは、焦げ付いた肉と、蒸発したキメラの残骸が放つ、耐え難い悪臭に満ちていた。

三十人いた仲間は、今や六人。

エラーラは、固く閉ざされたままの、次の扉を見上げていた。


「…司令」


ヴァラスが、かすれた声で言った。


「…ハッキングできる者は、もう…」


「分かっている」


エラーラは、背負っていたライフルを下ろし、代わりに、あのタケシの形見の『スパナ』を手に取った。


「…旧時代の物理ロックだ。あの構造(リナの使った手口)なら、制御盤そのものを『破壊』すれば、強制的に開く可能性がある」


エラーラは、扉の脇の、血まみれの制御盤に向き直った。


「「『…まだ、諦めないんだ、お母さん』」」


あの声が、再び響いた。

機械的に増幅され、歪められた、リナの声。

ミヨは、銃口を、スピーカーが埋め込まれているであろう天井に向けた。


「…リナ…」


ミヨの声は、自分でも驚くほど、冷たく乾いていた。


「…いいや…あんたは、リナじゃねえ」


「「『…ひどいなぁ。せっかく、再会できたのに』」」


「うるさい」


ミヨは、吐き捨てた。


「…あの子は…リナはな、そんな、他人行儀で、ねちっこい喋り方はしないんだよ」


あのベッドでの、たわいもない会話。あの時、確かに感じた、娘の『温もり』。

そして、その後に感じた、冷たい『違和感』。


「…あんたは、誰だ?リナの声を被った、どこの亡霊だい?」


「「『…フフ。面白いなぁ、旧人類は。…答えは、この先にあるよ。さあ、エラーラ。その非効率な『工具』で、開けてごらんよ』」」


エラーラは、嘲笑を無視し、制御盤の継ぎ目に、スパナを叩き込んだ。


「ヴァラス、ドワーフ、援護しろ!ミヨ、斥候、扉が開いた瞬間に突入するぞ!」


エラーラが、全体重をかけてスパナを捻じ込むと、制御盤が火花を散らし、ショートした。

直後、重いロックが外れる音が響き、目の前の巨大な扉が、ゆっくりと、軋みながら開いていく。

扉の向こうは、眩いほどの『白』だった。

培養プラントの中枢。

そこは、巨大な円形のホールだった。壁一面が、緑色の液体で満たされた、巨大な『培養槽』で埋め尽くされている。

タンクの中では、名状しがたい『肉塊』や、あのゼリー状のムカデの『親』らしきものが、不気味に蠢いている。

そして、その中央。

無数のケーブルと生命維持装置に繋がれた、巨大な『椅子』。

そこに、一人の男が、深々と腰かけていた。

痩せこけた、初老の男。

だが、その瞳だけが、この世界の全ての悪意を凝縮したかのように、ギラギラと輝いていた。

彼は、この地獄の工場の『王』だった。


「…ようこそ、諸君。我が『産室へ」


男の声は、弱々しかったが、マイクを通して、ホール全体に響いた。


「てめえが、ここのボスか!」


ヴァラスが、アサルトライフルを向けた。


「まあ、そうなるかな。私は、この素晴らしき『進化』の、ささやかな『助産師』だ」


ボスは、玉座の傍らに立つ、一人の少女を、その骨張った手で、優しく撫でた。


「…リナ…!」


ミヨが、叫んだ。

そこに立っていたのは、間違いなく、ミヨの娘、リナだった。

だが、その目は、ウエストランドで再会した時の、あの強い光を失い、まるで、夢を見ているかのように、虚ろだった。


「「『…遅かったね、お母さん』」」


リナの口が動いた。

だが、そこから発せられたのは、あの、ホールに響いていた『合成音声』だった。

彼女の喉元に、小さな、機械的なチョーカーが取り付けられている。


「…てめえ…リナに…!娘に、何をさせやがった!」


「何を、とは心外だな」


ボスは、咳き込みながら、笑った。


「私は、彼女の『願い』を、叶えてやろうとしただけだ。『父親に、会いたい』という、実に、実に健気な願いをね」


「…!?」


