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ヴェリタスの最終定理1:魔導士エラーラ・ヴェリタスの日常【改修中】【2位】  作者: .
短編:未来を守る探偵【人情】

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第2話:未来を守る探偵(2)

王都の時計台が、重々しく鐘を鳴らしていた。

王都の雑踏は、逃亡者にとって隠れ蓑であると同時に、地獄でもあった。


「どいてくれ!どいてくれ!ボクは…ボクは殺人鬼だ!触ると殺すぞ!」


ヘレンは半狂乱で叫びながら、人波をかき分けていた。雨に濡れた人々が、驚き、あるいは恐怖の悲鳴を上げて道を開ける。その反応の一つ一つが、ヘレンの罪悪感をさらに深くえぐった。


(やっぱりだ…ボクは、取り返しのつかないことをしたんだ…)


脳裏に、リサとの他愛ない会話が蘇る。


『ヘレンは本当に王子様みたいだね。かっこいいよ』


『当たり前さ。ボクがリサを、ずっと守るよ』


「守るどころか…!」


涙が溢れて視界が滲む。


「守るどころか、殺して、お金まで盗んでしまったじゃないか…!」


駅に駆け込み、人混みに紛れようとする。切符を買う金はある。リサの財布に。その事実がまた、ヘレンの心を刺した。売店の店主が訝しげな顔でこちらを見ている。誰もが自分を、冷酷な殺人鬼として見ている気がした。

その時、目の前の空間が、水面のように歪んだ。


「見つけたよ、ヘレン君!」


閃光と共に、白衣の女、エラーラが転移してきた。その息は荒く、白衣は雨で汚れている。


「なっ…!あの時の女…!なんで、なんでボクを追うんだ!」


「話が聞きたい!君は本当にリサ君を殺したのかね!?君の魔法理論からは、他者への明確な悪意は感じられなかった!だとしたら、なぜ!」


エラーラが詰め寄る。

ヘレンは恐怖で後ずさった。


(この女もボクを捕まえに来たんだ!あの時、珈琲屋でボクたちの魔法を嘲笑った!きっと悪意があるんだ!ボクを警察に突き出して、手柄にしたいに違いない!)


「邪魔を……するなッ!」


ヘレンは咄嗟に、防御魔法の中でも最も厄介な古式の術式を放った。


「『魔力枷』!」


「なっ…!?これは…!フム、なかなかの腕じゃないか…!私の魔力循環を一時的に封じるだと!?だが!」


エラーラの動きが鈍った。転移魔法が使えなくなるほどの、強力な魔力干渉だった。

その隙に、ヘレンは再び背を向けて走り出した。


「待ちたまえ!ヘレン君!」


エラーラの制止も聞かず、逃げ込んだ先の広場で、ヘレンは息を呑んだ。

場違いにも程がある。魔導鎧で重装備した警官隊が、広場を完全に包囲していたのだ。


「対象発見!確保しろ!」


「なんで…なんでこんなに大袈裟なんだ!?ボクはやっぱり、とんでもない重罪人なんだ…!」


ヘレンは裏をかき、狭い路地裏へと逃走した。しかし、そこにも屈強な警官隊が先回りしていた。


「いたぞ!撃て!威嚇射撃だ!」


魔力弾がヘレンの足元の石畳を抉る。


「ひっ…!」


(殺される…!)


ヘレンは自分が、同情の余地もない、凶悪な殺人犯になってしまったのだと、改めて確信した。


(リサ…ごめん…ごめんよ…ボクは、君のところになんて行けない…)


・・・・・・・・・・


エラーラは、血の滲むような思いでヘレンの潜伏する廃工場にたどり着いた。

ヘレンにかけられた『古式魔力枷』は、エラーラの魔力循環の大半を封じていた。転移魔法も使えず、自身の体術と知識、そして残されたわずかな魔力だけで、警官隊の包囲網をかいくぐり、ヘレンの魔力の残滓を追ってきたのだ。


