2.巨人の里? いや、だから!ちびっ子ぢゃないんだってば!!
つかつかと入室してきた公爵様は、目元を緩められて私を再び抱え上げると、お父さん抱っこでお部屋を出る。
何処行くの?
来た階段を下り、玄関ホールの、ジュードさんが運ばれたのと反対側の扉を潜ると、左手が天井まで硝子張りの廊下で、右手の壁には扉が幾つかある。
3つ目の扉を執事さんに開けて貰い、入るとそこは食堂だった。
奥の、さっきのとは違う構図の、女主人の肖像画の前の席に、執事さんに椅子を引かれて公爵様は私ごと座る。
公爵様のお膝の上か間は指定席なのだろうか。
10人くらい席に着けそうな長めのテーブルの奥の端っこで、公爵様の前に、グラスが2つと、幾つかのカトラリーが並び、執事さんの目配せで、湯気がほこほこのスープが運ばれてくる。
男性が近寄ると条件反射的にビクッとする、未だ涙が溢れないにしても溜まってる私に気遣ってくれてるのだろう、給仕さんも配膳係も深緑のお仕着せのメイドさん達だった。
取り敢えず、夜のお伴ではなかったけど、これはこれで、なんの羞恥プレイやねん。
公爵様は、楽しそうに大きめのスプーンでスープを掬い、そのまま私の口元に運ぶ。
これ、私に食えって? いや、自分で食べられます。いい匂いだね。鶏と野菜ベースのお腹に優しいタイプですね。
私が躊躇いつつ公爵様を見ると、更に笑みを深められて、匙を唇に添わせる。
これは食べなきゃダメなヤツ? マジで?
キョウノワタシハタダノ人形デス。サシダサレタすーぷヲノムダケノ・・・
んな訳あるかー‼
涙滲んじゃうけど、助けてくれた公爵様のために?子供のふりするか・・・
夜中だけど。2人だけの晩餐を、公爵様の手ずから食べさせられるという羞恥プレイで堪能しました。
・・・・・・・・・・と、思ってたら、長いテーブルの反対っかわの末席に、シュワちゃんとジャニーズJrおった! 見られてた。
いつからおんねん。気配殺してぇ。
静かにお食事してたみたい。今は、固まってるけど。
猛烈な羞恥心に顔が真っ赤に染まる。もう、ちょー熱いし。2人と目が合うと、同情的な表情を浮かべ、何度も頷き、頭を下げた。
あれ、判ってる! 私が子供じゃないって判ってる! ジュードさんとなんかいっぱい話してたし、知っててもおかしくないよね。で、今度は助けてはくれないんだ。まぁ、テーソーも命も危険ではないけど。この私のいたたまれなさはどうしてくれるんだ。
更に目を巡らすと、壁に添うように設置された、アンティークショップで売ってそうな北欧家具調のアンティークセティに、お母様とご姉妹も優雅にお座りになられて、観劇でもするかのようにこちらを観てた。もう一度言うね、観てた。
お母様は楽しそうに。
ご姉妹はやや硬い表情で。そりゃそうでしょう。私が姉だったら、正気を疑うと思うもん。
可愛い幼児や赤ちゃんならともかく。ギリギリアラサーに見えたとしても一応成人女性を、お膝に乗せて、あーんとか、あり得ない。例え奥さんや恋人だったとしても、人前であり得ない!
確かにスープは熱すぎず、猫舌の私でも美味しく食べられたし、彩りよく細かく刻まれたサラダも美味しかった。やはり一口サイズに裂いてある蒸し鶏も絶品でした。
たぶん鶏。この世界に家禽がいるか知らないし、もしかしたらコカトリスかも知れないけど、味と食感は鶏。だから私的には蒸し鶏。
食後の珈琲という習慣はないのか夜中だから出て来ないのか、デザートのプチタルトと、なんかの果汁で晩餐のコースはお終い。
このプチタルトがもう絶品でした。久し振りの甘味だった上に、本当に美味しかったの。
タルト好きの私にはたまりません♡ あっさり目のクリームの上に積み上げられた、つやつやのベリー擬き。あれ、こんなに美味しいのね。全部ヤマネちゃん達にあげないでとっとけば良かった。
そこまで思うと、弾け飛んでしまったヤヤとネネを思い出して、溜まってた涙が更に大きく盛り上がり、ポロッと溢れてしまった。
慌てて拭ったけど、それまでニコニコしてた公爵様が急に慌てて、執事さんに何かを命じた後、私の頰を何度も撫でる。
執事さんが、さっきの絶品タルトを7つも乗せたトレーを持ってくる。
公爵様は丁寧にタルトを持ち上げて、私の口にツンとあてる。
泣きながら、一口囓る。本当はひとくちでペロリと入るけど、泣くのを堪えて震える口は、ちょこっとしか開かなかった。
