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ヴェリタスの最終定理1:魔導士エラーラ・ヴェリタスの日常【改修中】【2位】  作者: .
小ネタ集:少年少女探偵団【ドラマ】

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第1話:魔導探偵団が行く!

雨が実験室の窓ガラスを叩いている。机に置かれたマグカップから湯気はとうに消えていた。珈琲の抽出はタイミングが命なのだが、思考に没頭するとつい疎かになる。全く……この性分は治りそうにないね。

ふと、机の隅に視線をやる。そこには一枚の色褪せた魔法写真。半ズボンの少年が二人、気の強そうなエルフの少女が一人、そして私。四人がぎこちなく、だが誇らしげに肩を組んでいる。

「王都少年魔導探偵団」、か。

懐かしさと、今なお胸を抉る疼痛が同時に蘇る。すべての始まりは、スラム街からヴェリタス家に引き取られた翌年の、王立初等学院の三年次に起きた、あの忌まわしい事件。まだ世界が輝いて見えていた私の人生を決定づけた、血と魔導の残滓という名の、極めて刺激的な「サンプル」の記憶だ。


・・・・・・・・・・


私たちは、自らを「王都少年魔導探偵団」と名乗っていた。メンバーはリーダー格でドワーフの血を引く力持ちのバルガス、魔導書や歴史に詳しいアルヴィン、紅一点で勝気なリディア、そしてごく普通の探求者、エラーラ。幼い私たちにとって、王都は謎と冒険に満ち溢れていた。迷い子の使い魔捜し、水道橋の落書き犯探し。日常は、そんな小さな謎を追いかけることで輝いていたんだ。

学院には、いつも輪の中心で笑っているような男の子がいた。セドリックだ。魔導理論の成績はトップ、剣技の実習も得意。誰にでも優しく、太陽のように明るい。だが、私という名の観察者だけは知っていた。ごく稀に、本当に一瞬だけ、彼の顔に深い影が落ちることを。

その日も、私たちは学院の裏庭でセドリックを交え、次の活動計画を練っていた。セドリックは目を輝かせながら言った。


「今度の休日に、古代遺跡の森を探検しないか? 失われた魔導具が見つかるかもしれないぞ!」


夕焼けが私たちの影を長く伸ばし始めた頃、バルガスがふと尋ねた。


「セドリック、最近元気ないな。悩みがあるなら聞くぜ?」


その瞬間、セドリックの顔から表情が抜け落ちた。まただ。あの影だ。


「……ううん、何でもない。考え事してただけ」


セドリックは無理に笑顔を作ると、足早に校門へ向かっていく。その後ろ姿を見送りながら、私の脳内には嫌な予感が広がっていた。


「何か、変だったよね……」


リディアが呟く。アルヴィンは腕を組み、難しい顔をしていた。


「彼の家は、少し妙だと聞いたことがある。没落した貴族で、複雑な事情があるとか……詳しくは知らないが」


「……ふむ。彼の心の奥底に潜む「何か」が、環境要因によって表面化し始めている、という仮説が成り立つね。興味深い観察対象だ」


私たちは、夕焼けに染まる彼の小さな背中が、やけに頼りなく見えたことだけが心に残った。

翌朝。昨日の胸騒ぎが嘘のように、教室はいつもの賑やかさに包まれていた。朝の会が始まる直前、セドリックが少し遅れて駆け込んでくる。


「寝坊した!」


彼はそう言って笑い、自分の席に着いた。革製の魔導鞄を机に置き、蓋に手をかける。


「さてと、今日の課題は……」


その時だった。

セドリックが鞄の留め具を外した瞬間、耳をつんざく轟音とともに彼の席が閃光に包まれた。爆風が教室を蹂躙し、魔法強化された窓ガラスが粉々に砕け散る。何が起きたのか、私の脳が即座に処理しきれなかった。

