八十三話 クローシアへ
スウィート公爵家主導の元、俺達の婚約発表の手筈は整っていった。
両家顔合わせも兼ねてスウィート公爵邸で開かれた身内だけの食事会では、親戚であるクローシア王家も来た。
クラリッサの従姉妹でルーク王の一人娘、リリィ王女から「クラリッサの勝ち」と耳打ちされたのは意味が分からなかった。何か勝負でもしていたのだろうか。リリィ王女は既に侯爵令息と婚約を済ませているからそっち系でない事は分かるんだけど。
リリィ王女の言葉は俺以外に聞こえていない様で、誰かに尋ねる事も憚られる。
結局、最後まで真意が分からないまま食事会は終了。クローシア王宮での婚約発表パーティーに出席する日がやって来た。
今日の服はクローシアで仕立ててもらった。ミラ達が結婚式用の衣装に集中出来る様に、とスウィート公爵家からの気遣いだ。
久しぶりに正装の洋服を着た気がする。最後に着たのは大学の入学式だろうか。それにしても顔の主張が強い。正装が黒で良かった。
「やっぱり髪色だな……」
「髪色がどうかなさいましたか?」
俺の髪を整えてくれているサンが般若の面をコテンと倒す。
「俺の髪って母さんからの遺伝なんだけど、奇抜すぎるんだよ。色が」
「ああ……分かります。俺も灰緑の髪がコンプレックスで。ヴェルザードが居ないと海外で仕事も出来ないですし」
「だよなぁ……黒染めしたい。それか黒のウィッグで隠したい」
「俺もです。奇抜な色を持つと色々苦労もしますからね」
分かってくれて嬉しいよ……。ピンク頭はロイとかハナエとかセロとか、探せば居るんだけど、誰も分かってくれないんだ……。
ロイとハナエは我が道を行く、他人からの評価なんて丸めてゴミ箱に入れられるタイプ。自己肯定感も限界突破している。
セロも髪色にコンプレックスは持っていない。しかも三人共お洒落には興味が無く、仕事以外でも着ている服がいつも同じ様なデザインと色味。
でも俺は立場上色々な服を着なければいけず、サンは髪のせいで人からの覚えが良く、潜入調査がやり難くなる。
本気で黒染め考えようかな。一種のアイデンティティでは片付けられない問題になっているから。
「まあでも、素敵ですよ。前合わせのフェリーチェ様も素敵ですが、こちらの服は体のラインがよく引き立てられていて。お似合いです」
「ありがとう、サン」
こうやってサンはいつも俺を褒めてくれる。だから、頑張ってこよう。サンからの賛辞に応えられる様に。こんな風に褒められる事って前世でも無かったからちょっと照れるけど。
「そうだ。サン」
「はい」
「俺の側に居てくれて、俺の所に来てくれてありがとう」
「…………」
俺の言葉に固まってしまった。やはりもっと感謝は伝えておくべきだったか……? 毎日伝えてるつもりではいたけど疲れてる時は半分自分じゃないからな……ぞんざいに扱ってしまう日も有るのかもしれない。
どうしようかと思っていると、サンの方から
「そういうこと事言うから人誑しって言われるんですよ? でも、嬉しいです。敬愛する主様からそう言っていただけて」
般若の面を外して恥ずかしそうに微笑むサン。このタイミングで素顔を晒すとか、人誑しはサンの方だと思うんだけど……。無自覚さんめ。
「それじゃ、行ってらっしゃい」
トンッと背中を押され、控え室の扉が閉められた。
「よし、頑張るぞ」
口角を上げて大広間に向かった。
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(本当にあの方は……)
サンはフェリーチェを送り出し、ズルズルと扉に背を預けて座り込む。
側に居てくれてありがとう。来てくれてありがとう。
そんな事、実の家族からも言われた事が無かった。異母兄のルナはそもそも会う事が無かったし、両親もルナを甚振る口実としてサンを利用していた。
他の貴族がやる様に誕生日を祝う事も無ければ、感謝を伝え合う事も無い。
でも、フェリーチェは違う。どんな小さい事でも必ず感謝を伝えるし、誰かにとっての祝日は自分の事の様に喜び、祝いの言葉を掛ける。
サンとルナは勿論、サージスに住んでいる人達が皆フェリーチェを好いている。家族を殺された経験を持つ人も居るというのに。
そうやって誰彼構わず誑し込むのに、自分が褒められると照れる。しかも、自分や同僚のヒリュウが褒めた時にしか照れない。
(俺もすっかりフェリーチェ様に嵌ってるな……スウィート様も苦労しそうだ)
