第12話 その昔 裏を任された
「ここがな。フレデリカの国・・ってことだよな」
ここに来た目的は王からの依頼だけじゃない。
今のこの国がどのような形であるのか。
これを探りにも来ているわけだ。
なんて言ったって、彼女がここに帰ってくるべきなのかを調べたいわけだよ。
だって、ここが酷ければ、故郷を捨てて、普通に生きるべきなのかも視野に入れたいからだ。
彼女は、大王。
どんな人生を歩むべきなんだろうか。
新たな国を建国すべきか。
それとも、この国の王位継承権に割り込むべきなのか。
後は普通に、クルスとジャックの二人と生きていくかだ。
なんであっても幸せな道を選んでほしい。
でも・・・。
フレデリカの歩む道は、どの道だって、結局は茨の道ではないのか。
あの若さで、大変な世界を歩かねばならないんだ。
と、無職のオレは悩むばかりである。
「マールヴァー騎士団のレックス。その人に会えたらいいな。オレの立場では、フレデリカの母親に会うのなんて、無理があるだろうからな。ここはなんとかして、彼女のおじさんに会えたらさ。王周辺の情報が得られるんだろうけどさ」
都市の高台の公園の手すりにもたれ掛かったオレは、下にある城下町を見つめて独り言を言っていた。
大きな街だ。
たぶん四大陸で一番だろうな。
大きさも人口も・・・。
そこでも歴史の長さを感じるんだ。
◇
しばらくぼうっとしていると。
下の市場がガヤガヤと騒いでいる様子だった。
お店の店主さんたちの景気のいい声じゃない。
怒鳴り声だ。
目を凝らして周辺を見ると、そこに人だかりができていた。
「行ってみっか」
下に降りた。
◇
「邪魔をするな。マールヴァーどもめ。我がオリッサに盾突く気か」
鎧に水色の竜の紋章がある男が言った。
「そんなわけない。私たちはこちらの商人の方がお困りだったから、お手伝いしていただけ」
鎧の肩の部分に赤い竜の紋章がある男が反論した。
「そいつは悪徳商人なんだよ。ここらの商品を牛耳っているのだ。身柄を引き渡せ」
「それはないと。こちらの方は言っている! 公平にしなさい。こちらの人が平民だからと言って、民への横暴は許さん」
二人の騎士の言い合いだった。
マールヴァー騎士団と言えば、フレデリカのおじさんの騎士団だ。
それにオリッサ。
これも騎士団の名前だ。
―――
テレスシア王国の三騎士団。
①オリッサ騎士団
伝統と格式。そして貴族が中心の編成をしている。歴史の長い騎士団。
②ヴィジャル騎士団
遠征がメインとなっていて、ジョルバ大陸を移動しながら国家を守る騎士団。
平民が主になっている。
③マールヴァー騎士団。
新進気鋭の騎士団で、編成は融合型でバランスが取れている騎士団。
貴族や平民が一緒になって協力している理想的な騎士団。
――――
これをゲルグに勉強を教える爺さん先生に、オレは教わった。
「ふ~ん。なんかめんどくさそうだな。オレには関係ないし、帰るか」
面倒ごとに首を突っ込んでも良い事がない。
人だかりから帰ろうとした時に、路地裏に見知った顔があった。
あの男性は、気配を消すのが上手い人。
相変わらずの怪しさを持っていたので、こっちから気配を消して近づいてみた。
「おい! あんた! そこのあんた! たしかあんたはオレの知り合いのはずじゃねえか」
背の方から話しかけると、男の肩がビクついた。
声にびっくりした様子じゃない。
オレの声を覚えている様子だ。
「そ・・・それは・・・人違いで・・・それでは・・・・お若いの。さらば」
「おい! 待てよ!」
逃げようとしたので、オレがガッチリ肩を捕まえた。
「あんたは・・・たしか・・・・」
「し、しりませ~ん。あなたみたいな方は、しりませ~ん」
情けない声の主は・・・あの面白おじさんだ。
◇
その昔。
ジェンテミュールも参加したことになった冒険者連合による赤の庭園戦。
ハイスロ山での決戦があった。
レオン、ミヒャル、エルミナ、イージス。
ジェンテミュールの英雄四人に加えて、明日は良き道をのリーダー『ガスト』を主軸にして戦った戦いだ。
リングロードのガストは、英雄職『アサシンロード』
別名暗殺王だ。
