第1話:任務開始は唐突に
――【曇天の祓魔師】。
それは、前世を生きた中で俺が十年以上愛してやまなかった少年バトル漫画のタイトルだ。ジャンルで言えば、現代異能ダークファンタジー@化け物いっぱいって感じ。科学が発展しあらゆるオカルトが衰退した現代の裏側では、架空の存在であるはずの化け物たちが日夜暗躍しており、同時にそんな者達を狩る祓魔師がいるっていう、世界観。
日本だったら主に妖怪、他の国だったら怪物や悪魔。
すっごく基本的に言えば、神&人間VS他勢力っていう感じの構図であり、他にも色々な思惑の者達がいてそれはそれはカオスな世界なのだ。
漫画の世界である以上は大筋が存在し、これから先の世界は主人公が覚醒して色々てんやわんやとなるだろう。
で、そんな世界の名も無き祓魔師の子供に転生した俺は――色々あって、十五年ぐらい生きて、今この瞬間にブチ切れていた。
「というわけでだ夏燐、お前護衛やってこい」
前の任務から一ヶ月後、呼ばれたので通い慣れたおっさんの執務室に来てみれば言われたのはそんな事。
「……おっけーおっさん、もう一回言ってくれ?」
聞き間違いかと思って書類の束の後ろに座り煙管を吸う黒い羽の生えた髭面のおっさんにそう聞いた。その男……いやおっさんは、馬鹿を見るような視線を送ってきた挙げ句に心底呆れながらもう一回言ってくる。
「いいか? 次のお前の任務はとある学園の生徒の護衛だ。とりあえず頑張れ」
「えっと、それって潜入任務……だよな」
「あぁ、お前にはその学園の生徒になって護衛をやって貰うつもりだ」
「……今更俺が学生をやるのか?」
「そうだな、一応お前は年齢的に高校生だし不思議じゃないだろ?」
「いやそうだけどさ……俺が、か?」
「そうだって言ってるだろ?」
しかし、やっぱり返ってくる言葉は変わらない。
それどころか何の情報も無いしで、一度問い詰めたいくらいにはキレそう。何より、ただの護衛任務に俺が割かれるとは思えない。
「……でさその間の穴埋めどうするんだよ?」
「そんなのいつも通り足りなくなったらお前を呼び出すだけだ」
「だと思ったよ……というか、理由と経緯を教えてくれ、何が起こったら俺なんかに護衛任務が回ってくるんだよ」
「いやな、知り合いにお前を貸してくれないかって言われたから、今フリーだからいいぞって感じで送る事にした」
「まじでふざけんな」
上司だとか恩があるだとか関係ない、今はとりあえず抗議する。せめて何らかの説明や理由があればいいものの、これじゃあ何も分からない。
「でもなー聞けよ夏燐。もう書類を出したし準備は整ってるんだ。だからお前に残されたのは首を縦に振ることだけだぞ」
「謹んで断るよおっさん、絶対やらねぇ」
誰を護衛するのか分からないけれど、何より面倒な予感がするのだ。
俺が所属している場所にはロクでもない任務が集まる。
その上、ここで偉いこの人に来る頼み事なんてまともじゃないのが確定している。最悪な想像だが、衆合地獄で獄卒をやってこいと言われるかもしれない……そして、何より。
「おっさん、あんた楽しんでるだろ?」
「そうか? 俺としてはそんな気一切ないぞ?」
「嘘つくな。何年一緒に居ると思ってんだよ、それぐらい分かるわ」
さっきからこのおっさんは楽しそうに笑顔を浮かべているのだ。
この顔は完全に俺で遊んでいる顔で、明らかにやばい任務の時しかしてこない。そんな顔をただ護衛をやれって任務でする訳がない。
「あ、そうだな。お前に発破をかけよう――頼んできた相手は小夜だ」
「……あの人が?」
「あぁ、そうだな。夏燐ならやるだろうなって伝えといたし、どうせお前は断らないだろ?」
小夜というのは俺の数少ない恩人の一人。頭が上がらないというか彼女の頼みを断れないのが本能に記録されていて、名前を出されるだけで俺は弱い。