耳鳴り。魔力の焦げ付く異臭。そして、熱。

煙が晴れた先に広がっていたのは、地獄絵図だった。


セドリックが座っていた椅子は無残に吹き飛び、壁にはおびただしい量の赤い飛沫が広がっている。魔導鞄は跡形もなく、黒く焦げた革の破片が散乱していた。セドリックの上半身は木っ端微塵になり、肉片が教室中に飛び散っている。天井に張り付いた肉塊。私たちの机や教科書を汚す、ねっとりとした赤いもの。

隣の席のアリスは、顔半分を血に染めて倒れていた。後ろの席のレイジは、腕に突き刺さった魔導具の破片を見てうめき声を上げている。何人かのクラスメイトは、爆風で意識を失っていた。

そして、私の目の前。数センチ先に、ゴトリと小さな塊が落ちた。

それは、セドリックの右目だった。まだ潤んだままの瞳が、私の顔を真っ直ぐに見つめている。まるで、何かを必死に訴えかけるかのように。その奥には、恐怖と、そして深い絶望が宿っていた。

教師の絶叫が、私たちを悪夢の底へと突き落とした。リディアはその場に泣き崩れ、バルガスは呆然と立ち尽くす。アルヴィンは顔面蒼白で唇を震わせ、私は腰が抜けたように座り込んでいた。目の前の目玉から、一瞬たりとも視線を逸らせなかった。昨日まで笑い合っていた友達が、一瞬にして消えた。赤い染みと、焦げ付く匂いだけを残して。


事件は、前代未聞の「学院生魔導鞄爆殺事件」として王都を大きく揺るがした。学院には王都警備隊が押し寄せ、私たちも事情聴取を受けた。何人かのクラスメイトは重傷を負い、神殿の治癒院に運ばれた。


「セドリックくんのことで、何か変わったことはありませんでしたかね?」


警備隊員の優しい問いかけに、私は前日の彼の暗い表情と、目の前に転がってきた目玉を思い出す。だが、どう伝えればいいのか分からなかった。子供の勘、で済まされてしまう気がした。

教師も親たちも、ただ悲しみに打ちひしがれている。セドリックの母親、イゾルデは、魔導水晶の映像取材の前で涙ながらに犯人への怒りを訴え、王都中の同情を集めた。憔悴しきったその姿に、誰もが心を痛めた。

しかし、捜査は完全に行き詰まっていた。鞄に仕掛けられた魔導爆弾は極めて巧妙で、犯人に繋がる魔力の残滓は一切ない。セドリックが誰かに恨まれる心当たりもなく、事件は早々に迷宮入りが囁かれ始めた。


「警備隊は何も分かってない」


放課後の広場で、バルガスが噴水の縁を蹴りつけながら吐き捨てた。


「セドリックが、ただの事故で死んだなんて絶対に思えない」


「彼が見せた暗い顔。あれが鍵のはずだ」


と、アルヴィンが冷静に分析する。


「私たちで調べるしかない。セドリックがなぜ死ななければならなかったのか」


リディアが涙を拭い、強く頷いた。


「そうよ。セドリックのために、私たちが犯人を見つけるの」


「ならば、この不可解な事象を徹底的に解明し、真実という名の「答え」を導き出してみるかね! これは最高の実験になるぞ!」


「王都少年魔導探偵団、捜査開始だ」


私たちの捜査は、セドリックの母親、イゾルデから話を聞くことから始まった。憔悴しているであろう彼女に会うのは気が引けたが、何かを知っているとすれば、最も身近な家族のはずだ。

四人でセドリックの家を訪ねると、やつれた顔のイゾルデが出迎えた。私たちがセドリックの友達だと知ると、彼女は涙を浮かべて中に招き入れた。


「あの子のために、来てくれてありがとう……」


客間にはセドリックの大きな肖像画が飾られていた。画の中の彼は、私たちの知っている太陽のような笑顔だ。イゾルデは、セドリックがいかに素晴らしい息子だったかを涙ながらに語る。その姿は、息子を失ったごく普通の母親にしか見えなかった。

