第3話:第2の被検体!
薄暗いワンルーム。壁には100円ショップのリメークシートが、中途半端に貼られたまま放置されている。
マナミは、使い古したノートPCの画面を睨みつけていた。人気のインフルエンサーが、また高級ホテルのラウンジで「お仕事」しているらしい。
「…なんなん?コイツ。また案件?どーせ案件!結局、顔が良いか、抱かれたかだけッしょ。それに比べて私…こんッッッなに感性豊かなのに、なんで派遣切られんのよ。マジありえない」
画面の隅には、彼女が運営する古いブログ『マナミの☆きらスピ(仮)manamy no kirasupy』の管理画面。『werukamu too andaagraundo』と書かれた下に配置されたカウンターの本日の閲覧数は……「3」。
(さ、3?……わかってない。誰も、私の本当の才能に気づいてない)
あの時もそうだった。派遣先のオフィス。
上司に簡単なデータ入力を頼まれた。
「いやあの……私、こういう単純作業って、感性死んじゃうんで…」
私は露骨に嫌な顔をした。
「なんか機械が私に優しくないみたいで…この機械マジ変ですよ……」
そして私は半泣きになり、結局、別の格下の社員、「キモ山田」がため息混じりに処理した。
結果、契約満了。事実上のクビだった。
「はぁ…もうヤダ。疲れた。誰か私を『見つけて』よ…。こんな世界、間違ってる」
その夜、私は「自分探しの旅」の途中、ぼんやりとスマホの画面だけを見つめて歩いていた。赤信号に気づくのが遅れ、ブレーキ音と共に、彼女の意識はトラックのライトに飲み込まれた。
『あらあら、あなた、とっても繊細な魂をお持ちなのね♡』
目を開けると、お決まりの、露出度の高い女神が微笑んでいた。
『あなたのその素敵な感性、前の世界じゃ生きづらかったでしょう?わかるわぁ♡ 特別サービス!あなたのその才能が、ちゃーんと評価されるスキルをあげる!『共感』と『芸術』よ!新しい世界で、あなたらしく輝いてね♡』
「え…? 私、輝ける…? やっと、世界が私に追いついた――!」
マナミが転生したのは、職人と芸術の都「アルティザン」。
石畳の道、歴史を感じさせる工房、街角で演奏する吟遊詩人。マナミは歓喜した。
「芸術の都! まさに私のための舞台じゃん!」
彼女は早速、スキル『芸術』を試すことにした。道端で拾った小石に、泥で適当に模様を描き、「大地の涙」と名付けて露店で売りに出す。
(さあ、私の才能にひれ伏しなさいィィッ!)
だが、足を止める者はいない。
「は? なんで? こんなにスピリチュアルな作品なのに…。センスないん?この街の人」
次に彼女はスキル『共感』を使う。これは、相手の「表層的な感情」を読み取るスキルだ。
彼女は、街一番のパン屋の行列に並ぶ人々の感情を読む。
(お腹すいたなー)(早く買いたい)(いい匂い)
(なるほどね…『そこの店のパンが美味しい』のね!)
マナミは行列を無視して店に乗り込み、釜の前で真剣な顔をしている店主に詰め寄った。
「ちょっと店長さん! みんなお腹すかせて待ってるの! なんでそんなノロノロやってるの? もっとお客さんの気持ちに『共感』しなきゃダメじゃない!」
店主は、釜の火力を調整しながら、ちらりと彼女を見て一喝した。
「うるせえ! 今一番いい焼き加減なんだ! 邪魔すんじゃねえ、出てけ!」
「ひどい…! 私は、お客さんの気持ちを代弁してあげただけなのに…!」
マナミは、わざとらしく涙ぐみながら店を飛び出した。
マナミは、自分を「魂の芸術家」と自称し、街の広場で「パフォーマンス」を始めた。
内容は、大声で自作のポエムを朗読し、突然泣き出したり、笑い出したりするというもの。
『共感』スキルで聴衆の(困惑)や(不快)という感情を読み取るが、彼女はそれを「私の深遠な芸術に魂が揺さぶられている」とポジティブに誤解釈した。
広場を利用する他の商人や大道芸人たちは、場所を占拠され、彼女の奇声で客が逃げるため大迷惑だった。
ついに、衛兵が注意しに来た。
「おい、広場を占有するな。騒々しいぞ。苦情が来ている」
「はぁ? 芸術がわからないの? これだからお役所仕事は! 私は『表現の自由』を行使してるだけ! あなたこそ、私の『人権』を侵害してるんですけど!? 大体、この街は芸術の都なんでしょ? なんで私を支援しないのよ!」
彼女は「自分は繊細だから」と、他者からの配慮を当然のものとして要求した。
「私、アーティストだから、インスピレーションが大事なの。だから一番いい角部屋をタダでよこしなさいよ」
「このスープ、私の感性に合わない。作り直して。もちろんお金は払わないけど。私に『本物』を教える機会をあげるんだから、感謝してよね?」
真面目に活動している他の芸術家たちも、いよいよ、彼女を問題視し始めた。
「おい若造。あんたのせいで、芸術家全体の支援金が減らされそうになってるんだぞ」
