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第5話:第4の被検体!

薄暗いカフェの窓際。私は、使い古したスマホの画面に映る自分の顔を必死に加工していた。


(今日の私、ちょっと疲れてるけど、頑張ってる感出てるかな…?)


SNSの投稿画面。


「課題全然終わらないけど、頑張る私って偉い! #勉強垢 #頑張る私 #ご褒美カフェラテ」


実際は、カフェラテを一口飲んだだけで、すぐにスマホをいじり出す。課題の参考書は開かれたまま。


あの時もそうだった。

大学のゼミ発表。徹夜で資料を作り込んだ友人の発表は拍手喝采。 レイナの発表は、ネットからのコピペがバレて教授に呆れられる。


「え?だって、私には向いてない分野だったんだもん。私が悪いの?先生が、もっと私の得意なことを見つけてくれればよかったのに!レイナのことを差別とか、ありえないでしょ!」


「あーあ、なんで私って、こんなに認められないんだろう。みんな、私の頑張りを見てくれない」


その夜、自撮りの加工に夢中になり、道を歩きながらスマホを見ていた彼女は、足元の溝に気づかず、大きくつまずいて頭を打ちつけ、後ろから来たトラックに頭を潰された。スマホの画面には、加工された自分の笑顔だけが映っていた。


『あらあら、あなたはみんなに愛されたい、とっても可愛い魂をお持ちなのね♡』


目を開けると、お決まりの女神がいた。


『その純粋な気持ち、前の世界じゃ報われなかったでしょう?わかるわぁ♡ 特別サービス!あなたのその才能が、ちゃーんと評価されるスキルをあげる!みんなから「すごい!」って言われる『賞賛』と、みんなに「愛される」『寵愛』よ!新しい世界で、あなたらしく輝いてね♡』


「え…? すごいって言われる? 愛される? 私、ついに、世界の中心になれるのね!」


転生した街は、華やかな演劇と歌の都「ミューズ」。 レイナは、自分こそがこの街の「真のスター」になれると確信した。


私は早速、スキル『賞賛』を試した。 街角で、歌っている吟遊詩人を見かける。私は、その詩人の横で、適当なメロディに乗せて「みんなー、レイナだよー!愛してー!」と歌い出した。 すると、周囲の通行人が足を止め、拍手を送ってくる。 「おおー!」「すごい歌声だ!」「まるで天使のようだ!」


「フフフ…! 見たか! これが私の才能よ! 異世界チョロすぎ!」


次に私は『寵愛』スキルを試した。 市場で、リンゴを売っているおじいさんに声をかける。


「おじいちゃん、大変だね。私、レイナだけど、手伝ってあげようか?」


すると、おじいさんは顔を赤らめ、はにかみながらリンゴを一つくれた。


「お嬢ちゃん…いや、レイナ様! お気持ちだけで十分じゃ! このリンゴは礼じゃ!」


「わーい! やっぱり私、愛されちゃうんだ! このスキル最強!」


彼女は、努力することなく、簡単に褒められ、愛される現実に浮かれていた。 冒険者として働く気など毛頭なく、ただチヤホヤされることだけを求めた。


私は、街の劇団に潜り込むことに成功した。


『私、『寵愛』スキルがあるから、みんな私を可愛がってくれるし、『賞賛』スキルで舞台に立てば、みんな感動してくれるはず!』


しかし、彼女は台本の読み合わせには参加せず、ダンスの練習もサボる。


「えー、だって私、そういう地味な努力とか苦手なんだもん。練習関係なくない?本番で『私の魅力』が炸裂すれば、それでよくない?」


当然、他の団員たちは不満を募らせる。


「レイナ、ちゃんと台詞覚えてきてよ! あんたのせいで稽古が進まないんだけど!」


「ダンスも全然できてない! みんなに迷惑かけてるのわかってる!?」


レイナは、自分が責められている状況が理解できない。


「なによ! みんな、私の才能に嫉妬してるだけでしょ!? 私はこんなに頑張ってるのに! レイナちゃん、可哀想…」


彼女は、劇団の看板女優であるベテラン女優にも噛み付く。


「あのさー、アンタの演技、てか古くない? てかもっと若い世代に響くような、私みたいな『可愛さ』とか『愛され力』が必要なんじゃないの?アンタは評判が町1番だけど、私の方が上だから!」


ベテラン女優は、冷たく一蹴する。


「?……愛されるのは、役柄を完璧に演じ切ってこそ。それ以外は、ただの自己満足よ」


「キーッ! 何よアイツ! 私のことわかってない! 私って繊細なんだから!」


ミューズでは、年に一度、街を挙げての「星辰祭」が開催される。 星辰祭のメインイベントは、街の中心にある巨大な「星辰舞台」で行われる、特別な演劇だ。 この舞台は、観客の感情を魔力として吸収し、街全体に幸福と豊穣の祝福をもたらす、聖なる舞台とされていた。