出会った時からフェリーチェに惚れていて、二十を過ぎて行き遅れ令嬢と揶揄されても決してフェリーチェを諦めなかったクラリッサ・スウィート。
フェリーチェは良くも悪くも自分の感情に嘘を吐かない。好ましいと思ったらそのままストレートに伝えるし、不快に思ったら思ったら徹底的に叩き潰す。五年前に勃発したサージス対旧エクレシアの領土戦争が記憶に新しい。
その前だとサンがエトワールだった頃の両親の過ち。国を出ようとしていたオリヴァーを誘拐し、拷問にかけた上で公開処刑しようとしていた事。
だが、サンは両親を殺した事に対して怒りの感情は抱いていない。寧ろ、好感を持っていた。大切な人を守る為ならば自分は汚れる事も厭わない。恨まれる事も厭わない。
サンはそんなフェリーチェだから、護りたいと思ったのだ。フェリーチェが大切にする全てを護りたい。そこにスウィート公爵家が仲間入りした。
「嬉しい悲鳴、とはこのことだな……。一体何人にまで増えるんだろうか……」
微笑みを浮かべ、サンはフェリーチェの帰りを待った。
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正直に言おう。
「めっちゃしんどかった……」
パーティー自体は二時間くらいで終わった。が、問題はその内容だ。婚約パーティーという事で、多数の貴族が出席していた。
一応当主夫妻と長男長女しか出席していないが、それでもかなりの数が居る。その中には当然俺に釣書を寄越してきた家も有る訳で。
第二夫人の座を狙おうという意思が透けて見えて、愛想笑いの猫が逃げ出しそうになっていた。妖怪猫被せを雇っておいた方が良かったな、と現実から目を背けながら妖怪猫剥がしの魔の手から逃げていた。
この人が婚約者です、とクラリッサを紹介して回り、一曲だけ踊ったら後はほぼ壁になりたかったのだが、クラリッサがアルストロの方に行ってからは一人の瞬間を待っていたかの様に囲まれてしまった。
娘を紹介してくる父親。自分の事業を売り込んでくる次期当主。爵位の序列的に、俺は自分から話しかけない限りは誰とも話さなくても良い筈なのだが……今夜は無礼講なのだろうか。
それともアルコールが入ってハイになっているだけなのだろうか。
「お腹減った……」
「お疲れ様です、フェリーチェ様。軽食はお持ちしていますが、召し上がりますか?」
「ありがとう、サン。いただくよ」
着替えを済ませ、アレン特製おにぎりを頬張る。あと少しで腹の虫が産声を上げそうだったから助かる。
頭皮が痛いくらいガチガチにセットした髪を解き、切る暇が無くてすっかり長くなった髪を緩く結んでもらう。
「帰国したらまずは散髪しませんとね。今回はオールバックにしたので何とかなりましたけど、前髪が長すぎます。後ろもせめて自然乾燥が出来るくらいにしませんと」
「そうだよな……。中々時間が取れなくてさ。人の上に立つのがこんなに大変だとは思わなかった。尊敬だわ……」
シルヴェリスにルーク王、ハイリ―、それからヴァレンシアの二人。先輩王達は疲労を顔に出さず、身だしなみはいつも小綺麗。そして常に新しい情報を持っている。
ほんと、尊敬だ。シルヴェリスの遅刻癖は治らないみたいだからもう見ない振りをする事にしている。ロングスリーパーという性質は自分の意思じゃどうにも出来ない事だし、俺に対して遅刻した事は初対面の一度しか無い。後は基本的に尊敬出来る人だから。
「私のメイド力がもっと高かったら良かったのですが……」
「いや、サンが居てくれて助かってるよ。通常業務も有るのに俺の世話焼いてくれてありがとうな」
「したくてやっている事ですので。ヒリュウも同じだと思いますよ」
サージスはまだまだ人口が少なく、自分の世話が疎かになる俺の世話は、ヒリュウとサンが交代で焼いてくれている。入浴は流石に一人だが、着替えの準備や髪のセット、散髪等は全て二人に任せきりだ。
もう、サンとヒリュウが居ないと生きていけない身体にされているかもしれない。
恐るべし、俺の臣下達。
「お疲れでしょうし、今日はお休みください。まだ何か用事等ございますか?」
「いや、後は風呂入って寝るだけだ」
「では、従者室の方に居ますので。何か有ったらお声がけください」
「分かった。おやすみ、サン」
「おやすみなさい、フェリーチェ様」
危うく風呂で寝そうになったがそこは気合で何とかし、絶対に落ちなさそうな広いベッドに潜った。
スヤァ




