29.言葉が通じなくても気持ちが通じる穏やかな日々
ルーシェさんが帰ってこなくても、日々は続く訳で、毎日起きたらメイドさんに身支度され、美味しいごはんを食べる。
意外だったのは、お貴族様だからといって、毎日豪勢なフルコースを食べるわけではないと言う事。
なんか、長いテーブルに一族揃って、サラダやスープに始まり、前菜、副菜、主菜、デザートにお口直しとか順番に出て来るイメージ?
確かに、長テーブルに家族が揃って食べるし、コースっぽい食べ方ではあるけど、高級フランス料理やテレビで見る宮廷料理みたいなのではないのだ。
どちらかというと、見た目には拘らずちょっと手のこんだ家庭料理、みたいな?
勿論、とても美味しいし、現代日本のように、合成着色料や保存料などの添加物も化学調味料も人工甘味料も入ってないから、味覚障害を起こすことなく美味しく、素材を楽しむことが出来る。アレルギー体質の私にはとても嬉しい環境だ。
午前中はお勉強のお時間で、お脳の機能や効率から言って、朝に行うのは正しいと思う。思うが、元々の性能がポンコツなのはどうしようもない。
日々の訓練で少しづつ向上させるしかない。
何度覚えたつもりでも消えてなくなるこの国の言葉。正しく聴き取れないから、同じ舌使いが出来ないから、毎回違う発音を練習しても捗らない。
お借りした絵本や児童書を書き写して、たぶんこう?な和訳を隣に書いてみる。が、正しいのか確認が出来ないから、意味あるのかないのか判らない。
判らないから、やる気もイマイチである。
図書室でのお勉強以外にも、お庭に出て、動植物の名前の練習も始める。
あのでっかいワンコは、心に姿を思い浮かべ、念じてからお脳と胸が温かくなるのを感じとって、その温かさを切り取って言葉に載せるイメージで、大声でルイヴィークと呼べば、少し待つと、お庭のどこかから飛ぶように走って来る。
魔術は使えなくても、世界中そこかしこにある魔素が、この黒髪に集まるのを魔力に変換して、溜めたり錬ったりするのはジュードさんに習ったので、取り敢えず、魔力操作だけは出来る。
頭の中でイメージするのは、漫画描き物書きならではのスピードでサクサクイメージだけは出来るから、そこに魔力が集まるイメージも本当に正しいやり方なのか解らないなりにイメージして、魔法を使うつもりになってやってみる。
魔力が載った言葉(のつもり)だと、多少遠くにいても、ルイヴィークちゃんは耳ではなく感知して来てくれるのだ。
これだけは、教えられずとも出来るので、お母様もるーてーしあさんも誉めてくださる。
メイドさんに手足を洗浄してもらったらお昼ご飯。
お昼はややたっぷりめ。
るーてーしあさんに歯磨きをしてもらったら、サンルームで少しまったりタイム。
その後、お習い事が待っている。
私は令嬢じゃないんだから、やらなくても良くない? とは思うんだけどね。
まあ、刺繍もパッチワークもレース編みも、上手くないけど嫌いじゃない。漫画やイラストを描くようにスラスラとは出来ない(漫画もプロみたいに上手い訳じゃなくてよ?)けど、無心で、或いは別事を夢想しながら、一心不乱に出来るので、考え事にはいいのだ。
眼が疲れてきたらベリーの乗ったタルトを、お母様の丹精なさったハーブティーで食してから、ルイヴィークちゃんとお昼寝タイム。
その後も、絵本を見る、お習い事のお復習い、お母様のお庭の手入れのお手伝いなど。
お夕食とって、お風呂でゆっくり過ごすと、寝室で美容液すり込まれた後おやすみなさい。
ここまで書くと随分いい生活なんだけど、実際そうなんだけど、2つ不満が、実はある。
1つはどうしようもない。
本が読めない。これが、かなり苦痛だ。小学校の頃から、漫画と小説は毎日読んできた。絵本なら幼稚園にあがる前からだ。この世界に来てからずっと、もう10日以上本を読んでない。泣きたい。
もう一つは、トイレ!
こちらには、ティッシュペーパーもトイレットペーパーもない。
水洗トイレでもない。下水道がどうなっているのかはわからないけど、取り敢えず、お風呂は魔道で水を生成して湯にしてるし、お庭やお台所には、ポンプ式の水道がある。
でも、おトイレは、広めの個室(三畳くらい?)に、穴の空いた、飾り彫りやはめ込んだ色取り取りの石も豪奢な椅子があって、その椅子の下に蓋のついた坪がある。これまた美術品かってくらい緻密な柄で綺麗な、洋風な九谷焼みたいな奴だ。こう、ホテルの玄関とか大企業の受付や社長室とか、貴賓室に飾られてそうなヤツ。
そこに大も小もして蓋をしておけば、定期的に使用人の人が片付けるらしい。
それだけでも泣きそうなのに、トイレットペーパーがないのをどうするのか。
インド式である。
椅子の隣にある綺麗な猫脚の飾り棚に置かれた水差しの水を使って、魔道が得意な人は洗浄し、魔道力が弱い人は、手を濡らしてから拭うのである。
勿論、魔力を集められるだけで魔術は使えない私が、自力で洗えるわけもなく、最初、メイドさんがついて入って来て、それだけでもビックリするのにお貴族様はそれが普通なのか、洗浄してくれると言ったけど、全力で拒否した。
子供の頃は、みんなモーして、親にちゃんと拭けてるか見て貰う文化もあったが、40を過ぎたおとながそれはないよ!
恥ずかしすぎて死ねる。
勿論、洗浄も浄化も出来ない私は、トイレの外で待ってもらってるメイドさんに手も洗って貰うのだ。
早急に、現代知識をチートして、おトイレ環境の改善が今後の課題と思われる。しくしく
そういったことが、今の私の日常生活となっていった。
本当はそこそこおばさんだけど、誰も知らない異世界で、一から何かを学びながら暮らしていく。
ある意味、転生にも近くないだろうか。
今までの便利な文明社会から切り離されて、言葉すらやり直し。
ボヤッとした性格を嗤う人もいない。
急き立てられるように時間に縛られて働いて寝るだけのくたびれた中年女の私を誰も知らない。
とても、気持ちが軽くて、言葉が通じないもどかしさよりも、なんか平和で幸せな気分が上回る。
──もう、このまま帰らなくても良くない?
『モー』は、関西圏だけの文化ですかね? 識らない人もいそう……
こう、おトイレの後、子供が四つん這い、或いは立ったまま両手を足元について、お尻が綺麗に拭けてるか見て貰うヤツ。うちの弟たちも、幼稚園にあがるまではやってたなぁ……
私? 私は、ちびまる子ちゃんと同じで、子供の頃は、色んな事が恥ずかしくて、素直に甘えたり子供らしい行動が出来ない子供でした(笑)
人前でお尻出すなんて出来るかいって幼児なのに、絶対に拒否してました。




