2 魔王様との日常
『魔王様』
今、ここに降臨。
とんでもないところに、迷い込んでしまったのだ。ここは魔王の城であり、魔王の拠点だ。あぁ、養父に食われる心配の次は狼でその次は、なんと、なんとの魔王様に魂まで食われてしまう心配かも。
立った、立った、今立ったのは、まさに死亡フラグ。このまま目覚めなければ良かったのかもしれない。そうすりゃ意識は夢の中、痛い思いはたんこぶだけで、そのまま餌食になったかもしれないのに。
魔王様の整った顔つきを見つめていると魔王様も負けずにこちらをガン見する。今頃、魔王様は目の前の私をどう料理しようか考えているのかもしれない。
「で、お前はなぜあんなトコに一人いたのだ?」
魔王様の、意外にも優しい声色に『優しくして魂を堕落させる手段か!?』と疑いながら口を開き、これまでの経緯を簡単に説明する。自分で思うが、魔王相手に律儀な私だ。しかし、身の上話を聞いてどうするつもりなんだ、魔王様。まさに人の不幸は蜜の味か、生きる糧か。全てを聞いた魔王様は
「ふうん」
さして興味もなさそうに、呟いた。そして、そのまま無表情のまま
「では、この城に気のすむまで滞在するがいい」
はぁ?この魔王の城にですか?
てことは、私を魔王様のしもべその1として華々しくデビューさせる作戦か!
この魔王め!成敗してくれる!ただし私じゃなくて、勇者がな!
…って勇者はどこだよ!?って心の中でツッコミながらも、私の口から出た言葉は
「…お世話になります…」
深々と頭を下げる。
例え魔王であろうが、この深夜の寒空の下、ふかふか毛布に暖かい暖炉の現実に勝つ物は、そうあるまい。
私は、現実に負けた。今この瞬間心が堕落したと言ってもいい。
★ ☆ ★ ☆
あれから、半年、私はまだここにいる。
なぜと聞かれても自分ではわからないが、ここははっきり言って居心地がいい。泊めてくれた翌日から、私は泊めてもらった恩義から(たとえ相手が魔王様でもこれ鉄則)身の回りの世話を少しずつ焼くようになった。このお城は、すごく広い。だけど、住んでいるのは魔王様一人らしい。どうやら通いのお手伝いの方が週に何度か通ってきているらしいのだが、もしや魔王様に魂を抜かれてた忠実なるしもべかもしれないとか想像すると、身震いがする。下手したら仲間に引きずりこまれてしまったら…。いろいろ考えて、お手伝いの人たちとは顔を合わせるのを避けていた。そのせいもあるし、何より城は無駄に広いので今のところ、魔王様以外の人は見た事がない。
きっと魔王様は私を太らせてから食べるつもりなのかもしれない。
きっと、今は様子を伺っているのかもしれない。
油断させておいて、一番恐怖心を与える方法を考えているのかもしれない。
私は想像しながら、魔王様の様子をいつも伺っている。
扉の影から、机の下から、カーテンの影に隠れながらも、その様子をうかがうのに必死だ。魔王様は、私の存在に気付いているはずはないのに、私の隠れ蓑は完璧なはずなのに、ずっと観察していると、そのまま読んでいる本から視線を外さずに
「ケティ」
と一言声がかけられ、その都度私はビビる。そしてその後、決まって
「紅茶」
と言われるので、紅茶の準備の為に走る。きっと魔王様の事だから、後ろにも目玉がついているに違いない。
★ ☆ ★ ☆
急いでお茶を持っていくと魔王様はゆったりくつろぎ、不敵な笑みを浮かべたまま
「ケティ」
ドッキーンと心臓高鳴る。魔王様はというと、眼力だけで私を呼んでいる。
うっ!またですか!
私は魔王様の魔術の一種かもしれないと思われる眼力に逆らわず、魔王さまのソファの隣に腰かける。いつものように魔王様のお手が私の頭に伸びてきて、私の髪を撫で始める。
いつの日からか、いつもこう。魔王様は紅茶が好き。そして私の髪の毛をなでるのも、どうやら好きらしい。
お付き合いありがとうございました。