第31話:復讐代行者!
私の名はエラーラ。私の全ての行動原理は、ただ一つ。「知的好奇心」。
今、私が滞在しているこの都市は、実に興味深い「流行病」に罹っていた。魔導具開発で成功した研究者たちが、次々と、見えない力によって襲われるという、実に愉快な連続傷害事件だ。
「フム…実に、面白いじゃないか」
私は、事件現場のデータを収集しながら、恍惚として呟いた。物理的な証拠は一切ない。だが、現場には、人間のものとは思えないほど凝縮された、純粋な「恨み」のエネルギー残滓が観測された。
「人間の『恨み』という感情エネルギーを、物理的な攻撃力に変換するシステムか。実に興味深い!最高の実験対象だ!」
私は、被害者全員のデータを洗い出した。全ての線が、美しい一点へと収束していく。
マルク。気弱な青年。元々は天才的な魔導具職人だったが、その才能とアイディアを、信頼していた共同研究者たちに盗まれ、全てを失った男。実に典型的な悲劇のサンプルだねぇ。
私は、最高の観測対象である彼に、早速接触した。
「やあ、職人君。君というサンプルは、実に興味深いねぇ」
「え…?あ、あの、僕、なにか…?」
マルクは、私の突然の訪問に、子ウサギのように怯えている。だが、私が被害者たちの名前を羅列し、彼らの「不幸な事故」をニュース記事のように淡々と読み上げると、彼の瞳の奥に、隠しきれない暗い喜びと、燃え盛るような強い「恨み」が宿るのを、私は見逃さなかった。
「素晴らしい!君のその美しい『恨み』こそが、この実験の鍵だ!」
私は「君を、見えざる犯人から保護する」という名目で、彼と行動を共にすることにした。
そして、ついに、その時は訪れた。
私たちが街を歩いていると、向かいから、一人の男が傲慢な笑みを浮かべて歩いてくる。マルクの才能を最も酷い形で盗んだ、最後のターゲットだ。
マルクの身体が、憎悪にわなわなと震える。
「あ…あいつ…!」
その瞬間、彼の感情に呼応して、彼の背後から、黒い靄のような実体のない怪異『復讐の代行者』が出現した!それは、マルクの制御を離れ、明確な殺意を持って、男に襲いかかった。
「待ちたまえ!私の貴重なサンプルに、勝手なことをされては困る!」
私は、咄嗟に魔術的障壁を展開し、怪異の一撃を辛うじて防ぐ。だが、怪異は、マルクの尽きぬ「恨み」を燃料に、より強力に、より不安定に、その力を増大させていく。
「やめ、やめてくれ!僕は、こんなこと望んでない!でも…!あいつらを恨むことを、やめられないんだ!」
マルクの自責の念と、制御不能な恨みが入り混じり、怪異は、ついに私の障壁すらも食い破ろうとするほどの力を持った。
フム…面白い。だが、この怪異の、完璧なはずのシステムに、私は、致命的な欠陥があることを見抜いていた。
「この怪異は、『恨み』を燃料としている。だが、その『恨み』という感情そのものが、被検体にとって、最も非効率で、無意味なエネルギーの浪費であると証明されたら、どうなるかねぇ?」
私は、障壁で怪異の動きを一時的に封じると、ターゲットの男を魔術で拘束。そして、マルクの目の前で、ある「実験」を開始した。
「君が、マルク君のこの素晴らしいアイディアを盗んだのだねぇ?実に、効率的なやり方だ」
私は、マルクが盗まれた設計図を取り出すと、ターゲットの男に、それを「さらに改良」するように、魔術的なプレッシャーをかけて強制した。男は、恐怖に震えながらも、マルクのアイディアを基に、さらに優れた魔導具の改良案を、必死でひねり出す。
私は、その光景を、マルクに見せつけた。
「いいかね、マルク君。君がどれだけこいつを恨み、こいつがどれだけ苦しもうと、こいつが君から奪った『結果』は、何一つ変わらない。それどころか、君のアイディアは、今この瞬間も、君以外の人間によって、さらに発展させられている」
「君の『恨み』という感情は、実に非効率で、無意味なエネルギーの浪費なのだよ。君が恨みに時間を使っている間も、世界は、君を置き去りにして、先に進んでいく」
マルクは、自分の復讐が、相手を苦しめるだけで、自分が失ったものは何も取り戻せないという「事実」を、論理的に突きつけられた。
「君がやるべきことは、過去を恨むことかねぇ?それとも、彼らよりも優れた『次』のデータを、この世界に見せつけることかねぇ?」
マルクは、目を見開いた。彼が過去への執着を捨て、自らの「未来」へ目を向けた瞬間、彼の魂から発せられるエネルギーは、「恨み」から「闘志」へと、その質を変化させた。
怪異のエネルギー源であった「恨み」が、その供給を絶たれた。怪異は、燃料と相性の悪い、純粋な「創造意欲」のエネルギーに触れ、システムエラーを起こし、断末魔の叫びと共に消え失せた。
後には、恐怖から解放され、久しぶりに職人としての誇りを取り戻したマルクと、その隣で、満足げにデータを記録する私が残される。
私は、研究日誌に書き込んだ。
「結論。『恨み』をエネルギー源とするシステムは、そのエネルギーの『非効率性』と『無意味さ』を被検体に論理的に証明し、エネルギーの質そのものを変異させることで、自壊させることが可能である。…人間の感情というものは、実に効率的で、実に非効率だねぇ…」
マルクは、私に深々と頭を下げた。
「ありがとう、エラーラ博士。俺、もう一度、あいつらを見返せるような、すごい魔導具を作ってみせます!」
私は、その新たな決意を、心底つまらなそうに一瞥した。
「やれやれ。私の完璧な観測対象が、またただの職人に戻ってしまったじゃないか。実に、非効率なことだ」
私は、次の興味深い「現象」を求め、静かにその場を立ち去るのだった。