「ハァ…ハァ…この魔力封じ、思ったより厄介だ…!だが、間に合った…!」


エラーラは息を整え、廃工場の入り口に向かって叫んだ。


「ヘレン君!聞こえるか!今すぐ出てくるんだ!」


建屋の奥から、震える声が返ってきた。


「来るな!来るんじゃない!ボクは殺人鬼だ!もう捕まるくらいなら、ここで死んでやる!」


「君は勘違いをしている!私は君を助けに来たんだ!」


「助ける!?ボクを珈琲屋で馬鹿にしてたくせに!どうせボクを警察に突き出して、自分の手柄にしたいだけだろう!」


「手柄だと!?」


エラーラは心の底から叫んだ。


「そんなもの、私の探求心、真理への渇望に比べれば、道端の小石にも劣る!いいか、時間が無いんだ!本当に時間が無い!」


エラーラは焦燥に駆られていた。王都の時計台の鐘の音が、頭の中で反響している。


「今、君を逮捕しないと、君の人生は本当に、本当に終わってしまうんだぞ!」


「意味がわからない!ボクの人生は、リサを殺した時にもう終わってるんだ!」


(もう時間がない…!万事休すか…!)


エラーラは決死の覚悟を決めた。


「やむを得ん!」


彼女は魔力封じされた身で、廃工場の錆びついた鉄のドアに、渾身の体当たりをかました。元騎士団最強の体術は、魔力がなくとも健在だった。

けたたましい音を立ててドアが外れる。

暗闇の中、エラーラはヘレンの気配を探る。


「どこだ!ヘレン君!」


「来るな!」


物陰から飛び出してきたヘレンと、エラーラは激しく揉み合いになった。


「離せ!ボクに構うな!」


「おとなしくしたまえ!これは君のためなんだ!」


ヘレンは半狂乱で抵抗し、エラーラを突き飛ばし、咄嗟に「魔力弾」を放った。


「グッ…!」


エラーラの左肩が、閃光と共に弾けた。生々しい肉の焼ける音と、激痛が全身を貫く。


「あ…」


ヘレンの動きが止まる。人を撃った。またやってしまった。

エラーラはその隙を逃さなかった。負傷していない右腕を伸ばし、ヘレンの腕を掴むと、用意していた物理的な魔力枷を手首にかけた。


「……特例に基づき、君を…逮捕する」


カチリ、と無機質な音が響く。


「なんで…」


ヘレンは呆然と呟いた。


「なんで、こんなになるまで、ボクを追いかけてきたんだよ…」


エラーラは荒い息を吐きながら、壁に背中を預けた。肩から流れる血が、白衣を急速に赤黒く染めていく。


「…ハァ…この国では、成人年齢は15歳だ…」


「それが…なんだって言うんだ…」


「14歳の強盗殺人は、少年法が適用される。情状酌量の余地があれば、最大の場合、懲役10年…」


エラーラは痛みに顔を歪めながら続けた。


「だが、15歳になった瞬間、強盗殺人は…死刑のみ、だ。例外はない……」


「え…?」


「カレルが言っていた…リサの母親が叫んでいた…!『誕生日の前日』だと…!君の誕生日は、今日、11月3日だろう!」


ヘレンは目を見開いた。忘れていた。今日が、自分の15歳の誕生日だということを。


「0時を過ぎれば、君は15歳になる。そうなれば、たとえ故意でなくとも、リサ君を殺して財布を盗んで逃げた時点で、君は問答無用で死刑なんだぞ!」


エラーラは、血の気の失せた顔で、必死に言葉を紡いだ。


「…私は……私が、君が犯人だとはどうしても思えなかった。あの珈琲屋での議論…君の瞳は、純粋な探求者のものだった。だから!万が一のことを考えた…!君の罪が、未来が、万が一にも最悪の結末を迎えないように…君が15歳になる前に、全力で捕まえに来たんだよ…!」


