5.公爵邸 一日目の朝──テラスのお勉強会
公爵様改めルーちゃんは、私を抱えたまま、片手で細かい彫刻が綺麗な木の扉を開けて、中に入る。
──一瞬のハレーション……
眩しくて目を瞑る。バランスを崩してクラッとしたら、無意識にルーシェさん(いざ言ってみると、ルーちゃんはやっぱり恐れ多い気がする)の肩と首にしがみついてしまった。
──あ、笑った?
逆光でよく見えなかったけど、たぶん、微笑んだとかやれやれみたいな感じで表情を緩めて、私の背中をぽんぽんと軽くタップされてからゆっくりと床に立たせてくれた。
目が慣れてくると、だんだん室内が見えてくる。
下の方は飴色に艶々した板が張られた白い石壁。
エントランスホールのものより少し小振りのシャンデリアが、灯りの魔力球がなくても陽光できらっきら。
魔法使いの杖みたいな捻れた木で硝子板を支えたローテーブルのクロスが真っ白で、眩しい。
テーブルの左右に、猫脚の可愛い一人掛けソファがあって、右手壁側にお母様が、左手テラスへ抜ける空間側にご姉妹が座っていた。
ちょっと緊張したけど(だってお母様がガン見するもん)、ちゃんとさっきと同じ、やや浅めのカーテシーで挨拶しておく。
──ほおぉ。
悪くない、どちらかというと好感触の吐息が漏れる。
お母様が、何かを訊ねて来る。普通ならお名前かな? でも、どこから来たのかとか、昨夜は大変だったけどどう?とか、ご姉妹のお下がりワンピースが似合ってるとか、色々あり得るよね。
「マゥヴェイヴ・イル。ルーティーシア・マリヴァ・ルッシェンリール。
ルーティーシア・マリヴァ・ルッシェンリール※☆★◆@※●(以下略!)」
うおぅ、ここの人達は、身長高いだけでなく、お名前まで長いのがデフォルトなのか?
ルーシェさんと似た響きだもん、ご姉妹のお名前だよね。
「ヴァニラと申します。
ヴァニラ、ヴァニラ! ヴァニラ、わかります? るーてーしゅあ・まりばさん」
自分の胸を手のひらで押さえ、連呼してみる。
ご姉妹はにっこり微笑んで「ヴァニラ」と呼びかけてくれ、立ち上がって私の手を握る。
何か長々話しかけてくれながら、私の手を引き、自分が座っていたソファの隣に私を座らせる。
すかさず、サッと従僕みたいな少年が、るーてーしょわさんの座ってたソファを引いて通りやすくしてくれたけど、突然男性が近づいた事で、無意識でビクッとしてしまい、ルーシェさんが一言で少年を下がらせる。悪い事したな。
深緑のお仕着せのメイドさんが、素敵なティーカップと、ベリータルトを私の前に並べてくれる。
お母様とご姉妹が交互に、優しい声で何かを話してくれるのだけど、申し訳ないくらいにサッパリわからなかった。せめて単語でも解ればねぇ。
ジッと聴いてみるけど、同じ単語が出て来てるのかすら解らず、まるきりヒアリング出来てないのが情けない。
カナダで、フランス語でウェイトレスさんに話しかけられても、カタカナで知ってる筈の、ボンジュールとかボンソワールとかも判らなかったから、当然、単語も知らない異世界の言葉が聴き取れる筈もない。お馬鹿でスミマセン。
ルーシェさんが何かを話してくれると、お二人の質問がピタリと止まる。
ルーシェさんがソファの肘置きに半分腰をかける。身長もあるけど、足長いなぁ。
優雅な手つきでタルトを取ってまた私の口元に差し出す。
食べろと言う事だよね?
昨夜は半泣きだったからちゃんと囓れなかったけど、今日は食べるよ! 美味しいもの。
タルトを囓りベリーの美味しさに、によによしながら飲み込み、お茶を含む。レモンバームに似たハーブティーだった。
ルーシェさんは、私が食べきるまで見届けて、頭を撫でてくれると、その手が滑るようにまた、頰を撫でてから立ち上がり、部屋の隅に控えていたジャニーズJrを伴って部屋を出て行かれた。
「ルーシェさん!!」
思わず立ち上がって呼びかける。
扉越しに振り返って、優しい顔を見せてくれる。
お仕事行かなきゃですよね。偉い人だって言ってたし。魔道省の局長……どれくらい偉いんだろう?