「は? 何それ。私のせいじゃなくて、あんたたちの作品がショボいからでしょ?実力ぶっそーっくッ! 私みたいに『本物』なら、支援金なんてなくてもパトロンつくっつーの。怠惰な連中が、私の才能に嫉妬してるだけじゃん?」
アルティザンには、街の象徴である巨大な「調和の鐘」があった。これは、街の職人たちが使用する無数の魔力炉の調停を行う、重要な魔道具である。
一日に一度、決まった時刻に鐘を鳴らすことで、街全体の魔力バランスを保っていた。
マナミは、その鐘を「自分のパフォーマンスの舞台装置」として目をつけた。
「あの鐘……うーん……センスないよね。私がもっと『スピリチュアル』に活用してあげる」
彼女は、鐘楼に忍び込み、鐘を管理する老職人を見つけた。そして『共感』スキルを使う。
(…孫娘のことが、とても心配だ…)
「へえ、お孫さん、病気なんだ? 私、スピリチュアルヒーラーでもあるから、祈ってあげよっか? その代わり、この鐘、私に自由に使わせてよね? もし断ったら…お孫さん、どうなっても知らないよ?私は前アカでは西窯ケイ先生とかロカモPと相互フォローなんだから!」
老職人は脅迫に屈し、マナミは鐘を乗っ取った。
彼女は、定められた時刻を完全に無視し、思いつくままに鐘をデタラメに打ち鳴らし始めた。
「フフフ…! 聴きなさい、愚かな民よ! これが私の『魂の叫び』よ!デス!エンヅ!リバーーーッス!ホアッ!!!」
その瞬間、街中の魔力炉が連鎖的な誤作動を起こし始めた。パン屋の釜は火を噴き、鍛冶場の炉は鎮火し、工房の魔道具は一斉に暴走を始めた。街は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
だが、マナミは自分の鐘の音が原因だとは微塵も気づいていない。
「すごい…! 見て! 私のパフォーマンスで、街全体が『共感』してくれてる! みんな興奮してるわ! 最高!」
・・・・・・・・・・
私の名はエラーラ・ヴェリタス。私の全ての行動原理は、ただ一つ。「知的好奇心」。
今回、私はこのアルティザンの「魔力共鳴調停システム」、通称「調和の鐘」のユニークな音響魔術を観測するために訪れていた。
だが、観測予定時刻でもないのに、鐘楼から実に不快で、非論理的なデタラメな音波が発振されている。
それにより、街の魔力グリッドが臨界寸前だ。貴重な観測対象が、あの愚かなノイズのせいで自己崩壊しかけている。
私が鐘楼に駆けつけると、一人の女が、恍惚とした表情で鐘を乱打していた。私がその愚行を止めるべく近づいた、その時。女が、こちらに気づき、絡んできた。
「アンタ誰よ! 私の神聖なパフォーマンスを邪魔しないで! …あ、わかった。アンタ、私の才能に気づいちゃったファンね? いいわ、特別に、私の活動を手伝わせてあげる。まずは、私のこの偉大さを、そこで拝聴しなさい」
…ほう?
私は、目の前のノイズ発生源に対して、観測した『事実』のみを告げることにした。
「君は、マツダ・マナミ。地球からの転生者だねぇ。スキルは『共感』と『芸術』。…観測するに、君の言う『芸術』は、基礎的な技術を完全に欠いている」
「なっ…!? なんで私の名前を…! それに、基礎って何よ! 芸術は感性よ!」
マナミが顔を赤くして反論しようとするが、私は淡々と続ける。
「次にスキル『共感』。それは、他者の脳から発せられる微弱な情動性生体電流を『受信』しているに過ぎない。君の脳は、そのデータを正しく解析できていないねぇ。君は、他者の『困惑』や『不快』を、『感動』や『興奮』と誤認している」
「ち、違う! 私はみんなの心を理解してる!」
「理解、かね? 君は、パン屋の店主の『職務への集中』や、衛兵の『公共の利益の維持』といった、他者の事情や論理を一切考慮せず、自己の未熟な感情のみを優先している。それは『共感』ではない。ただの『認識障害』だ」
私は、眼下で混乱が広がる街を指し示す。
「そして現在、君が発したその不規則な音波により、この街の魔力調停システムは崩壊。甚大な被害が発生している。君の行動は『芸術活動』などではなく、単なる『機能障害』だ。理解できたかねぇ?」
マナミは、その場にへたり込んだ。
エラーラの、一切の感情を含まない、ただ事実だけを射抜くような知的な瞳。そして、突きつけられた「災害発生源」という現実。
彼女が必死に信じていた「特別な私」「才能ある私」という自己認識が、音を立てて崩れていく。
言い返そうにも、言葉が出てこない。
「あ…う…だって…私は…女神様が…輝けるって…」
ついに、マナミは子供のように、その場で声を上げて泣きじゃくり始めた。
私は、泣き始めたマナミを一瞥する。だが、その情動は、私の知的好奇心の対象外だ。
「…ノイズ源、沈黙を確認」
私は、もはや無価値となった障害物の横を通り過ぎ、崩壊しかけた「調和の鐘」の制御盤へと歩み寄る。
「さて。貴重なサンプルが完全に壊れる前に、修復と再観測を開始しよう」
鐘楼には、救いようのない女の嗚咽だけが、しばらく響いていた。