「そんな…そんなことのために…?」


「……そう、『そんなこと』だ……私は、『そんなこと』に対しても真剣になってしまう性分でな……だから、君は、何も気にしなくていい……」


ヘレンの目から、再び涙が溢れ出した。絶望の涙ではない。わけのわからない、熱い感情が込み上げてきた。

エラーラは震える手で、懐中時計を取り出した。


「…間に合った…23時55分だ…君の逮捕時刻は、14歳の、11月3日、23時55分…」


エラーラはそこで意識を失いかけたが、気力で踏みとどまった。

建屋から、エラーラがヘレンを抱えるようにして出てくると、カレル警部と警官隊が駆けつけてきた。


「エラーラ!大丈夫か!?ヘレンは!?」


カレルは、エラーラの血まみれの姿と、泣きじゃくるヘレンを見て、状況を察した。そして、ふと、王都の時計台を見上げた。


「カレル君…確保したよ…」


エラーラもまた、カレルの視線を追って時計台を見上げた。


「時刻は…」


時計台の長針と短針は、無情にも、0時28分を指していた。


「…………」


エラーラは絶句した。

ヘレンも、泣き止んで時計台を見上げた。

エラーラは、自分の懐中時計を見た。針は23時58分を指している。

エラーラの時計は、壊れていた。

だが。

エラーラが、絞り出すような声で、言った。


「…………あの時計台、さては、壊れている、な?…」


カレルは、こわばった顔で、しかし、力強く頷いた。


「ああ…あの時計台は、壊れている……!」


カレルは、エラーラの肩に目をやった。


「その肩の血は…?ヘレンにやられたのか?」


「ああ、これかね?」


エラーラは、まるで何でもないことのように笑おうとした。


「さっき、中で『自分で転んだ』時にね。派手にやったよ。逮捕の時に一切の抵抗はなかった。」


ヘレンは、エラーラの言葉の意味を理解した。


(0時は過ぎていた。ボクは、本当なら死刑だった。しかも、エラーラさんはボクを庇って…自分で転んだなんて嘘をついて…逮捕時刻まで偽ってくれた…)


「う…うわああああああああああん!」


ヘレンは、今度こそ子供のように声を上げて泣き崩れた。

エラーラの、常軌を逸した、しかしあまりにも深い愛に。

冷たい雨が、三人の姿を打ち続けていた。


・・・・・・・・・・


あの冷たい雨の夜から一夜が明けた。

王都中央病院の一室は、夜明けの淡い光に満たされ、空気中に漂う消毒液の匂いだけが、ここが現実の場所であることを示していた。

ベッドの上で、リサは眠っていた。

いや、眠っているという表現は正しくない。魂という名の操縦士を失った人形が、ただ生命維持の魔導装置によって、か弱く呼吸をさせられているだけだった。血の気の失せた頬。固く閉じられたままの瞳。その傍らで、リサの母親が、一睡もせずに娘の手を握りしめていた。その顔は憔悴しきっていたが、瞳の奥には、まだ諦めきれない祈りの光が揺らめいていた。

静かに病室のドアが開いた。

現れたのは、片方の腕を分厚い包帯で吊り、よれた白衣の肩口を赤黒い血で汚したままの、エラーラ・ヴェリタスだった。その背後には、同じく徹夜で疲労困憊のカレル警部が、心配そうに立っている。


「あなたが…」


リサの母親が、訝しげな視線をエラーラに向ける。昨夜、警察署で娘の友人を庇っていた、あの風変わりな女学者。


「こちらは、エラーラ研究員。リサさんの様子を、どうしても見たいと仰ってな…」


カレルが取りなすように言った。

エラーラは母親の感情など意にも介さず、まっすぐベッドに歩み寄った。そして、まるで貴重な実験サンプルでも観察するかのように、リサの顔を覗き込んだ。


「…フム」


エラーラは、まだ自由になる右手をリサの額にかざした。目を閉じ、全神経を魔力の探知に集中させる。


(生命活動は、かろうじて維持されている。だが、魂の波長が観測できない…いや、違う)


エラーラの眉が、ぴくりと動いた。


(波長が、ないのではない。観測できないほど微弱だが…ある。しかも、奇妙だ)


リサの魂は、肉体から完全に離脱してはいない。まるで細い蜘蛛の糸のように、肉体と、そしてどこか別の場所へと「引っかかって」いる。その糸は、この世のものではない法則で、かろうじて繋がりを保っていた。


(この魔力の残滓は…)


エラーラの脳裏に、昨夜の廃工場での攻防が鮮明に蘇る。ヘレンが自らに放った、あの厄介な魔力干渉。


(『古式魔力枷』…!)


