最終話・勘違いの正体
「何をしている!」
との鋭い声と共にユベールが現れた。ずんずんやって来て、私の手首を掴みアルベールの腕から離した。
「乱暴するな、ユベール」
「お前こそ何をしている、アルベール。浮気していると恋人に言いつけるぞ!」
「何を馬鹿なことを言っている」呆れる兄。「お前がいつまでもだらしないから、私が話しているのだろう。このままでいいはずがないではないか」
「分かっているが、余計な世話だ。彼女には俺が用があるから外してくれ」
アルベールはそうかと一言、立ち上がった。
「いい加減にしろよ」と弟の肩を叩く。「様子がおかしいと気づいている奴らもいる。エルミだってこんな状況は辛いはずだ」
「分かっていると言っている」
「そう見えないのだよ」
ため息交じりで言うとアルベールは、ではまたねエルミ、と部屋を出て行く。
その姿を見送ると、ユベールは先ほどまで兄が腰かけていたところに座った。相変わらず眉間にシワが寄り、不機嫌そうだ。視線も合わさない。
だけれど訊かなくては。アルベールが話していた聖女の矢に関することを。
と、ユベールは他所を向いたまま片手を差し出した。小箱を持っている。
「何?」
「……一日早いが、誕生日おめでとう」ぼそぼそと紡がれた声。「誰よりも先に祝いたかった」
それは、どういう意味なのだろう。
心臓がバクバク鳴り始める。
ユベールは私を嫌いなのだよね。だけど嫌いな相手を祝いたいと思うかな。思わない、と思いたい。
「ありがとう」
今後は緊張で声がかすれる。小箱を受け取り開けると、こまどりの可愛らしいブローチが入っていた。それは最近私が好きなモチーフだ。ユベールは嫌いなはずの私の好みを調べて選んでくれたのだろうか。
「エルミ」
名を呼ばれ目を上げると、ユベールが真っ直ぐに私を見ていた。
「お前に謝らなければいけない。俺は、お前を騙した」
気のせいなのか、不機嫌な顔が泣きそうに見える。
「お前は間違いなく聖女だ。一般には矢のことしか公表をしていないが、聖女選定は二段階だ。最初に水盤に女神が選んだ新聖女が映る。お前だった」
「私……」
うなずくユベール。
「その説明は俺の役割だった。だけどお前が勘違いをしていることを利用した」
聖女は私。事故じゃない。
背負っていたものが軽くなる気がするけど、それよりも何よりも心臓が爆発しそうだ。
「エルミをどうしても諦められない。他の男に渡したくない。勘違いを利用すれば確実に手に入る。そう考えてしまった」
「それって」
「好きだ、エルミ。お前がアルベールを好きなことも俺を苦手なことも分かっているが、諦めきれない」
ん?なんですって?
「ユベール」
「卑怯なことをしてすまない。婚約さえしてしまえばなんとかなると思っていた。お前の心理的負担なんて全く考えていなかった」
「ま、待って!」
「俺はアルバンのように口も上手くないし、スマートな振る舞いもできない」
「待ってってば!」
急に饒舌になったユベールの両手を掴んだ。
「……本当にすまない」
しおらしくうなだれるユベール。
「私、アルベールを好きではないし、あなたを苦手でもないけれど」
「何を言う。エルミがそう言った」
「いつ!?」
「二年ほど前に令嬢たちと話していた。好きなのはアルベールだと」
「そんなはずはないわ!二年よりずっと前からあなたが好きだもの!」
「え?」
「あ」
つい勢いで言ってしまった。顔が熱くなる。
「……もし私がそう言ったのだとしても、きっと前後に何か別の言葉がついたのよ。服のセンスとか、声とか」
そうだ。以前、結婚するなら誰、とか、愛人にするなら誰といった話題が流行ったときがあった。
もしかしたらそんな話題だったのではないかと言うと、ユベールも自信がなくなったのか戸惑いの表情になった。
「だが本当は俺が苦手だと。王子だから仕方なく友人付き合いしていると聞いた」
「誰に?」
「誰だったか。リアーヌのそばによくいる令嬢だった。お前はアルベールやアルバンみたいな正統派王子が好みで、俺のような型破りを相手にするのは疲れると話していると言っていた」
「そんな他人の話を信じたの?」
「だって、そうだ、アルバンが同意したから」ユベールははっとした顔をした。「……そうか、アルバン。あの頃からか。牽制だったのだな」
ひとりで納得した様子のユベールは、大きく吐息した。心なしか、その顔が赤い。
「ではエルミはアルベールを好きではないし、俺を苦手でもないのか」
「ええ。だけどユベールこそ。リアーヌを好きなのではないの?いつも彼女のそばにいるではないの」
「リアーヌを?まさか!彼女の近くにいれば、お前のそばにいられるからだ」
また、顔が熱い。
「しょっちゅう私を睨んでいたわ」
「お前を睨んだことなどない!」ユベールはまたしょんぼりとした。「だけどそれは心当たりがある。人相が悪いとアルベールやドニに注意されていたからな。実はお前に迷惑がられていたと知って、何を話していいのか分からなくなったんだ」
ということは、私はユベールがリアーヌを好きだと勘違いをしていたの?
そしてユベールは私がアルベールを好きだと誤解をしていたの?
二年も?
「馬鹿みたい。傷つくのが嫌だなんて子供みたいなことを言っていないで、あなたに向き合っておけばよかった」
ユベールは確実に泣き出す寸前の顔をしている。
「俺には勇気がなかった。挙げ句にエルミを騙して婚約者の座におさまった。卑怯で愚かな馬鹿者だけど、エルミと一緒にいたい。国王なんてなりたくないけど、エルミと共にいるためならなってやる。あの日、聖女の矢を俺が追ったのは、断られることを覚悟のうえで求婚するつもりだったからだ。改めて頼む、エルミ。俺を夫に選んでほしい」
「ユベール。私エルミはあなたを夫に選びます。意気地無しの私だけれど、あなたが好きよ。伴侶になってくれる?」
「喜んで。選んでくれて嬉しい……」
ユベールの最後のほうの声は何を言っているのか、よく分からなかった。
気づけばふたりで両手を握りしめあったまま、号泣していた。
多分、心配になって様子を見に戻ってきたのだろうアルベールが、
「おいおい、人目につくとまずいぞ」
と扉をきっちり閉めていった。
閉まった扉を見て、ようやく笑みがこぼれた。
「私、あなたに話したいことがたくさんあるわ」
ユベールも涙でぐしゃぐしゃの顔で笑った。
「俺もある。今から二年分を取り戻したい」
私たちが視線を合わせて微笑みあっていたその頃。
神殿の奥の水盤に、十数年に一度しか起こらない変化があったという。それは女神の満足を示す吉兆らしい。
そのおかげなのか、ユベールと私は秋の例祭で国民に熱狂をもって支持される。
それはもう少し先のお話。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。
以下、独り言なのでご興味ある方のみ、お読み下さい。
こちらの作品は元々は短編だったのですが、アップ直前で誤って削除をしてしまい、諦めきれずに連載に変えてちょこちょこ書いたものです。
あげく元作品を忘れてしまい、ほぼ別ストーリーになってしまいました。
そのような経緯の作品ですが、最後までお読みいただけて嬉しいです。 ありがとうございました。
◇今回のお供音楽◇
telephones Monkey Discooooooo
ONE OK ROCK 完全感覚Dreamer
MAN WITH A MISSION evills fall
今回気合い入れに、大変お世話になりました。