カードデッキケース・相棒たちと異世界へ
悠々と広がる大地は山・森や川を包容し、街に入り込めば噴水広場の水の輝きで見事な虹を楽しめ、メインの大通りに活気溢れる各露店が並ぶ。しかしこの世界で生活を営むのは《人》ではなく《モンスター》だ。ここは現実世界とは異なる《架空のデータの世界・デミホルン》。街の教会で一人の青年が目覚めた。いや、デミホルンでは珍しい《人間型モンスター》とも言えるだろうか。
木々の隙間から木漏れ日がさす森の獣道でカイトは野生のイノシシ型モンスター《ベリーボア》に追いかけられていた。いや、追いかけさせていると言ったほうが良いだろうか。
「ひー、急げ急げ!」
カイトの外見は身長170センチ程の瘦せ型でありグレーのショートヘアにヘアバンド、トップスはアンダーアーマーにTシャツを重ねボトムスにはスポーツレギンスに短パン、靴はスニーカーと爽やかでスポーティーである。そんな見た目のイメージ通りに無作為に茂る森の木々の間を駆け抜けていく。あと百メートルほど走れば森を抜け、その先の青々とした草原には落とし穴を仕掛けている。
――森を抜け罠の目印を視認できるまでの距離に来た。
「ここだ!」
カイトは葉っぱや細木で覆いかぶせカモフラージュさせたその罠を飛び越えた。目論見ではこれで獲物を自慢の罠で仕留められるはずなのだが……ベリーボアも開斗に続くように跳躍し同じように穴を飛び越えた。落とし穴に気づかれていたのである。
「嘘だろ、おい」
ベリーボアは着地するとなおもカイトを追いかけようとグルルと唸っている。
「仕方ねえ、やっぱカードを使わなきゃか」
右腰のベルトに装着した〈デッキケース〉を開け、カードを一枚取り出すとイノシシの方向にそれを投げ放った。
「いでよ!《アーマード・ファルコン》」
その発声と共にカードから一羽の隼が生まれるように現れた。その片翼と頭部、脚部の一部には機械改造とも思われる銀色の鎧を纏っている。雄々しき翼を広げ、ベリーボアに目にも止まらぬ速さで向かっていった。
アーマード・ファルコンAP15 vs ベリーボアAP9
デミホルンでモンスター同士の戦闘が始まると参照されるのは各モンスターの《AP―アタックポイント》である。
モンスターの姿を見やり、目を凝らすとそのモンスターの持つAPが上部に表示として視認できる仕様だ。ベリーボアのAPは9、対してアーマード・ファルコンのAPは15。数値を上回ったアーマード・ファルコンの体当たり攻撃でベリーボアは撃破された。モンスターが撃破されると粒子データとして分解の処理が行われ各々(おのおの)の確率で《アイテム》を落とすことがある。カイトは《ベリーボアの肉》を手に入れた。
「よっしゃ、よくやったファルコン!」
戦闘が終わりカードの中に戻ったファルコンを回収した。
「森の果実を好物としているベリーボアの肉は美味くてそれなりの値段で売れるからな。街に戻ろう。」
北側には先ほど駆け抜けてきた森、街の方向は南側になる。時刻は午前11時。澄んだ空気を鼻と口で感じながら森の奥のほうを見やると山々が雄大に広がっている。その景観に思わず生前に訪れた山奥のコテージのことを思い出さずにはいられなかった。
「この世界にきてからどれぐらい経ったのかなぁ」
現実世界で換算すると五か月が経過していた。
生前、高校三年生に上がったばかりの春先に吉田開斗は難病を発症し激しい運動も行うこともできず最終的には入院生活を余儀なくされた。それまでは活発で運動神経もよく、陸上部でも一目置かれていた存在だった。そのため開斗が受けた精神的ショックはかなりのものだった。
「サッカーもテニスも何もできなくなるなんて、もう人生おしまいだよ」
病院のベッドの中で何度泣いたことだろう。
ある日、タブレットでSNSを流し見していると新作カードゲーム《ドラゴニック・ローグ》のPR動画が流れてきた。それまでカードゲームというコンテンツに興味を持ってこなかった開斗であったが、画面越しに移るカードの一枚一枚すべてが魅力的に映った。
「面白そうだな、このドラゴンのカードなんてすげえかっこいいな」
気づけば親にねだっていた、開斗の両親も息子が何か夢中になれるものを見つけたのならばとすぐに《ドラゴニック・ローグ》の初期セットを買い与えてくれた。
お見舞いに来てくれた友人たちが対戦相手になってくれた。ただ現物のカードを眺めてそのファンタジーな世界観に思いを馳せた。
こんな無機質な病室からカードたちの世界に移り、共に冒険ができたら……
開斗は本来なら高校を卒業する時期に息を引き取った。
その後、この世界デミホルンの教会で『カイト』は目を覚ました。生前の病弱な彼ではなかった。身に着けていたものはスポーティーでとても軽快。みなぎる活力に腕や脚が弾むようだった。
さらにきっと願いが通じたのだろう。腰のベルトには愛用していたデッキケース、中には相棒と呼ぶにふさわしいカードたちが変わらずに入っていた。




