第8話:運び猫!
私の名はエラーラ。私の興味を引くのは、常に、常識では説明のつかない「現象」だけだ。
今回、私の好奇心を刺激したのは、寂れた港町で起きている、一連の猟奇的な事件だった。朝、目を覚ますと、自宅の玄関先に、人間の指や耳、歯といった「身体の一部」が、まるで贈り物のように置かれているという。被害者は、皆、日頃から野良猫に餌やりをしている、心優しい住民ばかり。
「フム…特定の動物の『贈与』という習性が、切断された人体の一部を輸送する手段として利用されている、と。つまり、この地域の猫どもが、怪異として機能しているわけか。実に興味深い物流システムじゃないか!」
私は、現地調査のため、その港町へと向かった。
町は、潮の香りと、魚の腐敗臭、そして、無数の猫の気配に満ちていた。
「忌々しい。なぜ私の興味を引く現象は、こうも非論理的な生物に付きまとわれるのかね」
足元にすり寄ってくる猫を、私は心底鬱陶しそうにあしらいながら、聞き込みを開始した。そして、ある老婆の家を見渡せる宿屋の二階に陣取り、最初の観測を始めた。
その翌朝、私は決定的な現場を目撃した。
一匹の三毛猫が、老婆の家の玄関先に現れると、口にくわえていた、まだ新しい「人間の小指」をそっと置き、満足げに一声鳴いて去っていったのだ。直後、牛乳瓶を取りに来た老婆の、甲高い悲鳴が響き渡る。
「素晴らしい。最高のサンプルじゃないか」
私は、混乱する人々を尻目に、その指を冷静に回収した。
私は、町の運び猫たちのうち、特に活発に動いている数匹に、追跡用の微小な魔術的発信器を取り付けた。彼らがどこから、そして誰の命令で、それらのパーツを運んでくるのかを探るためだ。
発信器が示した先は、港の廃墟区画にある、巨大な冷凍倉庫だった。分厚い鉄の扉をこじ開け、内部に潜入する。そこは、単なる倉庫ではなかった。
埃をかぶった床には、削りかけの石材や、歪んだ金属のオブジェが散乱している。壁には、人体の筋肉や骨格の、おそろしく精密なスケッチが、何枚も貼り付けられていた。ここは、誰かのアトリエだったのだ。それも、彫刻家か、あるいは、禁忌の錬金術に手を染めた、狂える芸術家の。
そして、アトリエの奥、最も開けた空間で、私は、この怪異の全てを理解した。
部屋の中央には、おぞましい光景が広がっていた。様々な人間の腕、足、胴体、頭部が、黒い粘液状の魔力で、無理やり一つに繋ぎ合わされている。それは、子供が粘土遊びに失敗したかのような、グロテスクで、脈動する、巨大な人型の肉塊だった。
そして、その肉塊の玉座の頂点に、王のように、一匹の隻眼の黒猫が座っていた。
私は、アトリエの隅に、一枚の木彫りのプレートが落ちているのを見つけた。そこには、拙いが、愛情のこもった文字で、こう刻まれていた。
『我が友、ノワールへ』
壁には、その黒猫を描いたであろう、何枚ものデッサンが残されている。このアトリエの主は、この黒猫を、心から愛していたのだ。
そして、私は悟った。この怪異の、あまりにも悲しい真相を。
この黒猫…ノワールは、かつて、このアトリエの主であった、孤独な彫刻家の飼い猫だった。彫刻家は、禁忌の魔術に手を出し、自らの肉体を粘土のように作り変えることで、究極の芸術を創り出そうとしたが、失敗。その身体は、文字通り、肉片となって四散してしまった。
唯一の家族であった主人を失ったノワールは、その強い悲しみと、事故の際に浴びた膨大な魔力によって、怪異へと変貌した。彼は、単純な猫の思考で、ただ一つの結論に至った。「バラバラになってしまったご主人様を、もう一度、元の姿に組み立ててあげよう」と。
彼は、自らの魔力で地域の猫たちを運び猫として支配下に置くと、曖昧な記憶に残る主人の「パーツ」を集めさせた。
私は、物陰に隠れ、衝撃的な光景を目撃した。一匹の運び猫が、新しい「腕」を運んでくる。だが、ノワールは、その腕を値踏みするように一瞥すると、興味なさそうに尻尾を振った。命令を受けた運び猫は、その新しい腕を、再び口にくわえて、倉庫の外へと走り去った。
町の人々が受け取っていた「贈り物」は、怪異からの感謝の印などではない。蒐集の過程で「不要」と判断された、余った部品の返却、あるいは、ただの廃棄処理だったのだ。
私は、静かに、肉塊の玉座に鎮座するノワールの前に進み出た。周囲の猫たちが、一斉に威嚇の声を上げる。
「君が、この実験場の主かね?実に興味深い。君は、失われた主人を、再構築しようとしている。だが、その素材は、あまりに不揃いで、不完全だ。これでは、永遠に完成しないじゃないか」
私は、猫に語りかけながら、懐から一つの「贈り物」を取り出した。それは、私が研究用に創り出した、解剖学的に完璧な人型の魔法人形だった。
「君に、これを与えよう。完璧な『設計図』であり、完璧な『器』だ。これさえあれば、もう、ガラクタの人肉を集める必要はない。君の主人の、本来あるべき、完璧な姿だよ」
隻眼の黒猫は、その完璧な人型のホムンクルスを、じっと見つめた。その唯一の瞳に、初めて、狂気的な執着以外の色…懐かしさと、安堵のような色が浮かんだ。彼は、その小さな人形に、在りし日の主人の面影を見たのだ。
蒐集者の執着が、満たされた。
「オウン…」
黒猫は、一度だけ、悲しげに、しかし、満足したように鳴いた。その瞬間、彼が猫たちにかけていた魔力の支配が解ける。そして、背後にあったおぞましい肉塊は、繋ぎとめる力を失い、悪臭を放つヘドロとなって崩れ落ちた。
隻眼の黒猫ノワールは、玉座から降りると、私が置いたホムンクルスを、まるで自分の子供を運ぶように、そっと口にくわえ、静かに倉庫の闇の中へと消えていった。二度と、彼は、人々の前に姿を現すことはないだろう。
私は、その光景を、失った貴重な研究素材を思い、少しだけ不機嫌な顔で見つめていた。
「結論。町の人々が受け取っていた『贈り物』は、主人の愛ではなく、ただの産業廃棄物に過ぎなかった、と。実に、冒涜的で、最高のデータじゃないか。しかし、私の貴重な魔法人形が、猫のオモチャになってしまったじゃないか」
私が溜息をついて踵を返すと、支配から解放された何百匹という猫たちが、ニャアニャアと鳴きながら、私の足元にまとわりついてきた。新しい主人に、次の「完璧な贈り物」を期待しているのだ。
猫嫌いの私にとって、それこそが、この実験における、最も恐ろしい結末だったのかもしれない。




