↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェリタスの最終定理1:魔導士エラーラ・ヴェリタスの日常【改修中】【2位】  作者: .
短編:成長する天才【ドラマ】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/55

第3話:成長する天才(3)

それから、季節が一つ巡った。

北方の「導師の館」は、原因不明の魔力飽和による局所的大爆発により消滅した。

奇妙なことに、瓦礫からは数千人の村人が無傷で発見された。彼らは一様に「長い夢を見ていたようだ」と語り、支配されていた間の記憶を失っていた。

だが、彼らは泣いていた。

寒さに震え、腹を空かせ、明日への不安に怯えて泣いていた。

その涙こそが、彼らが「人形」から、痛みと迷いを抱える「人間」へと回帰した証だった。完璧な安寧よりも、傷つきながら選ぶ明日を、彼らの魂は選び取ったのだ。

そして、館の主「導師」と探偵エラーラ・ヴェリタスは、行方不明のまま「死亡」と認定された。


現場には、彼女の愛用していた白衣の切れ端と、白衣に『同化』しかけた思考蟲の死骸が残されていた。


王都は平和を取り戻した。

カレル警部は昇進し、今日も忙しく働いている。だが、彼の執務室には、誰も座らない椅子と、常に温められたコーヒーポットが置かれている。

彼は時折、膨大な書類から顔を上げ、窓の外の空を眩しそうに見上げることがあった。


「なあ、エラーラ。俺は……分かった気がするよ」


カレルは、湯気の立つカップを、空席の向こう側へ掲げた。


「『解決』なんてないんだ。解き明かしても解き明かしても、謎は次々に降ってくる。……だからこそ、俺たちは生きていけるんだろうな」


彼は微笑んだ。その顔には、友を失った悲嘆ではなく、いつかまた難解な謎と共に現れるであろう「未知」への信頼が刻まれていた。



王都を一望できる、小高い丘の上。

春の風が、萌え出した若草を激しく揺らしている。

そこに、一人の女性が立っていた。

褐色の肌。太陽の光を浴びて白銀に輝く短髪。

そして、その華奢な体には似つかわしくない、白衣をマントのように羽織っている。

彼女は、眼下に広がる王都の雑踏を見下ろしていた。

そこには、無数の「計算外」が溢れている。

損得を無視して愛し合う恋人たち。

意味のない喧嘩をする酔っ払い。

転んで泣き、それでも立ち上がって走り出す子供。

非効率で、矛盾だらけで、予測不可能な、愚かしくも愛おしい人類の営み。


「……ハッ。素晴らしいカオスだ」


彼女は口角を吊り上げ、両手を広げた。


「正解なんて持っちゃいないさ! 自分が明日、どうなるかさえも分からずに、それでも、皆、生きている!……生きているんだ!」


彼女の手には、屋台で買った安っぽい紙コップのコーヒー。

彼女はそれを一口啜ると、顔をしかめ、そして、震えるほどの実感を込めて呟いた。


「苦すぎる……! ああ、不味い!……だが!」


その苦味は、データではない。脳への電気信号でもない。

彼女が「彼女」としてここに在ることを証明する、確かな質感だった。


「私は生きているから、生きているのだ!箱の中身の猫が、開けるまでどうなっているか分からないように……私の明日もまた、誰にもまだ、記述はできない!」


彼女は白衣の裾を春風にはためかせ、一歩を力強く踏み出した。

その足先が向くのは、地図にも載っていない、誰も予測できない、新しい「未知」の方角。

彼女は振り返らない。ただ、世界中の全てに向けて、高らかに宣言した。


「思考し続けるのだ!明日は未知だが、今日が輝いていることが、事実なんだ!……行こうか!答えのない問いに立ち向かうことが、我々を、生かしているのだから!恐れなどない!この星そのものが、我々の『家』なのだから!」


風が強く吹き抜けると、丘の上にはもう、誰もいなかった。

ただ、飲みかけのコーヒーから立ち上る白い湯気だけが、彼女が確かにそこに「生きていた」ことを証明するように、青空へと溶けていった。

世界は謎に満ちている。

だからこそ、生きるに値するのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。