戻って来て、私の前にしゃがんで、両手を取る。うぐぐ、また子供扱いだな。
何か慰めるような言い含めるような感じで話した後、鼻先を摘まんで左右に振った後、立ち上がると、今度こそ振り返らず立ち去った。
私が置いて行かれた子供みたいに見えるのかな。置いて行かれてはいるけど。
もう泣かないぞ。眉間に力が自然に入ると、ご姉妹──るーてーしゅあ・まりばさんが、にっこり微笑んで、私の手を取り、テラスに出る。
お花や樹木、石、手摺り、色んな物を指さして単語で言ってくれるけど、聞くたんびに違うように聞こえる。
「ウォルアー」
「ウロアー」
「ウォルアー」
「ウォロワー」
これがお水ならウォーターに近いから覚えられるかもだけど、お花なんだよね。たぶん。
もしかして、花びら、とか咲く、とか、雌しべ雄しべ、葉っぱとか言ってたらもう訳わからんけど、初心者にいきなりそこからは入らないだろうから、お花だよね。
「ウォロワァ」
藤色の釣り鐘型のお花を指さして叫んでみる。
ガバッと音がしそうなくらい、ぎゅむーっと抱き締められる。え? 何? なんかした?
その後も、るーてーしゃ・まるばさんが何かを教えてくれて、私が繰り返す事を何度も続けた。
太陽が高くなってくると、手元に影が出来て、顔を上げると、深緑のお仕着せのメイドさんが、日傘を差して立ってた。
るーてーしょあさん、色白で美人さんだもの、日焼けには気を遣わないとですね。
一応メイドさんはふたりいて、私にも差してくれてた。
お母様は、テラスで、白いパラソルの下に二人掛けベンチで座って見てる。
よくよく見ると、パラソルじゃなくて、木枠に布を張ったものだった。枠だけで骨はなく四角くて、小型のテントか、お店の軒先みたいだ。
メイドさんの持ってるのも、虫取り網の枠が四角くて直角に折れてるのに、網じゃなくて白い布を張ったみたいなものだった。
普通の傘みたいなの、こっちにはないのかな。
お日様が完全に中天した頃、女中頭のオバサン(私と変わらなかったりして)が、私達を迎えに来る。
テラスから室内に入ると、るーてーしゅあんが小さい声で呟き、空気中から水分を集めたのだろう、濃い霧が発生して、手を清めていく。
おおー、浄化の魔法……じゃなくて、魔道!
るーてーしょあんも、魔道を操るんですね。
私がじっと見ていると、振り返って、私の手を指指す。
いいえ、私は魔道は使えません事よ。
左右に首を振ると、いたずらっ子に小言を言うお姉さんみたいな感じに怒られた。
「魔法は使えないの」
残念、通じない。手を洗えと、再度促される。
仕方ない、ジュードさんに習った、魔力操作を始める。初歩中の初歩だけど、これしか出来ないからね。
で、火の魔法が暴走すると危ないから、光の魔法を使おうとしてみる。
「るりゅろるれれモヴィーダんルライルロ」
もちろん、ジュードさんから聴いた発音とはだいぶ違います。これでも精一杯な上に、うろ覚えなので間違ってる可能性大です。
当然、集めた魔力のお陰で、火傷しそうに指先は熱くなるけど、光ったりしない。
ちくそ~、ジュードさんはあんなにスラッと、短剣の鞘に光くっつけてたのに。
るーてーしゅおんさんは、慌てて、冷たい霧を私の真っ赤になった手に纏わせる。
冷やしてくれた後、少し光ってホワホワ温かくなったので、治癒かけてくれたのかな?
「ありがとうございます! 私はまだ、魔法……魔道は使えません」
伝わったのかな、何度か頷き、私の手を引いて、リビングルームを出る。
室内がほかほか暖かかった分、日が差さないだけの温度差で廊下はひんやりしていた。
次回、第6話 優しい大きな人達に、子供扱いされる私は中年女 公爵邸 一日目の昼