レイナは、なんとかその星辰祭の舞台に立つことになった。


「フフフ…! ついに私の時代が来た! 私の『賞賛』と『寵愛』スキルで、この街を私の魅力で満たしてやる!」


彼女は、本番直前まで台本も碌に読まず、ダンスの練習も適当だった。


「だって、本番ではスキルがあるから大丈夫だもん! 私が可愛いければ、それでみんな許してくれるし!」


いよいよ本番。彼女の出番が来た。 彼女は、役柄を演じることなく、ただ舞台中央に立ち、満面の笑みを浮かべて観客に手を振った。 そして、マイクを通して、大声で叫ぶ。


「みんなー! レイナだよー! 愛してー! 私のこと、もっと褒めてー!」


スキル『賞賛』と『寵愛』が最大出力で発動する。 観客は、彼女の呼びかけに熱狂し、一斉に「レイナ様ー!」「可愛いー!」「愛してるー!」と叫び、拍手喝采を送った。


その瞬間、星辰舞台が、観客の感情を異常な速度で吸収し始めた。 しかし、レイナが舞台上で発しているのは「役柄の感情」ではなく、「純粋な自己愛と承認欲求」だったため、舞台はそれを「歪んだ感情」として過剰に吸収してしまった。


星辰舞台は暴走。吸収された「愛と賞賛」は、街の祝福の魔力としてではなく、歪んだ承認欲求の嵐となって街中に放出された。 街中にいる人々は、突如として、見境なく「愛と賞賛」を求め、周囲の人間に強要し始めた。 「私をもっと褒めろ!」「私を愛せ!」 街は、互いに承認を要求し合う、カオスな状況に陥る。


だが、レイナは、自分のせいで街が混乱しているとは微塵も気づいていない。


「すごい…! 見て! みんな、私のこと大好きなんだ! 私の魅力が、街中に溢れ出してる! やっぱり私って、世界の中心なんだ!」



・・・・・・・・・・



私の名はエラーラ・ヴェリタス。私の全ての行動原理は、ただ一つ。「知的好奇心」。 私は今回、このミューズの「星辰舞台」が持つ、観客の集合的感情を魔力に変換する、独特のエネルギー変換システムを観測するために訪れていた。


だが、星辰祭の最中、観測システムが突如として異常値を示した。街中に「承認欲求の暴走」という、極めて非効率的かつ有害なエネルギーが拡散され始めている。 私は即座に星辰舞台へ向かった。そこには、舞台中央で満面の笑みを浮かべ、観客に手を振っている女が一人。


私がシステムの異常を検知し、介入しようとした、その時。女が、私に気づき、絡んできた。


「あら、白衣を着たお姉さん! 私のパフォーマンス、感動しちゃった? そうだよね、私って誰からも愛されちゃうから! アンタも、もっと私を褒めてくれていいんだよ? 私みたいな才能、滅多にいないんだから!」


…ほう。 この、観測システムを破壊しかけている個体が、この私に「賞賛」を要求するとは。


私は、異常な魔力放出を停止させるべく、作業を開始しつつ、観測した『事実』のみを告げることにした。


「君は、レイナ。地球からの転生者だねぇ。スキルは『賞賛』と『寵愛』。いずれも、他者の承認欲求を刺激し、自己を肯定させるだけの、極めて表層的な精神干渉だ」


「なっ…!? 何それ! 私はみんなを幸せにしてるんだよ!」


女がヒステリックに反論しようとする。私は、星辰舞台のエネルギーメーターを指し示す。


「君の言う『賞賛』は、役柄を演じるための努力や技術を伴わない、単なる自己顕示に過ぎない。君が舞台上で発しているのは『役柄への献身』ではなく、『純粋な自己承認欲求』だ。それが、この星辰舞台のシステムを歪ませている」


「だ、だから何!? みんな私を愛してくれてるじゃん!」


「愛、かね? 君のスキル『寵愛』は、他者の脳内に分泌される『快楽物質』を瞬間的に刺激するだけの、極めて短絡的な神経操作だ。彼らが君に送っているのは『本質的な愛』ではない。君が『頑張っている』と装い、同情を誘うことで、他者から得られる表層的な感情に過ぎない」


私は、舞台の周囲で、互いに「愛と賞賛」を要求し合う、混乱した観客たちを指し示す。


「そして今、君の自己承認欲求が過剰にシステムに吸収された結果、街全体に『見境のない承認欲求』が暴走している。君の行為は単なる『精神汚染』だ。理解できたかねぇ?」


レイナは、その場に崩れ落ちた。 自分が「世界の中心」だと信じていた現実は、ただの「精神汚染源」でしかなかったという事実。 自分が「愛されている」と思っていた感情が、ただの「脳内物質の操作」だったという現実。 彼女は、何も言い返せず、ただ虚ろな目で舞台を見つめるしかなかった。


「…うそ…私の…愛が…」


私は、その歪んだ感情の塊にはもはや興味を失い、星辰舞台のシステム復旧作業に集中する。


「…汚染レベル、予測不能な数値に達している。緊急精神浄化を開始する」


私は、舞台上で泣きじゃくる女を無視し、即座にシステムの再構築に取り掛かった。彼女がどうなろうと、私の知的好奇心には関係のないことだ。

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