第二十二章 開示
十二月二十日。
美咲は篠原に提案した。
篠原は最初、黙っていた。長い間。そして言った。
「理屈は通る」
「でも?」
「でも、方法がない。気持ちの上で『見せる』と決めても、0.5ヘルツの信号を通じてあいつが勝手に読んどう以上、こちらから能動的にデータを渡す手段がなか。プロトコルの中に、データ送信のコマンドはあるけど、人間の記憶をデジタルデータに変換する方法がない」
「変換する必要があるんですか」
篠原は首を傾げた。
「どういう意味たい」
「あいつは今、脳波を通じて記憶を読もうとしとうんですよね。外から。無理やり。それで壊れとう。じゃあ、こっちから**意図的に脳波を強く出したら**どうなると?」
篠原の目が動いた。思考が、まだ動いていた。
「意図的に脳波を……。つまり、特定の記憶を強く想起して、脳波のパターンを増幅させる。それを0.5ヘルツの信号に乗せて、こちらから送り返す……」
「できると?」
「理論的には……あいつの0.5ヘルツ信号は双方向の性質を持っとうかもしれん。受信だけやなくて、送信にも使える可能性がある。脳波のパターンを増幅して返送すれば、あいつにとっては**ノイズの少ないクリーンなデータ**が手に入ることになる」
篠原は計算を始めた。紙の上に数式を並べた。翔太がダブルチェックした。
「できる。送信機の増幅ユニットを改修すれば、0.5ヘルツ帯での送信が可能になる。そこに、人間の脳波パターンをリアルタイムで乗せる。ただし――」
篠原は美咲を見た。
「乗せるのは、生の脳波たい。機械で変換するんやなくて、送信機の前で**強く記憶を想起しとう人間の脳波を、そのまま拾って増幅して送る**。つまり、送信機の前に座って、記憶を思い出し続ける人間が要る」
「私がやります」
「美咲ちゃん」篠原の声が低くなった。「あんたの記憶が、あいつに**丸見え**になるっちゅうことたい。お母さんのことも。あの夜のことも。全部」
「わかっとります」
「わかっとうか? 本当に?」
美咲は黙った。
わかっていなかったかもしれない。自分の最も痛い記憶を、宇宙の彼方の見知らぬ何かに開け放つということの意味を。
だが、このままでは全員の記憶が壊れる。篠原の思考力が消える。翔太が計算できなくなる。中村がリーダーシップを失う。ユキが、まだ七年しかない人生の記憶を奪われる。
「やります」美咲は繰り返した。
篠原は長い間、美咲を見つめていた。
「……本当に、山際先生に似とう。あの人も、自分を差し出すことを躊躇わん人やった」
篠原は立ち上がった。
「改修に二日くれ。翔太、0.5ヘルツ帯の送信モジュールを組む。脳波センサーは――医療用の脳波計が拠点の医務室にあったはず。原口さんに聞いてくれ」
二日間で、装置が組み上がった。
送信機の前に、簡素な椅子が置かれた。椅子の背もたれには、医療用の脳波センサーが取り付けられていた。センサーの出力は増幅ユニットに直結され、0.5ヘルツのアンテナに繋がっていた。
美咲はその椅子を見た。
「ここに座って、思い出すだけでよかと?」
「そう。強く、鮮明に。あんたの記憶を、あんたの感情を、できるだけ鮮やかに想起して。あいつが外から壊しながら読むよりも、はるかに鮮明なデータがこっちから届けば――あいつは**外からこじ開ける必要がなくなる**」
「壊すのが止まる」
「そうなることを、祈っとう」
篠原は目をそらした。確信がないことを、隠さなかった。