「彼女は、私に全て話してくれたよ。君たち家族が、いかに理不尽に、あの『地球』とやらで、絶望したかを。そして、彼女が、いかに『父親』の死を、悔いているかを」


ボスは、リナの肩を抱き寄せた。


「だから、私は、彼女に『取引』を持ちかけた」


ボスの目が、エラーラを捉えた。


「…君たち『旧人類』が、あのウエストランドに隠し持っていた『テクノロジー』。あれさえ手に入れば、私の『研究』は、次のステージへ進める、と」


エラーラは、冷たく言い返した。


「…そのデータと、父親の命を、交換したと?」


「そうだ。私は、彼女に約束した」


ボスの声が、狂信的な熱を帯びる。


「その技術を応用すれば、『魂の転写』が可能になる、と。旧世界で死んだ者の魂を、この新世界に『再転生』させることができる、と!」


「…馬鹿な…」


エラーラは、吐き捨てた。


「そんなもの、ただの『妄言』だ」


「妄言!?」


ボスは、激昂した。


「…ああ…」


ミヨは、その言葉に、膝から崩れ落ちそうになった。


『もし、私がいなくなったら、探しに来る?』


この子は、私を裏切ったのではない。


ただ、父に、もう一度、会いたいがために、この悪魔の『嘘』に、縋ってしまったのだ。


「…リナ…!」


ミヨの叫びは、娘には届かない。


「…あんたは…!あんたは、あの子の、最後の希望まで…!踏みにじって、利用したのか!」


「人聞きが悪いな」


ボスは、椅子の手元のスイッチを押した。

ホールの中央の床が、ゆっくりと開き始めた。


「罠、か」


エラーラが、ライフルを構え直す。


「フフフ…これは、罠ではない。『保険』だ」


床下から、巨大な、金属の『檻』が、せり上がってきた。

その中には…


「「「…う…うう…」」」


ウエストランドで、リナと共にいた、あの『民間人』たちが、猿轡をはめられ、閉じ込められていた。


「…てめえら…!」


ヴァラスが、絶句した。


「リナは、残った仲間を、ここに『人質』として、連れてきていたのか!」


「その通り。」


ボスの指が、再び、別のスイッチの上に置かれた。


「この檻の床下には、高濃度キメラ溶解液が満たされている。私が、このボタンを離せば、彼らは、数秒で『タンパク質のスープ』と化す」


絶望的な膠着。

六人は、動けない。


「さあ、エラーラ」


ボスは、リナの首に、旧式の拳銃を突きつけた。


「君の『知性』で、この状況を、どう『計算』する?……つまり。私を見逃すか、ここで全員死ぬかだ!…そして、仮に、私を殺せたとして、何になる?」


ボスは、嘲笑した。


「…戦いは、終わらんよ。この世界が、あの『地球』からの『絶望』を受け入れ続ける限りはな!」


ホールに、ボスの演説だけが響き渡る。

エラーラは、背中のライフルを、ゆっくりと、床に置いた。


「…お前たちも、武器を捨てろ」


「し、司令!?正気ですか!」


「捨てろ。」


エラーラの、氷のような命令に、ヴァラスたちが、悔しさに顔を歪めながら、銃を床に置く。

ミヨも、ショットガンを、ゆっくりと、床に滑らせた。


「…フフ。賢明な判断だ」


ボスは、満足げに頷いた。


「そうだ。君たちは、私に、従属すればいいのだ。そうすれば、あの民間人たちと…」


「…終わらせる」


エラーラが、静かに、しかし、ホール全体に響く声で、呟いた。


「…なんだと?」


「お前の言う通り、戦いは終わらないかもしれん。憎しみの連鎖も、止まらんかもしれん。だがな…」


エラーラは、ボスを、真っ直ぐに睨みつけた。

その目は、科学者の目ではなかった。

仲間を殺され、文明を破壊された、一人の『復讐者』の目だった。


「…お前は、私が、終わらせる」


エラーラが、そう言って、完全に『無防備』になった、その瞬間。


ダァン!!!!