だが、些細な違和感が私の知的好奇心に引っかかった。

アルヴィンが尋ねる。


「セドリックくん、最近、何か悩んでいる様子はありませんでしたか?」


母親は一瞬、本当にほんの一瞬だけ、目を泳がせた。


「いいえ……あの子はいつも明るくて、悩みなんて……何もない子でしたわ」


『……嘘だね。この揺らぎ、僅かだが、データの不一致を示している。彼女の言葉は、観察結果と矛盾しているぞ』


その日から、私たちはイゾルデの身辺を徹底的に調べ始めた。子供にできることは限られている。それでも、諦めなかった。アルヴィンの提案で、役割を分担して動いた。

まず、セドリックの家の周辺で聞き込みを続けると、近所の噂好きの女性から奇妙な話を聞き出せた。


「そういえばイゾルデ様、ここ数ヶ月、不審な魔導馬車が家の周りをうろつくって、警備隊に相談したとか言ってたわねぇ」


ストーカーか、誰かからの嫌がらせか。イゾルデが被害者である可能性が浮上した。

次に私たちは、イゾルデの過去の行動を追った。王都の古い地図で彼女のパート先やよく行く市場を調べ上げ、その周辺の店をローラー作戦で回った。

王立図書館で古い新聞の縮刷版を調べ、市場の商人たちにそれとなく話を聞いて回る。そして、少しずつ、恐ろしい事件の欠片が見え始めてきた。


セドリックの家は、もともと資産家の貴族だったこと。しかし、セドリックの父親の代で事業に失敗し、多額の借金を抱えていたこと。そして、セドリックには遠い親戚から、莫大な遺産が相続される予定だったこと。その遺産相続の条件は、非常に複雑だった。セドリックが成人の儀を迎えた時点で相続権が発生するが、もしセドリックがそれ以前に死亡した場合、その親権者、つまり母親のイゾルデが全額を相続するという、特殊な契約が結ばれていたのだ。


そして、点と点が線で結ばれ、恐ろしい計画の輪郭が浮かび上がってきた。

イゾルデは数ヶ月前から、自らが「何者かに狙われている被害者」であるという状況を、計画的に作り上げていたのだ。近所への相談、警備隊への通報。すべては、事件が起きた際に自分に捜査の手が及ばぬようにするための偽装工作。犯人像を「外部の人間」に仕立て上げるための罠だった。

爆弾の材料も、決して一箇所では購入されていなかった。アルヴィンが魔導書から得た知識を元に、私たちは可能性のある材料をリストアップした。そして聞き込みを続けるうちに、驚くべき事実が判明する。


「ああ、強力な錬金術用の触媒なら、二ヶ月前にうちで買っていったな」


「精密な魔導回路の基盤だけ買っていきましたよ。イゾルデ様、何か魔導具の修理に使うとかで」


「高純度の発火用魔石、一つ売れてました。買ってったの、イゾルデ様だったかなあ」


購入時期も、場所も、品物もバラバラ。一つ一つは怪しまれない、ありふれた買い物。イゾルデは数ヶ月をかけ、現金払いで少しずつ部品を買い集めていた。それは、捜査線上に浮かび上がることを絶対に避けるための、執念深い偽装だった。

錬金術や魔導工学の知識はどこで得たのか。私たちは、彼女が数ヶ月前、魔導ギルドで偽名を使い、たった一日だけの「初級魔導回路講座」に参加していたことを突き止めた。ごく基本的な回路を学ぶだけの講座だったが、彼女にとっては起爆装置を組み立てるための、最後の知識を埋めるピースだったのだ。


