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【5位】異世界探偵エラーラ・ヴェリタス  作者: り|20↑|札幌
エラーラ・ヴェリタス短編集
32/208

第28話:未来の過去!

私の名はエラーラ。私の全ての行動原理は、ただ一つ。「知的好奇心」。


その日、私は、自身の研究室で、神の領域にすら踏み込む、究極の時間魔術実験に臨んでいた。


「フフフ…実に美しいじゃないか」


目の前で青白い光を放つ「時間転送装置」を見つめ、私は恍惚として呟いた。実験内容は単純明快。「一週間後の、全く同じ曜日、同じ時間の、この場所にいる自分自身」へ、物理的な物体を転送する。タイムパラドックスを最小限に抑えた、完璧な因果律のハッキングだ。


私は、転送する物体として、内部に「実験成功」という、私の偉業を証明する単純なメッセージだけを記録した、自作の完璧なデータクリスタルを選んだ。


「さあ、行きたまえ。未来の私に、過去の私の天才性を証明するためにね」


装置を作動させると、クリスタルは淡い光と共に、次元の狭間へと静かに消えていった。


そして、運命の一週間後。

私は、指定した時刻の数分前から、研究室で荷物の到着を待ち構えていた。完璧な計算、完璧な理論。失敗など、ありえない。

しかし、指定時刻を過ぎても、何も起こらない。一分、十分、一時間…。データクリスタルは、ついに現れなかった。

実験は、完全に失敗した。


「……は?」


私の、完璧な思考回路が、一瞬だけフリーズする。そして、次の瞬間、沸騰した。


「ありえんッ!私の計算が間違っているだと!?この宇宙の方がバグっているに決まっている!」


私は、髪をかきむしり、研究室の床を苛立たしげに歩き回った。完璧だったはずの自分の計算が、間違っていた。その事実は、私のプライドを著しく傷つけ、同時に、最高の知的興奮を私に与えた。


「なぜだ!?なぜ届かない!?時間粒子の減衰か?因果律の反動か?それとも、この宇宙そのものに、私の知らない、実に面白いバグがあるのか…!」


それから数日間、私は寝食も忘れ、失敗の原因究明に没頭した。装置を分解しては組み立て直し、数式を何百回も見直し、あらゆる可能性をシミュレーションした。だが、どの結果も「転送は成功するはず」という、腹立たしい結論しか示さないのだ。


調査に行き詰まった私が、苛立ちのあまり、貴重な古代遺物の頭蓋骨を壁に叩きつけようとしていた、その時。

研究室の空間が、音もなく静かに歪み、一人の老婆が姿を現した。

老婆は、荒れ果てた研究室を一瞥すると、静かに、しかし有無を言わせぬ口調で告げた。


「実験は、失敗した。荷物は、未来には届かなかった。いいね。」


彼女はそう言うと、一枚の水晶板でできた、公的な通知書のようなものを私に手渡した。

私は、老婆を睨みつける。


「…貴様、何者だねぇ…?」


老婆は、答えなかった。ただ、悲しげに微笑むと、その姿は陽炎のように揺らめき、静かに消えていった。


私は、震える手で、老婆が残した通知書を魔術的に解析する。そこには、荷物を「押収」したという事実と共に、未来の私から、過去の私に宛てた、ただ一つのメッセージが隠されていた。


『過去の私へ。実験は、成功してはいけなかった』


メッセージは、簡潔に、しかし、私にとって最も恐ろしい事実を告げていた。

あの日、過去からのデータクリスタルを受け取った未来の私は、「時間転送の完全な成功」という、最後のピースを手に入れた。それを基に、私は、宇宙のあらゆる謎を解き明かす、究極の数式「万物理論」を、ついに完成させてしまった。

その結果、世界から、全ての「未知」と「謎」が消え失せた。探求すべきものは、何一つなくなった。それは、科学の終わりであり、芸術の終わりであり、そして、エラーラという存在意義の、完全な終わりを意味していた。


未来の私は、全てが解明された、完璧で、退屈で、死んだも同然の世界で、たった一つの「解けなかった謎」…すなわち、「どうすれば、この成功を無かったことにできるか」という問いだけを、永遠に考え続けることになった。そして、ついに、過去の自分を妨害するという、唯一の解にたどり着いたのだ。


私は、完全に思考停止した。

自分の「失敗」は、未来の自分が、自らの「完璧すぎる成功」を阻止するために仕組んだ、壮大な自作自演だったのだ。そして、あの老婆は、全ての探求を終え、絶望の中に生きる、私の成れの果ての姿。


「この…私が…あんな、老いぼれに…?」


その事実は、私にとって、どんな怪異よりも恐ろしく、屈辱的だった。

だが、次の瞬間。私は、狂ったように笑い出した。


「フフフ…アハハハハ!私の実験は失敗したのではない!未来の私が、この私自身に、敗北したのだ!なんと、なんと滑稽で、美しいパラドックスだ!」


私は、研究日誌を取り出すと、震える手で、しかし、恍惚とした表情で、ペンを走らせた。


「結論。実験は『失敗』することで、成功した。未来の私の介入により、観測対象であった『未来への転送』は阻止されたが、それにより、より高次の観測対象…すなわち、『私自身による、私自身への因果律干渉』という、最高のデータを取得することに成功した」


私はペンを止めると、不敵な笑みを浮かべた。


「未来の私よ。君が仕掛けたこのゲーム、実に面白かった。次の実験は、君を出し抜いて、この私自身を観測してやろうじゃないか…!」


私は、自らの失敗すらも、最高のデータとして、未来の自分という、最も手強く、最も面白い研究テーマへと昇華させるのだった。

全く、退屈している暇など、ありはしない。

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