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【5位】異世界探偵エラーラ・ヴェリタス  作者: り|20↑|札幌
エラーラ・ヴェリタス短編集
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第34話:二つの交換!

私の名はエラーラ。私の全ての行動原理は、ただ一つ。「知的好奇心」。


その日、私の貴重な研究時間は、王都警備隊のカレル警部と名乗る、実に非効率な男によって中断された。


「博士!頼む、力を貸してくれ!」


「人間のいざこざかねぇ。私の貴重な時間を、君たちの非効率な業務で浪費させるのはやめてもらえんか」


私が、心底うんざりして追い返そうとすると、警部は、切羽詰まった声で叫んだ。


「密室なんだ!鍵のかかった部屋で、被害者は溺死していた!だが…だが、現場には、水が一滴もなかったんだ!」


…ほう?

私の手が、止まった。


「フム…水のない溺死、か。実に興味深い。物理法則を無視した、美しいバグ(現象)じゃないか。…いいだろう。その『現象』、この私が直々に観測してやろう」


正義のためではない。その「ありえない現象」という、最高のデータサンプルのためだ。

現場となった書斎は、異様だった。完璧な密室。そして、異常なまでに乾燥している。私は、カレル警部の「壁を通り抜ける幽霊の仕業だ!」という、実に凡庸な推理を鼻で笑い、自らの魔導観測器で、空間に残る微弱な魔力の残滓をスキャンし始めた。

データは、すぐに出た。被害者の肺を満たしていた水が「蒸留水」の魔術的痕跡を示していること。そして、書斎の隅にある、『空っぽで、完璧に乾いた』実験用のビーカーの存在。

私は、被害者の研究記録から、彼が同僚のアベルの「概念干渉」に関する論文を盗用していた事実を突き止めた。


「アハハハハ!面白い!犯人はアベルだ!」


「な、何が証拠だ!」と叫ぶ警部に、私は、実に美しい「解」を提示してやった。


「アベルは、古代遺物『概念交換の天秤』を使い、この研究室の『空気の性質』と、どこか別の場所にある『蒸留水の性質』を、交換したのだ!実に、エレガントな復讐だねぇ!」


アベルの研究室に踏み込むと、彼は、怯えたネズミのように震えていた。


「アベル君。君は、実に美しい実験を成功させた。被害者の書斎の空気は『液体』となり、彼の肺を満たした。そして、ビーカーの中の水は『気体』となり、蒸発した。だから、現場には水一滴残らず、肺だけが水で満たされた、完璧な『溺死』が完成した。実に、私の興味をそそるじゃないか」


図星を突かれ、追い詰められたアベルの表情が、恐怖から、狂気じみた怒りへと変わった。


「化け物め…!私の完璧な計画を…!死ね!」


彼は、研究室の壁にかけてあったコレクション用の剣を掴み、私に襲いかかってきた。


「博士、危ない!」


カレル警部たちが銃を抜く。だが、間に合わない。私は、その光景を前に、心底うんざりした顔で、短くため息をついた。


「チッ…やはり、人間のオスは、論理で負けると、すぐに物理的な暴力に頼る。実に、非効率だ」


私は、迫りくるアベルの剣先を、白衣の裾を翻してかわすと、隣で固まっているカレル警部の腰から、彼が反応するよりも早く、サーベルを引き抜いた。

キィン!

甲高い金属音。私は、久しぶりに握る剣の感触を確かめるかのように、アベルの突きを、最小限の動きで、完璧にいなした。

その瞬間、カレル警部たちの目が、信じられないものを見たかのように、飛び出さんばかりに見開かれた。


「な…なんだ、今の動きは…!?」


「馬鹿な…あれは…王宮騎士団の、それも教官クラスが使う型…!」


警部たちの驚愕など、私にとってはデータにもならない。アベルが、二の太刀、三の太刀と、がむしゃらに振り下ろすが、私は全てを紙一重で見切り、カウンターで、アベルの右の手首の腱だけを、完璧な精度で打ち据えた。戦闘を楽しむそぶりなど微塵もない。ただ、「邪魔な障害物を処理する」ためだけの、冷徹で、合理的な一撃。


「ぎゃあっ!」


剣が、乾いた音を立てて床に落ちる。アベルは、手首を押さえてうずくまった。


「フム…物理的な戦闘とは、なんと非効率なことか」


私が剣を警部に返そうとした、その瞬間。アベルが、もう片方の手で、懐から『概念交換の天秤』を取り出し、叫んだ。


「くっ…ならば、これだ!お前の心臓の『動き』と、そこの石ころの『静止』を、交換してやる!」


カレル警部たちが、今度こそ絶望に顔を歪める。だが、私は動じない。再び、完璧な科学者の顔に戻っていた。


「やはり、私の『論理』の方が、遥かに美しいじゃないか」


私は、自らの白衣のポケットから、一つの黒い球体を取り出し、起動させる。


「君のその『交換』というシステムには、根本的な欠陥がある。それは、必ず『二つの対象』を必要とすることだ。では、交換対象が『一つ』しか、存在しなかったら?」


私が起動したのは、「絶対的単一化」の魔術装置。半径5メートル以内の、全ての物質と概念を、一時的に「エラーラ」という、たった一つの定義に強制的に上書きする、究極の傲慢の魔法だった。

アベルは、天秤の力を使おうとする。しかし、天秤のシステムは、エラーを起こした。


対象A:「エラーラ」

対象B:(石ころだったが、魔術により)「エラーラ」


「エラーラ」と「エラーラ」を交換するという、無意味な命令。その完璧な論理的矛盾に、古代遺物の魔術回路は耐えきれず、甲高い音を立てて、砕け散った。

物理的にも、魔術的にも、完全に武装解除されたアベルは、その場に崩れ落ち、駆け寄ったカレル警部に、抵抗なく逮捕される。

カレル警部は、目の前で起きた二つの「ありえない」光景…学者とは思えぬ私の超人的な剣技と、訳の分からない論理魔術に、度肝を抜かれて立ち尽くしていた。


「エラーラ博士…貴女は、一体…。学者でありながら、あの剣は…」


私は、もうアベルには何の興味も示さず、観測データを整理しながら、心底うんざりした顔で答えた。


「フム…ただのデバッグだよ。ああ、剣かね?昔、騎士団で動作解析のデータを取るためにね。だが、非効率だから辞めたよ。私の論理の方が、よほど効率的で、美しいじゃないか」


私は、次の興味深い「現象」を求め、感謝を述べようとする警部たちには一瞥もくれず、静かにその場を立ち去るのだった。

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