背筋が凍りついた。これは衝動的な犯行ではない。何ヶ月も前から偽装を重ね、周到に準備された悪魔の計画という名の「究極の錬方」だ。セドリックが見せた暗い顔は、この母親の狂気を言葉にできずとも肌で感じていたからに違いない。そして、あの目玉が私に訴えていたのは、母親への憎しみと、助けを求める最後の叫びだったのかもしれない。

私たちは、自分たちがたどり着いた結論に震えた。だが、証拠がない。状況証拠だけでは警備隊は動かないだろう。

決定的な証拠。それは計画の全貌が記された何かに違いない。

私たちは、イゾルデが外出する僅かな隙を狙ってセドリックの家に忍び込むという、最後の賭けに出た。バルガスが見張りに立ち、私とアルヴィン、リディアが屋敷に滑り込む。心臓が張り裂けそうだった。客間の肖像画の中で、セドリックが私たちを見つめている。


「家中を探す時間はない。証拠を隠すなら、一番見つかりにくい場所だ」


アルヴィンが囁く。私たちはセドリックの部屋に入った。その時、リディアがクローゼットの奥に隠された小さな魔導金庫を見つけた。魔力で固くロックされている。万事休すかと思われたその時、アルヴィンが学習机の魔法写真立てに目を留めた。


「セドリックの誕生日だ……」


アルヴィンが呟きながら、写真立ての裏に刻まれた数字を金庫の認証パネルに入力する。カチリ、と小さな音がして重い扉が開いた。

中には、一冊の羊皮紙の日記があった。イゾルデのものだ。

ページをめくった私たちは、息を呑んだ。そこには、私たちの想像を遥かに超える、冷徹で緻密な計画の全貌が彼女自身の筆跡で記されていた。


遺産相続の条件と、セドリックを「排除」するという結論。偽の被害者像を作り上げるための、警備隊や近隣住民への接触記録。数ヶ月にわたる材料の購入リストと、それぞれの購入品が本来の目的を偽るためのメモ。魔導爆弾の設計図。それは魔導鞄の底板に偽装され、日常的な衝撃では決して作動しない巧妙な構造になっていた。そして、最も恐ろしかったのは起爆装置に関する記述だった。


『鞄を閉じた時点で第一魔導回路が接続。留め具を外した時点で第二回路が作動、魔石が連鎖爆発する。公共の場で爆発させることで、無差別魔導テロの可能性を捜査陣の頭に植え付ける』


日記に、息子への愛情などひとかけらもなかった。あったのは、自らの計画の完璧さに対する陶酔と、邪魔な存在を排除する冷たい計算だけだった。


「フフフ……完璧じゃあないか!あまりにも、あまりにも冷徹で、そして、驚くほど巧妙なロジックだ! 人間が作り出す悪意という名の「理論」は、実に……探求しがいがあるものだねぇ!」


私たちは日記を手に、警備隊の詰め所へと走った。

最初は半信半疑だった警備隊員も、日記の内容に顔色を変えた。

数日後、イゾルデは逮捕された。王都の広場で、連行される彼女の姿が晒される。その顔から悲劇の母親の仮面は剥がれ落ち、能面のように無表情な、悪魔の顔だけがそこにあった。


・・・・・・・・・・


実験室の窓の外は、いつの間にか雨が上がっていた。冷めきった珈琲を一口で飲み干した。

結局、私は探究者になった。いや、探究者でいるしかなかった……と言うべきかね。あの日、目の前に転がってきたセドリックの目玉。何かを訴えかけるあの瞳が、今も脳裏に焼き付いて離れないからだ。

あの瞳が見つめる先にあった真実を、子供だった私たちは暴き出した。だが、世界にはまだ、誰にも気づかれずに埋もれた真実や、救いを求める声が無数にあるはずだ。

私は立ち上がり、白衣を羽織る。

ドアを開けると、雨上がりの湿った夜気が流れ込んできた。


「さて、次の「研究」と行こうか。この王都のどこかで、また誰かが真実という名の「答え」を求めて泣いているのだからね!」

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