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第2話:新たなる天才!

「フム?」


それが、彼女の最後の言葉だった。

僕は、手にした水晶のロッドを、血糊と脳漿で汚れたそれを、静かに床に置いた。

ロッドが、カラン、と乾いた音を立てる。

目の前には、この世界で「最強」と呼ばれた女が、白衣を赤黒く染め、まるで壊れた人形のように、床に転がっている。


(被検体01番:エラーラ・ヴェリタス)


(仮説:『最強』の個体であっても、警戒ゼロの状況下においては、単純な物理的奇襲で、容易に生命活動を停止させられる)


(結果:実証。極めて良好なデータが取得できた)


僕は、彼女の開かれたままの瞳を見下ろした。そこには、死の瞬間まで「なぜ?」という純粋な「知的好奇心」が浮かんでいた。

ああ、なんと美しい。なんと芸術的な最期だろうか。

僕は、この世界に来て、一ヶ月。

森で目覚め、現状を把握し、そして、この街にたどり着いた。僕の目的は、前の世界と何も変わらない。

「観測」し、「実験」し、「芸術(ころし)」を創る。

そのために、最適な隠れ蓑が必要だった。

「王都最強の魔導師」。

その噂は、僕の好奇心を刺激するには十分すぎた。

僕が記憶喪失の天才少年を演じれば、彼女は必ず僕を「興味深いサンプル」として手元に置くと……僕は「論理的」に予測していた。

そして、彼女は、僕の予測通りに動いてくれた。


(ありがとう、エラーラ先生。君は、僕のこの世界での、最初の、そして、最高の『作品』だ)


さて、と。

僕は、顔にかかった返り血を、ハンカチで丁寧に拭った。

ここからが、第二の実験だ。

僕は、エラーラの研究室を徹底的に「破壊」し始めた。棚を倒し、薬品をぶちまけ、そして、彼女の魔術道具の一つを手に取り、窓の外壁に向けて、無差別に「初級火炎魔法」を連射した。


「フム。こうかね?」


僕は、彼女の口癖を真似てみた。

気分がいい。

研究室が、小規模な爆発を起こす。

よし。完璧な「襲撃現場」の完成だ。

僕は、自分の服をわざと引き裂き、腕に浅く切り傷をつける。

そして、練習してきた、最高の「恐怖」の表情を浮かべ、扉を蹴破り、外へ飛び出した。


「た、助けて! 助けてくれえええええッ!」


僕は、王都の警備府に向かって、ただ、泣き叫びながら、走った。


「……タイガ君! 無事か!」


警備府に転がり込んだ僕を、カレル警部が、血相を変えて抱きとめた。


「カレルさん……! あ……ああ……!」


僕は、恐怖で声が出ない少年を、完璧に演じた。


「エラーラ先生が……! 研究室に、黒い、影のような『怪物』が……!」


「怪物だと!?」


「先生は……僕を、突き飛ばして……『逃げろ!』って……! そしたら、爆発が……! うわああああん!」


僕の迫真の「証言」と、炎上する「エラーラの研究室」は、王都を震撼させるには十分すぎた。

王都の誇り、最強の魔導師エラーラ・ヴェリタス、謎の「怪物」の襲撃により、死亡。

王都はパニックに陥った。

そして僕は、「エラーラが、命を賭して守った、唯一の生存者」として、悲劇の英雄となった。


「可哀想に……。あのエラーラ先生が、命懸けで……」


「きっと、特別な才能を持った子に違いない」


「カレル警部。あの子は、我ら警察が責任を持って保護しよう」


僕の新しい隠れ蓑は、「王都警察」そのものになった。

僕の、新しい「被検体」は、この街の「秩序」の番人、カレル警部、君だ。


(被検体02番:カレル警部)


(仮説:『正義感』の強い個体は、『同情』と『悲劇』というデータに、極めて脆弱である)


