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ヴェリタスの最終定理1:魔導士エラーラ・ヴェリタスの日常【改修中】【2位】  作者: .
小ネタ集:少年少女探偵団【ドラマ】

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第3話:探偵団雪山へ行く!

分厚い調査ファイルが、安物のデスクに山と積まれている。グラスの中の魔導酒はとうに氷が溶け、ぬるい水で薄まっていた。現在追っているのは、大商会の重役の娘の失踪事件。カレル警部がまた泣きついてきたんだ。状況証拠はすべて、素行の悪い裏ギルドが娘を連れ去ったと示している。あまりにも綺麗に、教科書通りに。それが「誘導の罠」だと私の脳は分析しているのに、突破口がどこにも見つからない。行き詰まり、だ。

この感覚には覚えがある。完璧に仕立て上げられた悪役たち。周到に用意された、分かりやすい筋書き。そうだ、あの時もそうだった。私たちが初めて、本物の「狂気の理論」と対峙した、あの冬の魔導山荘。すべての歯車が狂い始めた、あの事件も……。


・・・・・・・・・・


あの日、私たちは、魔導具商会の若き社長・コンゴウジ氏が企画した雪山実習に参加した。

私たち王立学院の生徒八人を乗せた最新鋭の魔導雪上車がたどり着いた場所は、まるでこの世界ではないどこか遠い次元のようだった。

目の前に広がるのは、純白という言葉すら陳腐に聞こえるほどの、完璧に管理された雪景色。

聞こえるのは、仲間たちの弾んだ息づかいと、新雪を踏みしめる心地よい音だけ。木々の枝には、まるで砂糖菓子のように雪が積もり、自然が作り出した精巧な芸術作品のようだった。


「すごい……」


誰かが呟いたその声すら、この瑠璃色の静寂に吸い込まれて、まるで聖堂に響く祈りのように聞こえた。私たち「王都少年魔導探偵団」――リーダー格の私エラーラ、冷静沈着な理論家のアルヴィン、魔導具の天才フィン、そして紅一点で鋭い観察眼を持つリディア――の四人にとって、この冬休み最高の「フィールドワーク」が、今、始まろうとしていた。

この時はまだ、誰も想像していなかった。この美しすぎる景色が、血と裏切りに満ちた悪夢の舞台へと変わることなど。


記録的な魔力嵐が、私たち子供八人と三人の大人、そして唯一の現地スタッフである管理人・イガラムを、文明社会から完全に孤立させた。空は鉛色の吹雪に閉ざされ、美しい山荘は、脱出不可能な「閉鎖空間実験場」と化した。


そこにいた唯一の現地スタッフ、イガラムという男が、最初からすべての歯車を狂わせていた。五十歳になるというのに、その拙い言動は、私たちに生理的な嫌悪感を抱かせた。

すべてが、異常だった。

山荘のリビングで自己紹介をした時、事件は静かに始まった。イガラムは、私たちの仲間であるリーナだけを、ねっとりと濡れたような目で見つめ、獣のような荒い息を漏らしたのだ。


「んーひ、ひ、りひ、リーナちゃんは……ぁか、可愛いねぇ…ふふ…ふぅーっ!」


リーナが恐怖に顔を引きつらせ、私の後ろに隠れる。

その瞬間、イガラムの瞳に、嫉妬と憎悪の炎が燃え上がった。彼は私を睨みつけた。明らかに、彼は異常な興奮状態にあった。

この男は、信じられないほど愚かでもあった。


「ぼくがあ、あたかい火をつけてあるよぉ」


イガラムはそう言って、魔導暖炉に魔力結晶をくべ始めた。だが、湿気でじっとり濡れた低品質の結晶ばかりを選び、魔力回路の調整もデタラメで、火をつけると黒い煙が逆流してリビングは瞬く間に煙に満たされた。