かなり物騒な役職だが、ガスト自体は気のいい快活な女性。
齢四十のベテラン冒険者で、主に護衛任務を中心に依頼を引き受けて、対人戦を得意としている人物。
当然冒険者ファミリーも対人戦特化で、彼女が中心となって今回の冒険者連合での戦いが起きた。
彼女らは、よく赤の庭園との戦いをしてきたからだ。
今回は、そのアジトを発見したために、直接戦う大規模作戦を展開したのだ。
◇
ハイスロ山の入り口。
赤紫の短髪で、眉毛に切れ込みがある女性が、歴戦の冒険者らの先頭に立つ。
彼女の脇にいるのは五人の冒険者。
その内の四人が英雄だが、彼女が最初に呼ぶのは英雄じゃなかった。
無職が一番最初だった。
「ルル坊」
「はい」
女性のそばに、無職ルルロアがやって来ると、彼女は肩を組んだ。
小声で話す。
「いいか。ルル坊」
「はい。何でしょう」
「こいつら、対人戦が苦手だろ」
「おそらく」
ガストは軽く親指を動かした。
こいつらとは英雄四人の事だった。
「お前らって護衛任務。やったことがあるか?」
「あります。モンスターなら、場数がありますが。ただ、対人では片手程の経験です」
ルルロアがパーを出した。
ガストは、チラッとその手を見て、嘆く。
「お前らの実績に対してだと、そいつは少ねえな」
ルルロアの肩を抱いているガストの腕に力が入る。
「でもお前はあるだろ。さっきもそんな動きだった」
「ええ。オレは、軍にいた事があるんで、嫌という程、人と戦っています」
「へえ。お前軍人だったのか」
「いいえ。師匠が軍人なだけです」
「師が軍人!? 珍しい冒険者だな」
冒険者の師が軍人なのは、まれなケースである。
「はい。グンナーさんって言う人なんですけど」
「おお。グンナーかよ。あいつか。あいつ、師になってたのか」
「え。ガストさん、師匠を知ってるんですか?」
「まあな。鋼鉄大将の旦那の側近だった奴だ」
「鋼鉄大将?」
「昔、ジャコウ大陸にいた司令官だ。誰にも負けない鋼の肉体、誰も止められない鉄の意志。そんなクソ強い戦士の事を、皆が尊敬してそう呼んだのさ。あと、ついでに声もデケえ人な」
ガストは昔を思い出して、しみじみと言った。
その昔、ジャコウ大陸には化け物がいた。
モンスターの群れの中に、裸一貫で突撃。
戦士の癖に武器も防具も持たずに、拳一本で解決する。
必殺技は、ドロップキックにフライングチョップ。
それだけで、全てをなぎ倒す伝説の戦士がいたのだ。
「へえ、英雄職の戦士系統の人なんですか?」
「違う。ただの戦士だ」
「え? ただのって、下級職ですか」
「ああ。ただの戦士だけど、ものすげえ強えんだわ。拳一本。武器も防具も、ほぼ無しでさ。肉体を鍛え上げての攻防をすんだよ。そんでもよ。そんだけでも強えの。化け物だったわ。たぶん、冒険者になっていたら準特級以上だろうな」
「マジすか。戦士でですか・・・すげえ」
ルルロアが感嘆の声をあげると、急にガストがルルロアの肩から腕を外して、ルルロアをまじまじと見た。
「そういや、お前。旦那に似てんな」
「え? オレがですか」
「ああ、黒の目に髪にな。きりっとした眉もな。似てるかもな。旦那の子か?」
「いえ違いますよ。ガストさん。オレ農家の子です」
「そうか。じゃあ違うか」
「でもオレってその人にそんなに似てるんですね」
「まあな」
「そうですか・・・でもオレの親父って、誰かの上に立つような男じゃないし」
「そうなのか?」
「はい。オレの親父は、人の話を聞かないんで。ええ、絶対無理ですよ。誰かの上に立っていたら、その下の人たちなんて大変だ。それに軍の司令なんて、グンナーさんみたいな立派な人じゃないと駄目ですよ」
ルルロアは、心から師を尊敬していた。
「そうか。お前の親父さん。話聞かないのか。じゃあ、お前凄いな」
「え?」
ルルロアは急に褒められて、戸惑った。
「だって、お前。話しやすいぞ。よく親に似なかったな」
「ええ。まあ。これが大変でしてね」
彼の視線が、英雄四人に向かった。
彼らがいなかったら、ルルロアという人間は完成しなかった。
親があれで、あれに似てしまえば、ルルロアも小さな暴君になっていただろう。