タルト生地が少し崩れて欠片が胸と膝に落ちる。それをぼーっと眺めてた。
眺めてたのが悪かったんだろう。催促したように思われたのかも知れない…。
たぶん、右腕は私を支えてるし、左手は食べかけのタルトを持ってるからだろう。更に言えば、公爵様には私は子供に見えているのだろうから(泣いていいですか)無意識にやったのだろう。うん。そうでないと、この人、マジヤバい人になるのですが。
私の胸の上に落ちた欠片、どうせならタルト持った手で払ってくれるだけか、メイドさんにさせるか見ないふりしてくれればいいのに、その形の整ったお口で、優雅に拾われました。
ガタダッ カチャガチャッチャッカ―ン
後の席の方で、椅子が狼狽える音と、カトラリーがお皿やテーブルの上を踊りまわる音が、やや派手目に聞こえてきたけど、振り返りたくないな―。
たぶん、シュワちゃんとジャニーズJrがびっくり仰天して、椅子から落ちそうになったとか、口に運びかけたものをフォークごと取り落としたとか、ご姉妹がセティからズリ落ちたとか、そういうドリフコントみたいな光景なんだろう。
チラッと見る。怖いけど、状況確認は大切だよね。
さすがお母様は、にっこり慈愛の笑みを浮かべて、最初の姿勢のまま、こちらを観察してた。
ご姉妹のように固まってる可能性もあるけど、目がマジだったので、私を値踏みしつつ、公爵様を観察してるのだと思う。怖っ。
その後、更に2つ、柑橘類の乗ったタルトと、お花の砂糖漬けが乗った綺麗なタルト(指さして指定しちゃった)を食べて、さっぱり系果汁で喉を潤したら今度こそお終い。夜中にお腹いっぱい食べていいのかな。
私が小さく笑い、涙が溢れなくなると、公爵様はほっとして微笑みかけてくれて、私をお父さん抱っこに抱え直して立ち上がり、食堂を後にする。
途中、執事さんやメイドさん達を労ったり、お母様やご姉妹にお休みの挨拶も忘れない。
勿論、シュワちゃん達にも労って挨拶してから退出する。
こんなに礼儀正しいのに、なんで私は子供扱いの上、一歩間違えばただのセクハラ状態なんだろう。解らん。
食堂を出ると、音も振動もたてずに静かに階段を昇り、お風呂に入れられたお部屋に戻る。
女中頭の女性が出て来て扉を大きく開けて迎え入れてくれる。
お風呂で磨かれたり美容液すり込まれたりしてた時は余裕なかったし、建物に入ったすぐはみんな頭を下げてたからよくわからなかったけど…。
みんな、背が高い。異様に。特にシュワちゃん。彼は2mをだいぶ超えてる。
女中頭さんも180㎝前後だし、メイドさんも小さい人でも160、私より10㎝以上大きいし、大抵の子が170前後だ。私の弟が172㎝だからそれを基準に考えて同じくらいなのだ。
執事さんだってお爺さんに近い年齢だろうに、背筋しゃんとして、180㎝前後ある。
だから、公爵様が190㎝と少しなのが随分のっぽだと思ったのは、ここでは間違いだったらしい。むしろ普通なのだ。
私には、たぶん、並んで立てば、話すのに首が痛くなるに違いない。
この40㎝ほどの身長差が、私が子供に見える理由なのかも。(他に何かあるのかな? ないよね?)
公爵様は、三分の一ほど掛布がめくられたベッドに座り、優しくそっと眼鏡を外してベッドサイドの灯りが置かれた小さな飾り棚に置き、私を降ろす。
聖母マリアのような微笑みで私を横たえ、掛布をかけてくれる。私はいたたまれなさにどうしていいかわからず、天蓋の天井をみる。
天蓋! またもやお姫様気分デス。天蓋付ベッドなんて、一生縁がないと思ってた。
ジュードさんの言うとおり、本当に悪くないどころか極上の扱いデス。子供扱いなのを除けば、ですが。
天蓋の天井には、天の川みたいな星の河や星座だろう配置の星が、綺麗に描かれていた。
暗すぎず明るくない、優しい色合いの満天の星だ。
宗教絵画やボタニカル絵画よりはずっといい。
この世界も星はたくさん瞬いている。
それこそ、来たばかりの頃、ジュードさんに会うまで独りで歩いてた間、日本のどこかだと信じてたくらいに。
優しく、誰にでも平等に見守ってくれている。
公爵様は何度か私の髪を優しく撫で下ろして、たぶんお休みの挨拶を囁いてから、やはり涙の滲む目尻にそっと口づけて、静かに部屋を出て行かれた。
次回、第3話 巨人の里? もう、子供ぢゃないと言っても無駄ですか?