乾いた銃声が、ホールに響き渡った。

エラーラの銃声では、ない。

ヴァラスたちのものでも、ない。

ボスは、何が起きたか分からず、自分の胸を見た。

そこには、小さな穴が開き、そこから、赤い血が、ゆっくりと染み出していた。


「…あ…?」


ボスが、ゆっくりと、視線を、発砲者へと移す。

そこに立っていたのは、ミヨだった。

彼女は、ショットガンは、捨てていた。

だが、その右手には、あの、荒野の戦いで、転生者から奪った、旧式の、小さな拳銃が握られていた。


「…が…」


ボスは、何かを言おうとして、口から血の泡を吹いた。

リナを人質に取っていた手が、だらりと滑り落ちる。

あっけない、幕切れだった。

あれほどの犠牲と、憎悪と、絶望の象徴が、たった一発の、旧世界の、錆びついた弾丸によって、沈黙した。


「…お母…さん…?」


喉のチョーカーが外れ、リナが、か細い、本当の声を漏らした。

虚ろだった目に、ゆっくりと、光が戻ってくる。

彼女は、自分の目の前で起きた、あっけなすぎる『解放』に、ただ、震えていた。

ミヨは、リナに、一瞥もくれなかった。

ただ、ボスの死体に、ゆっくりと近づき、その眉間に、もう一発、叩き込んだ。


「…これが、タケシの分」


「…これで、仲間の分」


「…これが、『一番星』の分だ」


カチ、カチ。

空の撃鉄の音だけが、虚しく響いた。



ウエストランドの、巨大な倉庫の屋根。

世界は、再び、夕陽に包まれていた。

だが、それは、あの灼熱の回廊で見た、地獄の炎の色ではなかった。

どこまでも、穏やかで、懐かしい、オレンジ色だった。

ミヨとリナは、二人、並んで、その夕陽を眺めていた。


「…ごめん…なさい…」


リナが、蚊の鳴くような声で、言った。


「…もう、いい」


ミヨは、夕陽から目をそらさずに、答えた。


「…馬鹿だねぇ……本当に、どうしようもない、大馬鹿だよ…だがな」


ミヨは、空になったリボルバーを、懐から取り出し、夕陽にかざした。


「…あんたの、その『馬鹿』なところは…どうやら、タケシに、そっくりだよ…」


ミヨの口元に、本当に、本当に、久しぶりに、微かな『笑み』のようなものが、浮かんだ。

その光景を、エラーラは、少し離れた、給水塔の上から、一人、眺めていた。


(…どこで、この世界は、間違えたのだろうか…)


エラーラは、夕陽とは反対の空…東の空を見上げた。


(…始まりは、この世界ここではない。あの『地球』だ。あの、ミヨや、リナや、あの馬鹿げた『転生者』どもを生み出した、元の世界…)


(…あの世界の人々が、絶望し、『トラック』に、意味のない『救い』を求めなければ…こんな、非効率な戦争は、起きなかった…)


エラーラの『知的好奇心』は、もはや、この世界の復興には、向いていなかった。

それは、海を超え、次元を超え、あの『地球』そのものへと、向かっていた。


(…観測し、分析し、そして…介入する必要が……あるかも、しれんな…)


エラーラは、東の空に、不吉な『雲』が、渦を巻いているのを見ていた。

それは、嵐の前ぶれの雲模様だった。

エラーラは、その嵐の中心に、自ら、飛び込むであろうことを、予感していた。

それが、彼女の、唯一の『行動原理』なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