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【5位】異世界探偵エラーラ・ヴェリタス  作者: り|20↑|札幌
エラーラ・ヴェリタス短編集
28/208

第24話:記憶と存在!

私の名はエラーラ。私の興味を引くのは、常に、常識では説明のつかない「現象」だけだ。


王都の魔導学院の古文書室で、私は実に興味深い地方報告書を発見した。「霞深い谷の集落にて、児童の連続失踪事件が発生。しかし、奇妙なことに、失踪した児童の存在を記憶しているのは、その両親のみ。兄弟姉妹、友人、学校の記録から、その子の存在が『最初からなかった』かのように、完全に消滅する現象を確認」


「フム…」


私は、思わず笑みを漏らした。


「特定のコミュニティにおいて、特定の個人の存在情報が、観測者(親)を除いて、局所的に消去される現象、か。これは、情報物理学の根幹を揺るがす、実に興味深いパラドックスじゃないか!実験の価値はありそうだねぇ!」


私は、最低限の観測機材を鞄に詰め込むと、すぐさまその霧深い谷の町へと馬車を走らせた。

町は、静かすぎた。活気がないわけではない。子供たちは元気に遊び回り、大人たちは黙々と仕事をしている。だが、その平穏な日常のすぐ隣に、まるでぽっかりと穴が開いたかのように、深い悲しみを湛えた大人たちが、亡霊のように佇んでいるのだ。誰も座っていないブランコを、穏やかな笑みで押し続ける母親。食卓に、三人分の食事を並べ、一人分だけが手付かずに残されていくのを、ただじっと見つめる父親。

私は、息子を失ったと訴える一人の女性に話を聞いた。


「タロウが…!昨日の夕方まで、あそこで遊んでいたんです!なのに、誰も…!誰も、あの子を覚えていないんです!妹のハナコまで…!」


母親が、隣にいる幼い娘の肩を掴む。


「ハナコ!お兄ちゃんがいたでしょう!?昨日まで、一緒に遊んでいたじゃない!」


娘は、怯えた目で母親を見上げ、首を傾げた。


「お兄ちゃん…?タロウって、誰…?私、一人っ子だよ、お母さん…」


母親は、その場で崩れ落ちて泣きじゃくった。

なるほど。矛盾したデータだ。だが、嘘をついているようには見えない。これは、本物の「現象」だ。

私は、携帯式の魔導観測器で、町のエネルギーの流れをスキャンした。ほとんどの場所は正常値だ。だが、一か所だけ、異常な精神エネルギーの残滓と、微弱な時空の歪みが観測された。町の外れ、森の奥深くにある、打ち捨てられた古い神社。

私は、その日の夕暮れ時、気配を消して、その神社へと向かった。

神社の境内には、町の子供たちが十人ほど集まっていた。その中には、先ほどの少女、ハナコの姿もあった。


「さあ、はじめようぜ!」


「今日の鬼は、誰にする?」


子供たちは、楽しそうに、しかし、どこか儀式めいた雰囲気で、奇妙な歌を歌いながら、今日の「鬼」を決めている。


「カクレンボ鬼を、はじめよう。鬼が見つけるまで、帰れない」


鬼に選ばれたのは、ハナコだった。彼女は、境内の中央にある巨大な御神木に向き直ると、顔を木に押し付け、か細い声で数を数え始めた。


「いーち、にーい、さーん…」


その瞬間、私の観測器が、甲高い警告音を発した。ハナコの自我…精神エネルギーが急速に低下し、代わりに、御神木の中から、古く、飢えた、得体の知れない意識が、彼女の身体を乗っ取っていく!


「…きゅうじゅうきゅう、ひゃく。もう、いいかーい」


振り返ったハナコの瞳は、子供のそれではなく、底なしの闇を湛えていた。彼女は、ぎこちない、人形のような動きで、森の中へ隠れた子供たちを探し始めた。

やがて、鬼…ハナコは、灯篭の陰に隠れていた一人の少年を見つけた。だが、「みいつけた」とは言わない。ただ、その少年の肩に、そっと、触れるだけだった。


触れられた少年は、悲鳴も上げず、抵抗もせず、その身体が淡い光の粒子となって、鬼の身体に吸い込まれるように、掻き消えてしまった。


「フム…被検体の生体情報が、純粋な精神エネルギーに変換・吸収された、か。実に興味深い捕食システムだねぇ」


遊びが終わり、子供たちは何事もなかったかのように家に帰っていく。消えた少年のことなど、誰も話題にしない。まるで、最初から、この遊びは一人少ない人数で始まっていたかのように。