「けほっ、けほっ! なんだこの結晶は!ダメな結晶でしゅね!」


結晶のせいにして喚くイガラムを見て、冷静なアルヴィンが静かに口を開いた。


「イガラムさん、その結晶は不純物が多すぎます。それに魔力循環の経路を確保しないと燃焼効率は上がりませんよ」


アルヴィンがテキパキと回路を調整し直し、乾いた高純度の結晶を使ってあっという間に綺麗な炎を燃え上がらせる。その見事な手際に、私たちは感嘆の声を上げた。だが、イガラムは悔しそうに顔を歪め、誰にも聞こえないような声で呟いた。


「でもぼくは六百八十三回がんばったことあるよ?はいぼくの勝ち!」


その意味不明な勝利宣言に、私たちはただ顔を見合わせるしかなかった。

本当の事件は、その夜に起きた。

私たちの仲間で、少し乱暴なところがあるトルンが、リーナに雑用を命じた。


「リーナ!俺のポーション持ってこいよ!」


その傲慢な態度に私が注意しようとした瞬間、イガラムがぬっと現れ、トルンの肩を掴んだ。


「ぼくもー!」


「な、なんだよオッサン!気色悪いんだよ、離せ!」


トルンがその手を振り払い、一人で娯楽室へ向かったのが、私たちが彼の元気な姿を見た最後だった。

一時間後。娯楽室から、あの化け物じみたイガラムの甲高い絶叫が響き渡った。


「あ、あああー、死んでるよー?後ろからゆっくり近づいてぎゅーって首を後ろから絞められてちゃんと死んだよー!」


あまりにも具体的すぎる状況説明。私たちが恐怖に駆られて駆けつけると、その光景は、イガラムの言葉そのものだった。

トルンは死んでいた。

部屋の中央に置かれた魔導チェスの盤の前に、深く腰掛けたまま。まるで、ただ盤面を睨んで長考しているかのように。しかし、その目は大きく見開かれ、絶望の色を浮かべて虚空を睨みつけていた。顔はうっ血して不気味な紫色に変色し、苦悶の表情が凍り付いている。


「外傷は…ないな」


魔導具の天才、フィンが持参した小型魔導灯で遺体を照らしながら呟く。だが、私の目は、トルンの首筋に走る、一本の、あまりにも細い線を見逃さなかった。まるで髪の毛が一本貼り付いているかのような、微かな圧迫痕。


「ふむ。この痕跡は興味深い。極細の魔導ワイヤー、あるいは、特殊な魔術による絞殺。衝動的犯行ではないね。論理と強靭な実行力を兼ね備えた犯人像が浮かび上がる」


その場にいたイガラムは、きょとんとした顔で私たちを見て言った。


「けーやくてき? 知ってるよ!ケーキ?」


「…い、イガラムが犯人、という可能性は?」


リディアが小声で私に尋ねる。だが、アルヴィンが即座に首を振った。


「それはない。絶対にありえない」


「同意だ。この男の言動の「無秩序さ」は、緻密な計画殺人という「秩序」とは、両立しないパラメータだ」


その瞬間から、私たちの目に、悪魔のように映ったのは、あの「マトモそうな」三人の大人たちだったんだ。

三人の大人の態度は、私たちを絶望の淵に突き落とすのに十分すぎた。

元警備隊長だという厳い顔のヒムロ氏は、トルンの死体を一瞥すると、吐き捨てるように言った。


「子供が一人減ったのか。じゃあ、少しは、静かになるかな…」


私たちが恐怖と混乱で騒いでいると


「うるさい。子供は黙ってろ」


と一喝する。その鋭い目は、まるで私たち全員を心の底から軽蔑しているようだった。仲間の一人が


「ひどい!」


と食ってかかると、


「子供の正義感ほど、見ていて嫌になるものはない」


と冷笑を浮かべる。この人は、私たち子供が憎くてたまらないんだ。生意気なトルンを殺す動機なんて、十分すぎる。

魔導具商会のコンゴウジ社長は、殺人事件が起きても、株価の確認をやめなかった。


「へえ、あの黒金商会の御曹司のトルンくん、ねぇ。なるほどねえ、これは相場に影響出るかなあ?」


私たちが恐怖に震える前で、彼は算盤を弾き始めた。

人の命が消えたというのに、この男の頭の中は金勘定だけ。金のためなら、邪魔な子供を殺すなんて、きっと朝飯前なんだろう。


人気魔法画家のモリゾノ女史は、私たちがパニックになっていても、巨大な遮音の魔導具をつけたまま、我関せずとスケッチブックに何かを描き続けていた。ヒムロ氏とコンゴウジ社長が言い争いを始めると、心底嫌そうな顔で立ち上がり、こう呟いた。