あの術式は、対象の魔力を封じるだけではない。その本質は、術者の魂の一部を対象に強制的に結びつけ、魔力循環を同調させることで動きを封じる、高度な呪術の系譜だ。


(あの暴走した魔力に、ヘレン君が咄嗟に組み込もうとした『魔力枷』の術式が、偶発的に混入したんだ…!)


エラーラは目を見開いた。

つまり、こうだ。リサを直撃した魔力は、彼女の魂を肉体から弾き飛ばした。だが同時に、その魔力に含まれていた『魔力枷』の特性が、術者であるヘレン自身の魂の一部と、リサの魂を固く結びつけた。


(リサ君の魂は、まだ消滅していない! ヘレン君の魔力によって、この世に『繋ぎ止められて』いる…!)


歓喜が、探求者としての純粋な歓喜が、エラーラの全身を貫いた。


「君たち、少し席を外してくれたまえ。少し、集中したい」


エラーラは、カレルと母親、そして駆けつけた看護師に命じた。


「しかし、エラーラ、あなたの傷もまだ…」

「いいから、早く!」


エラーラの気迫に押され、三人は戸惑いながらも病室を出ていった。

二人きりになる。

エラーラは深呼吸をした。繋がっているのなら、引き戻せる。だが、その魂の糸を手繰り寄せるには、エラーラ自身にかかった『魔力枷』の残滓が邪魔だった。自らの魔力循環が、まだ正常に機能していない。


(肩の傷が、焼けるように痛む。昨夜の魔力放出で、魔力は枯渇寸前だ。今、この枷を強引に破れば、私の魔力回路に恒久的なダメージが残るかもしれん…)


一瞬の葛藤。


だが、エラーラは鼻で笑った。


(それがどうした。私のキャリアより、目の前の真実の方が、遥かに価値がある)


「だが、『たかが』魔術に、私の探求心と…この子の未来を阻むことなど、できんッ!」


エラーラは、もはや「根性」としか言いようのない精神力だけで、自らの魔力回路を縛る枷の残滓を、強引に引きちぎった。


「うおおおおッ!」


獣のような咆哮が、病室に響く。

肩の傷が開き、包帯を突き破って再び真紅の血が滲み出し、白衣を濡らしていく。だが、構わない。

全身の魔力が、解放される。

エラーラは負傷していない右手を、再びリサの額に突き出した。

全魔力を、枯渇したその最後の残り火のすべてを、一点に集中させる。

ヘレンが意図せず残した、親友への執着とも言うべき魂の糸。それを手繰り寄せ、リサの肉体と魂を再び結びつける。それは、神の領域に踏み込むかのような、神業とも言える高度な蘇生魔法だった。


(見えるぞ、ヘレン君の純粋な後悔が。リサ君の、まだ生きたいと願う叫びが)


光の奔流が、エラーラの手からリサの体へと注ぎ込まれる。

病室が、真昼の太陽よりも眩い光に包まれた。


「戻りたまえ!君の友が待っている…………」


その言葉を最後に、エラーラは魔力のすべてを使い果たし、崩れ落ちるようにして、その場に倒れ込んだ。

静寂が戻る。

焦げたような魔力の匂いと、血の匂いが混じり合う。


「…ヘ…レン…?」


か細い声。

ベッドの上で、リサが、ゆっくりと目を開けた。

その瞳には、確かな光が戻っていた。


リサの蘇生は、奇跡として王都を駆け巡った。

警察の聴取に対し、リサは泣きながら全てを話した。ヘレンの理論が不安定だったこと、エラーラの忠告があったこと、そして最後の瞬間、暴走した魔力からヘレンを守ろうとしたのは、リサ自身だったこと。

