35.怒られるって思ったら、謝ったり顔を見たりするの、ためらいませんか?
「ヴァニラ。別に、怒ってるわけじゃないから、ここを開けなさい」
「ヴァニラ。階段を踏み外したと聞いたわ。どこか怪我をしたのではなくて?」
2人は心配してくれてる。怒ってるかどうかは判らない。でも、まったくなにも思ってない訳ではないだろう。
「……脛と膝をぶつけただけです」
「あざになったり擦りむいたりしてない? 駆け上がれていたのだから、骨には異常はないとは思うけれど、気になるから、看せてちょうだい?」
ルーティーシャさん、いつも優しいなぁ。
「……大丈夫です。ぶつけた痕が少しと皮一枚剝けただけです」
スカートをめくって、ぶつけた所を見る。横一文字に跡がついて、まわりかすりむけてる。少しだけ血も滲んでた。
「ヴァニラ。傷を治すわ。開けてちょうだい?」
「……大丈夫です。ありがとうございます。
ルーシェさんもお仕事頑張ってきてください」
ああ、私の悪いクセが…… せっかく心配してくれてるのに、ルーシェさんも怒ってないって言ってるのに、話も聞かないで、逃げてる。
怒られたくない、嫌われたくない。面倒なヤツだと思われたくない。後から考えれば逆効果なはずなのに、顔を見て話すのが怖い。今は放っておいてと殻に籠もってしまう。
「ヴァニラ、開けなさい」
お貴族様の、それも上級貴族の当主様が命令してるのに反抗し続けるなんて、きっと本当はあり得ない。不敬だと罰せられてもおかしくないのかもしれない。
でも、1度意地を張ると、素直に扉を開けることは、負けのような気がした。
──何に?
ルーシェさんの鍛練の邪魔をしたのは確か。2人に心配させたのも確か。勝ち負けじゃないはず。
──誰に?
扉を開けて顔を見せろと言うルーシェさん?
傷を看たいと言ってくれるルーティーシャさん?
この流れを傍で見てるメイドさん達?
それとも、意地になってしまった自分だろうか。
「ごめんなさい。今は、ご飯もいいから、休みたいです……」
小鳥さん達を眺めながら、お布団に潜り込む。頭にとまってた子は自ら窓枠に戻り、私の手に埋まってた子は、そのまま一緒に掛布の中へ。
「食べたくないというのなら、それでもいいわ。ただ、怪我の様子を見せてちょうだい。それさえ済めば、好きにしてていいから」
ルーテーシアさんの優しい気遣う声が胸に痛い。
結局、私の我が儘を通しきれず、ベッドの外におりて、鍵を外す。
「……ルーティーシャさんだけなら」
「わかったわ。女性の寝室ですものね」
言葉通り、ルーティシアさんだけが入ってくる。
俯いて彼女を招き入れたが、扉を閉めようとしてふと顔をあげた時に見たルーシェさんの表情は、なんだか泣き出しそうに見えた。
なんで、怒る立場のはずのルーシェさんが泣きそうなの?
後ろ手に扉に鍵をかけ、もやもやしていると、また小鳥さん達が寄って来て、慰めようとしてくれているのか、頭にとまったり、肩にとまって頰に頭をスリスリしたりしてくれる。
「まあ、仲がいいのね。不思議だこと」
椅子に座った私のスカートをめくりながら、ルーテーシアさんが微笑んでくれる。
「森の中で見た時は遠巻きで近寄ってこなかったんですけど……」
「同じ子なの?」
「判りません。でも、種類は同じだと思います」
「仲良くしたくて様子を覗っていたのかしら。この辺りでは見かけない種類ね? あまり詳しくはないのだけれど」
膝の一部が形変わりそうな打ち身を、冷やして血や体液の溜まったのを散らして腫れを引かせ、ゆっくり傷口を塞いでくれる。
「お医者さん、要らないですね」
「そんな事ないわよ? お医者さまほど知識がないもの。なんでも治せるわけではなくてよ」
そりゃそうか。正しい知識がなければ治せない。童話やゲームのような、なんでも治る不思議魔法とは違うんだな。
「膝の方が重傷だったようね。これなら脛はすぐ痛みも引くわ。よかったわね。お兄さまも安心されるでしょう」
「ルーシェさん……」
「ん? お兄さまがなにか?」
「ルーシェさん、さっき。テラスではちょっと怖い顔してたけど、今、扉の前で、……なんだか泣きそうに見えた」
「そう? それは、ヴァニラを心配してるのよ。自分の魔道で怪我をさせたのではないか、怖がらせたのではないか、怪我はどうなのか、ってね?」
実際、怖い顔だったって今、言ったでしょう?
ふふふと笑いながら、答えてくれる。
「ちっ違います! 怖いとかじゃなくて、びっくりしただけ。思わない時に魔法が弾けて、テラスの石段が壊れて、びっくりしただけ。怖かった訳じゃないです。ルーシェさんも。でも、怒られるって思い込んだから、そんな風に見えただけ……だと思います」
そう。怒られるって思い込んだから、ルーシェさんが怖い顔をしてると見えたのだ。
今、改めて思い出してみれば、強張った顔をしていたのだ。
自分の魔力弾で怪我をさせたのではないか、怖がらせたのではないかと心配して、私が怯えたのではないかときっと向こうもそれを、私の反応を怖がったのだ。
優しい人達だから。
「……ごめんなさい」
扉を開けると、まだ、さっきの泣きそうな顔のまま、ルーシェさんが立っていた。
「怪我は?」
あっと声を上げる間もなくぐいんと、ルーシェさんのお父さん抱っこで捕まり、逃げられない。
やや血の気の引いた綺麗なお顔が間近に迫る。怪我をした部分よりもたくさん、頰に熱が集まる。
小鳥さん達は窓枠にいた子も全員、外に出て行ってしまった。
「階段で膝と脛をぶつけたのはルーテーシアさんが治してくれました。まだ少し痛いけど外傷部分や腫れは治してもらったので、大丈夫です。
テラスでは、砂埃を被っただけで、怪我はしていません」
「そうか。よかった。……食事は?」
「まだです」
タイムリーにぐぐ~っとお腹がなく。恥ずかしいったらないよ。この場面でなくか?
「ベリーをたくさん載せて食べようか。怪我をしたのだから、午後からは鉄分の摂れるものを出してもらいなさい」
「そ、そこまで流血してないけど……」
「野菜が好きなのだったかな? 後、鳥肉をよく食べていたな」
聞いてないのか、決定事項なのか、午後からは鉄分の多いほうれん草とかレバーとか食べることになりそうだ。
ミキプルーンはないのかな?
献立を考えながら、私を抱き上げたまま、食堂へ向かうルーシェさんは少し楽しそうだった。
その後、久しぶりに、ルーシェさんのお膝の上で雛鳥の餌やりプレイを受けました。
ルーシェの明莉への台詞を久しぶりに書くと、カインハウザーとキャラが混じってて、読み返して自分でも笑いました。勿論、修正しました。が、まだ混じってるっぽいところは残ってるかも……