「あーしには、関係ないんで…」


彼女は、この世の全てを拒絶しているようだった。私たち子供の存在も、騒がしいこの状況も、すべてが邪魔で、許せない。静寂を取り戻すために、うるさい子供を一人ずつ消していく…。そんな動機だって、ありえるかもしれない。


私たち学院生は確信していた。犯人は、この三人の大人の誰かだ、と。

トルンがいなくなった夜、私たちはリビングの大きな円卓に集まった。みんな、恐怖と悲しみで押し黙っていた。このままじゃダメだ。私は皆を鼓舞することにした。


「みんな、聞きたまえ!トルンの死という事態は、我々に一つの「試練」を与えた。だが、だからこそ、我々は思考を集中させ、団結という名の「最強のユニット」になる必要がある!」


アルヴィンが、冷静な分析で私の言葉を補強する。


「犯人は、私たちの恐怖や混乱を狙っているはずだ。私たちがバラバラになったら、思う壺だよ」


「そうだぜ!」


熱血漢のヨルクがテーブルを叩いた。


「犯人が誰だろうと、ぶっ飛ばしてやる!」


みんなの目に、少しずつ光が戻ってきた。私は、みんなの手をテーブルの中央に集めさせた。八つの小さな手が、一つの塊になる。


「結構!では誓おう。何があっても、我々は相互扶助の原則を遵守する。疑念という名の「雑音」を排除し、必ず生きてこの『実験場』を脱出するぞ!」


大人たちは、自分たちのことで精一杯で、食事の準備なんてしてくれなかった。空腹と不安が、私たちの体力を奪っていく。


「よし、私たちで作ろう!」


フィンの提案で、私たちはキッチンに忍び込んだ。それは、絶望の中の、ちょっとした冒険だった。

リディアが即席の司令塔になる。私とヨルクは重い保存食の袋を運び、アルヴィンは科学実験のような精密さでコンロの火力を調整した。女子チームが作るスープのいい匂いがキッチンに広がり、フィンが小型の偵察ゴーレムを飛ばして「上空からの映像、異状なし!」なんておどけて見せる。

出来上がったのは、不格好な堅パンと温かいスープだったが、最高に美味しかった。みんなで一つのテーブルを囲んで、笑いながら食べた。ヒムロ氏は遠くから私たちを見て舌打ちし、コンゴウジ社長は「食材の原価は…」なんて呟いていたけど、私たちの心は、温かかった。

腹ごしらえを終えた私たち探偵団は、捜査を再開した。


「私の指示で動くぞ。アルヴィンはプロファイリングと論理構築担当。ヨルクは護衛。フィン、君の秘密兵器で、この閉鎖空間に『観測点』を増やせないかね?」


私の指示に、フィンはニヤリと笑って、指先ほどの大きさの遠見の魔石を取り出した。


「これを壁の隙間にでも忍ばせれば、大人たちの会話を盗み聞きできるかも」


「リディアは、みんなの顔をよく見ててくれ。誰かが嘘をついてないか、その洞察力で見抜いてほしい」


私たちは、真剣だった。私たちは、無力じゃなかった。自分たちの頭と力で、この謎に立ち向かっている。その事実が、私たちに勇気をくれたんだ。

二日目の夜、魔力嵐はさらに勢いを増し、山荘を激しく打ち付けた。停電も頻繁に起こり、魔導暖炉の頼りない火だけが私たちの視界を照らしていた。大人たちはそれぞれの部屋に閉じこもり、リビングは私たちだけの聖域になった。

