四十二話 正式に
クローシア国、王宮の中庭に俺は案内されていた。一週間前にルーク王が「ヴァレンシア王国国王とお茶をするから来るか?」といった手紙と招待状をくれたから今日、手土産と共にガーデンの椅子に座って二人を待っている。
「フェリーチェ、待たせたな」
あまりにも退屈過ぎるから、とつまんだ菓子を飲み込んだ瞬間、ルーク王の声がした。危ない危ない。もう少し早かったら咀嚼中に鉢合わせる所だった。第一印象がそれなのは少々格好が悪い。
「紹介しよう。彼女はクリスタル・ヴァレンシア。ヴァレンシア王国の八代目女王だ」
「クリスタルよ。よろしくね」
「お初にお目に掛かります。フェリーチェ・サージスと申します。こちらは護衛騎士のヒリュウです」
「……魔族ね」
「はい。竜人族です」
首の鱗から一瞬でヒリュウの正体はバレたが、それについて、女王は特に興味を示さなかった。
「彼女は余が産まれた時から実の子の様に可愛がってくださった、家族みたいな存在だ」
産まれた瞬間からコネがあるなんて、凄い人生だな。今、ルーク王が三十代っぽく見えるから女王は俺からしたら祖母くらいの年齢差がありそうだな。若く見えるから分からなかったけど。
「今日は公式なお茶会ではないから大臣も、貴族も居ない。使用人すらも最低限なの。人目が無いのだから、貴方も寛いでちょうだいね。ルークちゃんが実の息子なら、貴方は孫みたいな存在なのだから」
「はい。ありがとうございます」
一瞬、ルークちゃん呼びで吹きそうになったのを堪え、他所行きの笑顔を作った。
お茶会は和やかだった。俺が結界を張ったから外の雑音は聞こえてこないし中の会話も外に漏れない。
それに気を良くした女王……クリスタルおばさん(と呼ぶ様に言われたけど俺大丈夫だよね……?)は幼い頃のルーク王を語り続けた。ルーク王の弱々しい声で発せられる静止は、最早聞こえていないだろう。
王宮のカーテンを全て剥ぎ取る遊びが好きだったとか、脱走の為の抜け道を作り過ぎて部屋の中にも見張りが置かれたとか。親近感の湧く過去のやらかしエピソードを多数取り揃えていた。
一通り笑わせてもらってから、俺は本題に入った。国として認めてもらう事が今回クローシアまで来た目的だったから。
「一つだけ条件が有るの」
「条件、ですか?」
「海が見える場所に別荘を作ってくれないかしら? 娘に王位を継承した後、ゆったり過ごす場所が海外にも欲しいのよ」
「分かりました。綺麗で安全な場所を探しておきますね」
「成立ね。サージスを一つの国として認める事、大陸の持ち主をフェリーチェくんにする事に異論は無いわ」
ルーク王の時も使った形式の書類にサインをし、晴れてサージスは国と、そして俺は二カ国に認められた正式な国王となった。
「お二人共、ぽっと出の俺を信じてくれてありがとうございました」
「敵対するメリットが無いからな」
「そうね、いずれ利益も出す様になるでしょうし。勿論、ルークちゃんだけではなくて、私も交易させてもらうつもりよ」
「はい」
二人は国王。感情だけでは俺を認められない。実益が伴っていないと後々のリスクも大きい。改めて、魔鉱山とその発見者、オリヴァー達に感謝しないとな。
「そういえば、そっちに魔法具の製造経験が有る奴って居るのか?」
クッキーを手に取りながらルーク王がそう聞いた。確かに、俺の国には魔法具の製作経験者が居ない。時計作家の父さんがポンの弟分と一緒に開発した時計も、太陽の位置を感知して時刻を合わせるタイプの電波時計の様な物だが、正確には魔法具ではない。
構想自体は有るが、魔力の階級を計る魔法具も具体的な仕組みはまだ分からない。
「人間魔族含めて、恐らくゼロでしょう。俺の住んでいた国には魔鉱山はおろか、普通の鉱山すら無かったので、そういった道具はあまり作られていなかったんです。技術を持った魔族の子達も少し前まで散り散りに住んでいましたし」
「それなら私が手伝うわ。ヴァレンシアは魔法具の国とも言われているから役に立つと思うの」