私は、この怪異が、神社の御神木を依り代とし、子供たちの遊びを儀式として利用して、その存在と記憶を「捕食」する、記憶捕食型の怪異であると結論付けた。


翌日、私は子供たちの輪に加わった。


「フフフ、面白いじゃないか。私もその『鬼』とやらになってみたいものだねぇ」


珍しい魔導具や、王都の甘い菓子を餌に、私はすぐに子供たちの人気者になった。そして、昨日の歌と、鬼を決める儀式を注意深く観測し、その法則性をハッキングした。次に鬼になるのは、私だ。

日暮れ時、神社の境内で、私は「鬼」に選ばれた。

私は、御神木に向き直り、ゆっくりと数を数え始める。


「いーち、にーい、さーん…」


背後から、冷たく、巨大な意識が、私の精神を乗っ取ろうと侵食してくる。私の意識に、直接語りかけてくる。『忘れろ…忘れろ…全てを忘れ、我に喰われよ…』と。


だが、その意識が私の精神の深淵に触れた瞬間、怯んだ。そこにあったのは、子供の無垢な恐怖心ではなく、万象を解き明かそうとする、冷徹で、底なしの「知的好奇心」の渦だったからだ。


「なるほど…君の正体は、子供たちの『忘れたい』という無垢な願望…例えば『明日の口頭試問、なくなればいいな』といった些細な祈りを糧にして、実体化した記憶改竄系の魔力生命体、というわけか!面白い!実に面白いじゃないか!」


私は、侵食してくる怪異を逆に解析し、そのシステムの根幹を掌握した。怪異は「忘れる」ことで力を得る。ならば、その逆を行えばいい。


「…きゅうじゅうきゅう、ひゃく。もう、いいかい」


振り返った私の声は、怪異のそれと混じり合い、不気味に響き渡っていた。私は、隠れている子供たちには目もくれず、静かに目を閉じた。

私の意識は、今や完全に一体化した怪異の精神の深淵へと潜る。そこには、これまで喰われてきた、何十人もの子供たちの、断片化された存在データが、涙のように漂っていた。


「これより、実験の最終フェーズに移行する」


私は、この怪異のルールを、支配者として、宣言した。


「『存在データ復元シーケンス、開始』」


「『被検体番号一番、スズキ・タロウ、七歳。存在情報、破損率三十パーセント。観測者である母親の記憶データをプライマリキーとして、周辺参加者の欠損データを補完。再構築、実行レストア』」


私の論理的な命令が、怪異の曖昧な本能を上書きしていく。「忘れる」ことで存在する怪異は、その存在を強制的に「思い出させられる」という、未知の攻撃に、内側から絶叫する。


「『被検体番号二番、サトウ・ハナコ、六歳。再構築、実行』」


「『被検体番号三番…』」


私が最後の子供のデータ修復を完了した瞬間、神社の境内が、眩い光に包まれた。

光の中から、これまで消えていた全ての子供たちが、ぽかんとした顔で、次々と姿を現した。

同時に、町中の人々の脳裏に、消されていたはずの、失われた子供たちや友人たちの記憶が一斉に蘇る。

あちこちで、泣き声と、喜びの叫びが上がった。


「タロウ!タロウじゃないか!」


「お兄ちゃん!ごめんなさい、ごめんなさい!」


町は、悲しみと再会の、混沌とした喜びに満たされた。

私は、その光景を、興味深そうに眺めている。怪異は、その力をほとんど失い、御神木の中で、静かに眠りについたようだった。

私は、研究日誌を取り出すと、満足げに書き記した。


「結論。記憶捕食型の怪異は、存在データの上書きによって、その機能を無効化できる。フム…興味深い。悲しみを消去するよりも、悲しみを『取り戻させる』方が、システム全体としては、より安定した状態に移行する、と。実に、非効率で、人間的なバグだねぇ」


私は、涙の再会を果たす家族たちには一瞥もくれず、次の興味深い「現象」を求めて、静かにその場を立ち去るのだった。

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