あまりの静けさに、誰かが静かに泣き始めた。その涙は、みんなの心に伝染しそうだった。

その時、リディアが、そっとスケッチブックを開いた。


「…見て。これ、去年の夏休みに、みんなで秘密基地を作った時の絵」


そこには、泥だらけになって笑っている、私たち八人が描かれていた。死んだトルンも、憎らしいくらい満面の笑みで写っている。


「楽しかったね」


「あの時、フィンが木から落ちてさ」


「トルンが一番慌ててたよな」


「リーナが作ったサンドイッチ、しょっぱかったー!」


一つの思い出が、次の思い出を呼び覚ます。私たちは、暖炉の火がパチパチと燃える音を聞きながら、私たちが積み重ねてきた、かけがえのない時間のことを語り合った。悲しみと恐怖が、温かい思い出に少しずつ溶けていく。

その時だった。震えるリーナの手を、仲間の一人、レイジがそっと握った。


「俺がみんなを守るから!」


その、あまりにも純粋で、力強い一言。

だが、その光景が、闇に潜んでいた悪魔を呼び覚ましてしまった。厨房から飛び出してきたイガラムの目が、嫉妬の炎で赤黒く燃え上がっていた。


「ぼくのほうがつよいよ!」


「うるさい!お前みたいな大人より、僕の方がずっと強い!」


レイジが睨みつけると、イガラムは顔を真っ赤にして、レイジの胸を突き飛ばした。

そして、耳を疑う言葉を絶叫した。


「ぼくのママの方がつよいもん!」


五十歳の男が、子供相手に「ぼくのママの方が強い」と本気で叫んだのだ。その光景は、恐怖を通り越して、もはやグロテスクな喜劇だった。


「フフ……彼の言動は完全に論理崩壊している! これは、最高の『狂気サンプル』だ!」


フィンが、震える私たちの前に立ち、イガラムと対峙した。

それは、何の証拠もない、完全なハッタリだった。だが、私たちをこれ以上危険な目に遭わせないための、フィンの捨て身の賭けだった。


「イガラムさん、あなたがやったんですね。トルンを殺して、私たちも殺すつもりなんでしょう」


その言葉は、悪魔の最後のスイッチを押してしまった。


「だってママはぼくに魔導師の先生って言ったから学校でウテナ先生はうさぎごやでもいったのに?」


イガラムは、何かを語りながら、懐から毒薬の小瓶を取り出した。トルンを殺しただけでは飽き足らず、私たち全員を始末するつもりなんだ。


「…ぼく後ろからギュッて七時くらいにギュッて首絞めてないよ?六時三十分だから七時じゃありませんー!首絞めたっていう方が首絞めたんだよ?」


イガラムは、支離滅裂な言葉を叫びながら、自らの犯行を認めた。

イガラムが狂ったように叫んだ。


「あ!のどかわいたのどかわいた!みんなでポーション飲も!ね!ポーション飲も!ポーションいれてくる!」


イガラムは、走ってキッチンへ向かうと、五つのマグカップに毒々しい色のポーションを淹れてきた。私が静かに尋ねた。


「ふむ。見事なまでに毒々しい色だねぇ。当然、我々は飲まないよ。この『試薬』の安全性は、極めて低い」


だが、イガラムの愚かさは、私たちの想像を遥かに超えていた。


「じゃあぼくお手本みせるから、そのあとちゃんと全部飲んで!」


イガラムはそう言って、私の目の前にあったカップをひったくった。


「はい勝ち!はーい勝ち勝ち!」


勝利を確信したイガラムは、高らかに宣言すると、奪ったカップの中身を一気に飲み干した。

そして、時は、止まった。


「わ。」


イガラムの喉から、蛙が潰れたような声が漏れた。

彼の手からマグカップが滑り落ち、床に叩きつけられて甲高い音を立てる。

イガラムは自分の喉を掻きむしり、信じられないという目で、アルヴィンと、自分が飲んだカップと、そして、アルヴィンが自分の手元に残していたカップを交互に見た。

イガラムは、私たちのうちの誰に毒を飲ませるかというゲームに夢中になるあまり、間違えて本物の毒入りカップを手に取ってしまったのだ。