しかもだ。俺がやるって伝えられてるって事は……きっと今頃凄い喜んでいる。
「……地獄に堕ちろおっさん」
「その言葉が聞きたかったぞ、頑張れよ糞ガキ」
そんな状況で行かないとなったら、依頼をしてくれた小夜さんに申し訳ない――故に俺に与えられた選択肢はその任務を受けるということだけだった。
「それで詳細は? それと期間はどのぐらいだ? 最低限そこは教えろ」
「入るのは東京の一般校で相手はそれこそ力の持たない一般生徒。あー期間は知らん、お前次第だな」
「……まじでどんな任務なんだよ」
普通の潜入任務であれば、ある程度何かが起こればそれに対処しろと言われる筈だ。なのに、聞かされる情報は適当で、真面目な任務だと思えない。
「はぁ、分かったよ。で、いつからだ?」
「来月、つまり五月頭だなそこからお前はあそこの生徒だ」
「……なぁおっさん、俺は小学校から殆ど勉強してないんだが……今からやる必要あるか?」
「そんな付け焼き刃で何か出来るわけ無いだろ常識無いのか?」
まじで殴りたい――心の底からのその思い。どうせ見透かされているだろうから何も言わないが、とりあえず何か抵抗はしたい。
「まぁなんだ。今回はお前のやりたいようにやればいい。とにかく一週間後に任務開始だから準備しとけよ? 資料は後で渡すからな」
それだけ伝えられ部屋から追い出された俺は釈然としない気分で自室に戻った。
だが、忘れてはいけない。ここに来る任務はロクでもなく、難易度が高いか変なものばかりだということを。
そして、もう一つ。
俺はこの時期にある大筋というのを完全に忘れており、原作なんかに関わるつもりは無かった――というか、俺は関わらないと思っていた。
え、何が言いたいかって? 色々含めてくたばれおっさん。それに尽きる。
◇ ◇ ◇
「あー鬱、凄い鬱、今なら闇堕ち出来る気がする」
ドナドナと……約束の時間までに辿り着けるように歩いている俺は、最早気色の悪い変なテンションで笑いながらも正午の坂道を歩いていた。
時間が時間だってことで人がいないが、通報されてもおかしくない怖さ。
「ばっくれられないか? ……いや無理だよな知ってた」
「おう主様よ、一人でブツブツと怖いぞ!」
「出てくんな朔夜、朝っぱらから怖いから」
歩く俺の前に急に出てくるのは、半透明をした着物姿の銀髪少女。
角が生え八重歯をちらつかせる彼女は、元気いっぱいで現れて……そのまま俺の横に浮き始めた。
「祓魔師のくせに幽霊が苦手とは相変わらずのビビりだのう! そもそも妾と契約してるくせに怖がるとは何事ぞ?」
「それ抜きにして、お前の存在がやばいから出るな」
「そう言うが、妾がいないと一人で喋ってる変人だぞ?」
「……お前結局幽霊だから見えねぇよ」
「くはは、それは盲点! 変人で変わらぬのならお喋りしようではないか」
そういって笑う彼女の名前は、死月朔夜。
訳あって俺の中にいる契約した鬼であり、俺の力の大部分を支えるやべぇ女。
祓魔師の中には、本来敵対している妖怪や悪魔と契約し使い魔として力を使う者がいて、俺もその質なのだが……基本的にこいつのことが苦手な俺からするとあまり喋りたくなかった。
「嫌だから早く戻れ、俺が変人扱いされる前に」
「むぅーつれないのう、妾はこんなにも主様を愛しているというのにな」
手をいっぱいに広げて、俺へのカスみたいな愛とやらを表現する鬼娘。
こいつの言葉とか真に受ける意味など無いと知っている俺は、とりあえず無視して彼女が飽きるのを待つことにしたのだが、いつもと違ってなんか一向に帰らない。
「はぁ帰れよ」
「いやーだー! いつにもまして憂鬱そうな主様を視て白米付きで愉しむんだー!」
「なぁ朔夜、俺ってそんなに香ばしい匂いしてるのか?」