ただ、ルルロアには幼馴染の四人がいたから、素直で優しい子になったのだ。
彼らのバランスを常に取り続けた事で、ルルロアは対人における独自の能力を得たのだ。
「ふっ。そうだよな。英雄四人もいるんだ。苦労してもおかしくない」
ガストが軽く微笑んで、話を続ける。
「でもよ。お前はそのバランスを取ったんだな。普通はさ、英雄職の人間って、傲慢だからな。喧嘩すんのよ。しかも四人だもんな。だからすげえよな」
「そうなんですか?」
「ああ、あたいもさ。昔はバチバチだったのよ」
「へえ。リングロードの中に、他に英雄職がいたんですね」
「リングロードの前にな。あと二人いたんだ。でも英雄職がいるとなるとさ。内部に派閥が出来ちまうのよ。だから分裂しちまったのさ」
「・・・たしかに、ありえますね」
「でもさ、お前らの所ってそういうのないじゃん。これがすげえ。英雄の元に、冒険者らが集まっている。どうやってだ?」
「ああ。たぶん。オレがクッションになっているかもしれません」
「クッション?」
「ええ。オレが無職だから、皆。文句があれば、オレに向かってきますからね。英雄の方に不満が行かないんですよ。だから、派閥が生まれにくいのかもしれないです。それにオレたちは、幼馴染で仲良しですから。派閥がそもそも一個しか生まれないんですよね。レオン派です」
これはルルロアが間違っていた。
ジェンテミュールには、実際には派閥が二つあったのだ。
それは、レオンが率いるルルロア派と、レオンたちを崇拝する英雄派閥である。
相対する派閥は、のちに大きな間違いを起こすことになる。
ルルロアを手放すという結果を招くのだ。
ガストは、ルルロアが、幼馴染の事を話す時だけ笑っている事に気付いていた。
よほど好きなんだろうなと、心の中で彼女は微笑んでいた。
「へえ。そうか・・・でもよ、その話だと。お前の無職って、馬鹿にされてんのか」
「そうです。ほとんどが、オレの言う事を聞きません。一級でもですね」
「ああ、だからそいつらって一級止まりなんだな」
ガストが吐き捨てるように言うと、ルルロアが黙ってしまった。
「・・・・」
ガストが冒険者連合の全体を見た。ルルロアも彼女の視線を追う。
「でもよ。こいつらは違うぞ。ルル坊。いいか。ここは準特級以上がいる。こいつらはジョブで人を見ない。なぜか分かるか」
「それってこの人たちに教養があるからですか? オレって、軍にいた頃も馬鹿にされた事がないんですよ。やっぱり冒険者特有の事なんですかね」
冒険者は、話を聞かないのが多いし、自分勝手な奴が多い。
それは、学が無くても、志願しただけで全員合格だからだと、ルルロアは思っていた。
軍関係者たちは知識がある。
入るために試験がある。
だから頑張る人を馬鹿にする者が少ない。
こういう違いがあるのだと、ルルロアは今までの経験で感じていたのだ。
「ああ。まあな。それもあるかもしれないが。そうじゃない。準特級以上になれば、ジョブなんてもんを気にしないのよ。冒険者ランクとジョブ。これが強さと一致しない。ジョブなんて強さのまやかしであると、気付いているからだ」
「まやかし?」
「ああ。ジョブの強さで、準特級にはなれない。それは一級までだ」
「一級まで・・・ですか」
一級よりも先。
そこでは、ジョブだけでの審査は訪れない。
準特級以上となると実績などが重視される。
現に、無職のルルロアが準特級に到達しているのだ。
ジョブではなく実力。
これが証明されている。
「ジョブじゃない。本人の芯の部分に強さがないとさ。準特級から上にはならんのさ。だから、こいつらって、無職だから駄目って言う考えにならない。ルル坊は無職でも準特級まで来たのかよ・・・って思考になるわけよ。だからここでは逆に尊敬されるぞ。お前」
「オレがですか。ありえないですよ」
「いいや。お前は十分凄い奴だ・・・だから、あたいは任せたいと思って、お前に話しかけた」
「まかせたい?」
ガストが真剣な表情に変わる。
「この連合の裏の指揮を執ってくれ」
「え?」
冒険者連合の裏部隊のリーダー。
それが、ルルロアであった。