「リーナ…チャン……結婚するって、約束、したのに……結婚!ガハッ…ゴフッ…!」


イガラムは、最愛の少女の名前を呼びながら、口から血の泡を吹き、床を転げ回った。

それは、あまりにも惨めで、滑稽で、そして、自業自得な、世界で一番愚かな悪党の最期だった。


イガラムが絶命した後、山荘には静寂が戻ってきた。救助隊が到着するまでの数時間、私たちと三人の大人は、初めて、本当の言葉を交わした。


「悪かったな、怖がらせて」


最初に口を開いたのは、ヒムロ氏だった。彼は警備隊手帳から、一枚の古い魔法写真を取り出した。そこには、幼い女の子が屈託なく笑っていた。


「…昔、ある事件で子供が一人死んだ。犯人は、最後まで反省すらしなかった。それ以来、俺は、子供が嫌いになったんじゃない。子供を傷つけるクズどもが、許せなくなっただけだ」


彼の目は、私たちではなく、死んだイガラムを、殺さんばかりの怒りで睨んでいた。彼が冷徹だったのは、犯人への怒りで我を失い、私たちを危険に巻き込まないようにするためだったんだ。


「ま、僕も褒められたもんじゃないけどね」


コンゴウジ社長は、魔導書板の画面を私たちに見せた。そこには、数億ギルという金額の送金完了通知が表示されていた。


「僕の故郷に、廃校寸前のボロい魔導学院があってね。悪どい連中から巻き上げたこの金で、あいつを建て直すんだ。僕みたいなのが、子供たちの未来に投資するなんて、笑えるだろ?」


彼は、初めて金勘定ではない、悪戯っぽい笑顔を見せた。この人は、初めから、子供の味方だったんだ。

最後に、モリゾノ女史が、涙を浮かべながらとスケッチブックを差し出した。スケッチブックに描かれていたのは、私たちだった。殺されたトルンも、みんな、笑っていた。騒いだり、はしゃいだりしている、生き生きとした姿が、そこにあった。


「…人が、争うのが、嫌いなだけ。あーしは、本当は、みんなに、笑ってて、ほしかった…」


彼女が他人を拒絶していたのは、繊細すぎる心が、誰かの悪意や憎しみに耐えられなかったからだ。


「ふむ。つまり、この三人の大人たちは、我々が当初設定した『悪役』という仮説とは、全く異なる『真の動機』を持っていたというわけだ。人の心の複雑さは、実に奥深いな!」


本当の悪魔は、一番愚かで、一番無害に見えた、あの男だったのに。

私たちは、仮面を外した三人の優しい大人たちと一緒に、静かに、夜が明けるのを待った。

鉛色の雲の隙間から、瑠璃色の光が差し込みはじめた時、私たちの冬は、終わりを告げた。私たちは、一つの死を乗り越え、ほんの少しだけ、大人の世界の複雑さを知った。


・・・・・・・・・・


ぬるくなった魔導酒を一気に呷ると、あの雪山の冷気が蘇るようだった。 あの山荘で私たちが学んだこと。それは、本当の悪魔は、決して悪魔の顔などしてはいない。時には救いを求める子供のような顔で、誰もが侮り、見過ごす場所に潜んでいる、という真実だ。

私はデスクに広げた調査ファイルに目を戻す。重役の父親が提示した「悪役」である裏ギルド。その背後関係ばかりを追っていた。だが、あの山荘の大人たちのように、彼らはただの目眩ましだとしたら?

本当の狂気は、もっと別の場所に……。

思考が閃光のように突き抜ける。ファイルの隅にある、一枚の家族の魔法写真。依頼人である重役と、失踪した娘。そして、その二人から一歩引いた場所で、存在感を消すように、だが確かに写っている、病弱で、誰もが「無害という名の『安全係数』」だと決めつけていた母親の姿。

私は立ち上がり、くたびれた白衣を掴んだ。 行き詰まっていた事件の、錆び付いた扉に手をかける。


「さあ、実験の時間だ。この論理を実証するのだよ!」


私は実験室のドアを開けた。

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