「で、でもそれは技術の流出になるんじゃ……?」
「敵国ならそう言われて反対されるでしょうね」
「だが、ヴァレンシアとサージスは敵同士ではない。それに、交流を通してサージスにしか無い技術を自分の国に持ち帰れるかもしれない」
なるほど……。Win-Winの関係を作れば良いって事。
「少し幹部内でも話し合う事にします。その提案は俺としても飛びつきたいものですが、摩擦が起きない保証が無い以上、不安も残りますからある程度落ち着いてからになると思います」
特に魔族誘拐事件の事でピリピリしている人も居るはずだ。そんな時に他国から人を許すと乱が起きるかもしれない。受け入れるとしても、あの侯爵を潰してからになるだろうな。最低条件は。
「そうだな。それが良い」
「それと、誘拐事件について調べた結果です」
「見ても良いか?」
「はい。少しショッキングな内容ですが、どうぞ」
「私も見て良いかしら?」
「どうぞ」
菓子をつまむのをやめて、ルーク王はルナに写してもらったサンの報告書に目を通した。
クリスタルおばさんも紅茶片手に報告書を読んでいる。
十分後。ルーク王は動かない。
二十分後。溜め息が増えた。
三十分後。無言。
四十分後。無言。
そしてそこから更に一時間半後。ルーク王は漸く動き出した。二時間以上、無言の時間が有ったので、それくらい衝撃を受けたのだろう。これがルーク王でなければ寝ていた可能性も否めないが、それは無いはず。
「ラセフ侯爵家…………」
「ヴァレンシアでも有名な家ね。無視出来ない発言力を持った人物よ」
スウィート公爵家とどっちが発言力上なんだろうか。もし侯爵家の方なら汚いお金、賄賂を疑っちゃうんだけど。
「今は協力者の炙り出しをしている所です。森を抜けた先に有る魔族の国も、魔族誘拐に立ち会っていて身元確認の為に確保もしていました」
「魔族の国? そんな国、有ったか?」
「俺が一番強そうな魔族を魔王として建国してもらったんです。本人達は他国との交流をするつもりは無いみたいなので今まで特に話題にしていませんでした。国と認められれば誘拐犯に対して国民を拉致した責任を魔族は追及出来る。そうでなくても俺が自分の土地の子を拉致したとして責任を追及するつもりですけどね」
「ああ……。構わない。侯爵についてはクローシアの人間だからこちらの法で罰する事になるが、希望が有れば反映させよう」
「ありがとうございます」
ルーク王が話の通じる人で良かった。いや、俺の貴族嫌いを知ってる訳じゃないからこんな簡単に了承できるのかもな。
「私の国でも調べさせてみようかしら」
「そうした方が良いですね。フェリーチェのバックにはこの世のものではない恐ろしい存在が居ますので」
普段と少し違う口調でクリスタルおばさんに言うルーク王。正体は多分、ヴィーネ。最初に脅されたのがかなり効いてるようだ。
美人が怒ると怖いって言うしな。ヴィーネだけでも普通の人間には怖い筈なのに、そこに神獣のデウスまで付いていたのだから更に。
「娘にも肝に銘じておく様に言っておくわ」
神界でこの話を聞いていたらしいヴィーネが俺にだけ聞こえる様に『当然よ』と鼻を鳴らして言った。
何が当然なのか。怒ると怖いところか? 確かに神罰とか天罰って言葉が存在する位なんだから怖いか。
創造神であるヴィーネは自滅覚悟で神界の暗黙のルールを破れば、この世界のシステム全てを書き換える事だって出来るんだから。俺達が暮らしているのはヴィーネの作った箱庭の中。不要と判断した人間を消す等、造作も無い筈だ。
『何か失礼な事考えてない? 私はそんなに暴力的じゃないわよ』
『まだ何も言ってないだろ。それに、そんな禁忌に手を触れるくらい切羽詰まってるなら俺が代わりにいくらでも汚名被ってやるよ』
『被らせないわよ。フェリーチェの事は気に入ってるんだから』
『そりゃあ、どうも』
とにかく、俺が俺でいる間だけでもヴィーネの手を煩わせない様に頑張ろう。他国に直接介入は出来ないけど、身近な事件くらいなら時間で解決出来ると思うから。