「……んあ? 安心せい、妾は生食の方が好きだぞ?」
「――そういう問題じゃねぇよ、もう戻れお前」
本来なら使い魔というのは自分の意思で出したりしまったり出来るのに、こいつにはその常識が通用せずこうやっていつも勝手に出てくる。
しかも今日の動機はマジで最悪で、鬱憤だけが溜まってくる。
「……してだ。何故主様いつもの三割増しで目が死んでおるのだ? とても面白いが気になるぞ?」
「学校行くのが憂鬱」
このまま黙ってても帰らないと思ってしまった俺は、かなり悩んだ末にそう言った。すると彼女は子供をからかうようにしてにまにまと笑い。
「そうかそうか、主様はぼっちになるのを心配しているのだなぁ? 安心しろ、主様のこみゅにけーしょん? 能力はちゃんとノミと同じだ!」
あろうことかそんな勘違いをしながらも、マジで阿呆な煽りをしてきたのだ。
「そこじゃねえよ誰が万年ぼっち陰キャコミュ障だ、ほら前話した大筋」
「そこまで言ってないが? ……ん、大筋とはこの世界の運命のことか?」
「あぁ、あってるよ」
「ふむ、それで?」
「だから、向かう先の学校にいるんだよ。この世界の運命背負ってる主人公様が」
最初はただの護衛任務だと思って、適当に見た詳細内容。
そこに書かれていた私立黄昏学園の文字で二度見して、護衛相手の名前を聞いて俺は横転した。だって、そこにあったのはこの世界の主人公様の名前だったから。
この世界の大筋……つまり決まっているストーリーは大体こうだ。
幼い頃から幽霊が見え、妖怪などと一緒に過ごしていた主人公徒華結月は、ある時悪魔召喚の儀式に巻き込まれて死にかけて、そこで祓魔師に助けられて裏の世界へ。
残酷すぎて笑みも消えるような真っ黒な世界の裏側を知りながらも、大切な人を守るために命を賭して成長していくハーレムありの王道な作り……なんだが。
この世界つまり【曇天の祓魔師】にはもう一つの顔がある。
それは、度を越えた主人公曇らせ漫画としての一面だ。
主人公たちに襲い掛かる苛烈な試練の数々。離別に離別、裏切り喪失etc.
昨今の少年漫画らしいと言えばらしいのだが、やりすぎじゃね? と何度も思ったし転生した俺的にまぁじでクソ。
IFのストーリーで悪魔と日本で言うところの妖怪に支配されたルートが軽く描かれたのだが、そこで今度は妖怪VS悪魔の生存競争って感じで本当に優しくない。
「前に聞いたが妾的には愉快で楽しいが、そこら辺はどうなのだ主様よ?」
「絶対嫌だ、俺は平和に生きるんだよ」
「今更何を言うのだ? 妾と契約した時点でそんなのないぞ」
「だからいつか絶対破棄するんだよ、いつも言ってんだろ」
そこまで話したところで、俺はそろそろ時間が不味いことに気づき……少し急いで学校に向かうことにした。
既に手続きされた状態、先生に挨拶しながらもこの世界では小学校ぶりの扉の前に立ち、一度深呼吸。
一応消えてくれた朔夜を横目に教室に入りながらも、授業終わりのHRの中で好奇の視線に晒されて教壇の前に立って、周りを見渡し――その人物を二度見した。
「……え?」
「八雲君? 自己紹介をお願いします」
「あ、え――はい?」
上擦る声音に混乱する思考回路。
俺の視界の端、窓際の席に座るそいつを見て、異常なまでに混乱する。
灰色をしたウルフカット、中性的で整った顔、そして――見間違う訳のない女性用の制服。
「あの八雲……夏燐――えっと、よろしくお願いします?」
自己紹介としては最悪な部類、だけどそんなのを気にしている余裕は一切無い。
だって、そこに……俺の視界に映る護衛対象は、どう見ても女子生徒だったから。
【急募】男の筈の原作主人公が女性になってたときの対処法。そんな文言が頭を過る。というか……え、なに? 原作終わった?