僕は、カレル警部の家に引き取られた。

トラウマに怯える無垢な少年を演じながら、僕は、僕の「芸術活動」を再開した。

最初の「作品」は、金貸しのデミトリ。

僕は、冒険者ギルドで「擬態スライム」を購入。エラーラの研究室から拝借しておいた、彼女の「研究ノート」の断片を参考に、「夜吻の花弁」の毒を、皮膚吸収率が最大になるよう、調合した。

客を装い、彼に毒のスライム金貨を渡す。彼がそれを口元へ運んだ瞬間、瞳孔が開く。心臓麻痺。完璧だ。

僕は、窓枠に「夜吻の花弁」を一枚、サインとして残した。


「……また、殺人か!」


カレル警部が、現場検証から、苦虫を噛み潰したような顔で帰ってきた。


「どうしたんですか、カレルさん?」


僕は、怯えた目で、彼に温かいハーブティーを差し出した。


「ああ、タイガ君……。すまない、気を使わせて。……ひどい事件だ。高利貸しのデミトリが、心臓発作で死んだ。だが、窓には奇妙な花弁が……」


「……花弁?」


「ああ。まるで見せしめだ。……タイガ君。君を襲った『怪物』と、何か、関係があるのかもしれない」


(フフフ……。観測、良好。カレル警部は、エラーラ殺害犯と、デミトリ殺害犯を、同一犯として結びつけ始めた。素晴らしい)


次の「作品」は、騎士バルト。

エラーラのノートにあった「魔術式の再構築理論」は、実に、僕の芸術的感性を刺激した。

僕は、初級魔術「金属加熱」の巻物を購入。エラーラの理論を応用し、安全装置を全て解除し、熱量変換率を3000%に引き上げた、「人間オーブン」のためのオリジナル魔術を構築した。

夕暮れの練兵場。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああッ!!」


自慢の鎧の中で、彼が、生きながらにして、己の体液で蒸し焼きにされていく。その音と、匂い。実に美しい。

僕は、その足元に、僕が作り変えた「歪な魔術式」をサインとして描き残した。


「二件目だ!」


カレル警部は、荒れていた。


「デミトリに、バルト卿。どちらも街の鼻つまみ者だが……殺害方法が異常すぎる! 花弁に、魔術式……。まるで、芸術家気取りの狂人だ!」


「……カレルさん」


僕は、震える声で彼に言った。


「その……『怪物』が、エラーラ先生を殺した『怪物』が、まだ、この街に……?」


「……ッ!」


カレル警部は、僕の肩を、強く掴んだ。


「タイガ君、すまない!不安にさせた!だが安心しろ! この私が必ず、お前と、この街を、守ってみせる!」


(……仮説:『守るべき対象(僕)』の存在は、『正義感』の強い個体の論理的思考を、著しく阻害する)


(結果:実証。彼は、僕を『守る』ことに固執し、僕を『疑う』という、最も論理的な思考を放棄した)


僕は、カレル警部の「捜査協力」という名目で、警察の「証拠品保管室」への自由なアクセス権を手に入れた。


僕の「芸術活動」は、順調に続いた。

街は、正体不明の連続殺人鬼の恐怖に支配された。

そして、僕は、カレル警部に、僕の「天才的な洞察力」を披露し始めた。


「カレルさん。この花弁、北の森にしか咲かないものです。エラーラ先生を襲った『怪物』も、森の方から来たと、僕は記憶しています」


「……なんだと!?」


「この魔術式、エラーラ先生の研究ノートにあった、古代の『熱量変換式』に、似ている気がします……。先生は、これを『危険すぎる』と、封印していましたが……」


「……まさか!」


僕は、僕が残した「パンくず」を、僕自身が「発見」し、「解説」してみせた。

カレル警部は、僕の「博識」と「鋭い洞察力」に舌を巻いた。


「タイガ君……君はすごい。エラーラ先生が命を懸けて守っただけのことはある……。君がいれば、あるいは……」


(被検体02番:カレル警部)


(最終段階へ移行。仮説:『信頼』は、個体の『警戒心』を、完全にゼロにする)


(実験、開始)

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