事故だったのだ。

ヘレンの罪状は、再検討された。

被害者であるリサが蘇生し、ヘレンに一切の処罰を望まないと強く嘆願したこと。リサの母親も、娘を救ったエラーラと、娘の友人であるヘレンを許したこと。そしてカレル警部とエラーラによる「逮捕時刻の偽装」と「ヘレンが探求者であった」という情状酌量の証言。

結果、強盗殺人は完全に取り下げられた。

残ったのは、パニック状態でリサの財布を持ち去った「窃盗」の罪のみ。それすらも、リサの「あれは私があげたものだ」という涙の証言によって、事実上、罪状は消滅しかけた。

最終的に、ヘレンの罪は「保護観察処分」という、法の下ではありえないほどの、奇跡的な結果に終わった。


・・・・・・・・・・


数日後。

王都の空は、あの日の雨が嘘だったかのように、どこまでも高く澄み渡っていた。

王都中央警察署の署長室で、エラーラは不機嫌そうにコーヒーカップを睨んでいた。肩の包帯はまだ取れていない。


「カレル君?……これが、君の言う『最高級』かね? 私にはただの煮詰まった泥水にしか思えんのだが?」


「いやぁ、申し訳ない! これでも署内では一番高いインスタントでして…!」


カレルが、心底申し訳なさそうに平謝りしている。

エラーラはため息をつき、カップを置くと、まだ完治していない肩を押さえながら立ち上がった。


「フン。まあいい。礼は受け取った。次回の『ハムスター飛行理論』の実験の際は、空域使用許可を申請するから、迅速に受理したまえよ」


「それはそれ!これはこれだ!」


カレルの制止を背中で聞き流し、エラーラは警察署を出た。

秋の陽光が眩しい。

エラーラは署を一瞥し、一つため息をつき、いつものカフェ・クレマに向かって歩き出そうとした。

すると、目の前に、数人の人影が立っていた。

ヘレンとリサ。そして、その両脇には、リサの母親と、ヘレンの両親らしきエルフの夫婦が、緊張した面持ちで立っていた。


「エラーラさん…!」


ヘレンが、真っ直ぐに駆け寄ってきた。

あの日着ていた貴公子然とした装束ではなく、洗いざらしの簡素なワンピースを着ている。銀色の髪だけが、相変わらず陽光を反射して輝いていた。

そして、ためらいなく、エラーラの胸に飛び込んできた。

まだ傷が癒えていない左肩に、その衝撃が響く。


「うわあああん!ありがとう…!ありがとう…ございますッ!」


大泣きしながら、エラーラの白衣に顔を埋めて抱きついてくる。

エラーラは、予期せぬ猫に懐かれた時のように、一瞬驚き、大げさにバランスを崩しそうになった。


「お、おい!わ、分かった!分かったから、白衣を涙と鼻水で汚すんじゃない!これは実験用で、昨日洗ったばかりなんだぞ!」


戸惑いながらも、エラーラの空いている右手が、ゆっくりと持ち上がり、ヘレンの銀色の頭を、不器用に、しかし優しく撫でた。


「本当に、ありがとう、エラーラさん…」


ヘレンの後ろで、リサも、母親たちも、静かに泣いていた。獣人の耳を濡らしながら、リサが深々と頭を下げる。ヘレンの両親も、エルフ族の気高い誇りをかなぐり捨て、恩人に向かって最敬礼をしていた。

署の入り口から、カレルと数人の部下たちが、その光景を遠巻きに眺めていた。皆、ぶっきらぼうな同僚や上司の、見たことのない姿に、少し涙ぐみながら、誇らしげな笑みを浮かべていた。

王都の雑踏を行き交う人々が、何事かと足を止め、その警察署の前で起こっている和解の光景を、微笑ましげに見守っている。


「フム…」


エラーラは、白衣にすがりついて泣きじゃくるヘレンを無理に引き剥がすこともせず、ただ、その小さな背中を抱きしめ返した。


「今日は、いいデータが取れた。実に、実に、いい……!」


エラーラは、ヘレンの温もりを感じながら、空を見上げた。

きっと世界は、この瞬間、ほんの少しだけ平和になったはずだ。

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