第6話 山の神
ゲルグとアマルを指導している途中で、オレは、ヨルガさんからお話したい事があるので来てくださいと、呼び出された。
彼の職場に行ってみると、スーツを着た男性がいた。
ここに来てから一度も会った事がない人で、あの謁見の場にもいない人だった。
「ルルさん。こちらに」
「ええ。ヨルガさん。こちらの方は?」
「この方はですね。私の数少ない友人でして。私としても、紹介したくて来てもらいました」
「私としても来てもらった? じゃあ、こちらの方も会いたいと?」
「はい。そうです。どうぞ」
ヨルガさんは、男性に手を差し伸べた。
帽子を被っていた男性は、帽子を取って自分の胸のあたりに帽子を持っていき、挨拶してくれた。
「わ! ディズィー・ウォーキーです。よろすくおねげえします。ディディと呼んでくださいな」
「はい。オレはルルロアです。ディディさん、お願いします」
とても紳士的で、とても感じの良い人なんだけど、言葉がとっても訛っていた。
それと、姓があるから、この人は貴族だ。
「わ、会ってみたくて、ルルさんにね」
「いや、そうでしたか。ありがとうございます」
丁寧な人だから、丁寧に返事をしていく。
「あの。なんでオレにですか?」
「それはですな。わ、こう見えても、貴族でして」
「ええ」
貴族に見えます。
とってもスーツがお似合いでして、帽子もカッコイイです。
ただ、めちゃくちゃ訛っていますね。
「それで、閑職の貴族なんですよ」
「はあ、閑職の」
「そんで、全体に招集っこさ来た時にね。わが仕事してましてな。わ、ここに来られんかったんだわな。それで、剣聖殿と、その師を見て見たかったのですよ」
「なるほど。ああ、それでヨルガさんを頼ったと」
「そうそう。ルルさん、話が早いですな」
「いえいえ」
ヨルガさんとオレが友達になったら、ヨルガさんのツテを使ったってことか。
「わ、ちょっと今……感動しておりましてな」
「え? 感動?」
「ルルさん、後光が差しとるわ」
「は? オレにですか?」
「ええ。ビッカビカに光っとる」
ピカピカじゃないんだ。
虫みたいな言い方だな。
「はぁ?」
「うん。サングラスないと大変だわな」
ちょっと何を言ってるかわからない。
それを察してくれたのか。
ヨルガさんが、会話に入ってくれた。
「ルルさん。この人は、山の神なんです。だからその目であなたを見ています」
「え。山の神!? あ、あの英雄職の?」
「そうです。ちょっと珍しい人なんですよ」
それはちょっとどころじゃない。
激レアのジョブだ。
英雄職の中にも、珍しいタイプの職種がある。
戦闘もこなすことが出来るが、それよりも人々の生活に関連するようなジョブもあったりする。
それが、山の神。
主な能力は、祈祷。
その地の安寧を願う力を持っている。
あとは、登山家のスキルを持っていて、ハンター系統のスキルを多少。
それと、戦闘できるスキルがちらほらある。
面白い英雄職だ。
それが、この紳士な人が持っているジョブか。
「わ。それでね。さっき、ルルさんの事を先に見てしまったのさ」
「さっき?」
「部屋に入って来た瞬間ですわ」
「ああ。なるほど」
「天の意志で見たのさ」
「天の意志・・・」
それはたしか。
人にどれほどの運があるかを見るスキルだな。
神に愛されているとかなんとかの・・・話だったような気がする。
「うん。それでルルさんは、わが見てきた中でぶっちぎりだわ」
「ぶっちぎり?」
「うん。間違いない。豪運だわな。わらの王様よりもさ。ルルさんは何があっても死なないよ」
「え?」
「うん。事故とか事件とかでは絶対に死なない。運が味方している。これは間違いない。寿命を全うするタイプの人だね」
「マジすか。そんなのもわかるんですか?」
「うん。わが見てきた中で抜群だよ。目が焼かれるかと思ったんだわ。輝き過ぎてね」
オレがそんなに光ってんの。
無職なのに?
もしかして、何にもないから、ただ光ってるだけとかじゃないよね。
あ、それとも、英雄職のあいつらのスキルを真似てるから、四人分も光ってるとかか?
レオンたちの光も持っているとか?
「それって、本当ですか? 英雄職とかの光を見た事あります? そっちの方が凄いでしょ」
「うん。あるよ」
「え? あるんですか」
「まあね、妹のね」
「妹!?」
兄妹で英雄職だと!?
すげえ兄妹だ。
ジョブは、血縁関係があまり関係ないとされているから、両親の内のどちらかが英雄職だからと言って、子供が英雄職になるケースなんてのも極稀なんだ。
そんな中で、兄妹で英雄職は異例中の異例だよな。
滅多にないケースだ。
「妹さんは?」
「亡くなった」
「え?」
「まあ、長い話になるのさ」
ディディさんの妹は、ユイハ・ウォーキーさんというディディさんよりも8つ離れた妹さんだそう。
ウォーキー家は王都西にある山脈全体が領土。
そこを守護して、代々王都を見守るのが役目なんだそう。
そうなると、ほぼ侍の里の皆さんと同じ役割だから、それが閑職と言ったのがよく分からない。
重要な仕事を持っているんじゃないのか?
「小さな領土さ。東に比べたら、西は小さい。その分役目が大きくないし、それよりもだ」
ディディさんの訛りが消えている。
丁寧になっていくのは、まさか。
これが貴族のディディさんか。
本来のディディさんはあっちの訛っている方だ。
「ルルさん、モンスターストームを知っているかい?」
「ええ。もちろん。ガルズタワーで味わいましたよ」
「あれ、凄かっただろ」
「まあ。そうですね」
「あれが昔、一度だけ王都に向かおうとしたことがある。西の山脈の中央突破をしようとした時があるのさ」
「え? それが来たら、王都直撃じゃないですか。それはピンチなんてもんじゃ・・・」
「そう大変危険だったんだ」
ディディさんの顔が悲し気になっていく。
――――
「兄さん! あたしがやります。避難して」
「わたちも逃げよう。ユイハ。無理だ。あのストームは王都を視野に入れている。わが急いで王都まで行って、避難勧告を出せば被害は最小限だ」
「いいえ。最小限はストームの移動です。兄さん」
「ストームの移動だって。無理だ。あの威力だぞ」
モンスターストームは、過去に一度だけ山越えを果たしたことがある。
その記録は、王国が出来る前であったから、被害状況を把握できていない。
でも想像するに、大昔の人々にも多大な損害があっただろう。
それから彼らは、山を越える風をイレギュラーバウンドと呼んで、恐れることになった。
そこで妹は、大勢の人間があの風に巻き込まれて死ぬ。
それで直接は死ななくとも、ガルズタワーにまで運ばれて、モンスターと一緒になってしまう。
だから結果として死ぬ。
どの運命になろうとも、結果は死だ。
だから、ユイハは、自分の命を犠牲にしてでも、風を捻じ曲げようとしていた。
「兄さんは避難を。あたしがいきます。全力です」
ユイハは、モンスターストームの風と魔法勝負をした。
風魔法の極致
円舞曲の風
モンスターストームに対抗した唯一魔法。
彼女は、巨大な赤い竜巻に対して、青い無数の旋風をぶつけた。
激しい風の攻防によって、最終的にはモンスターストームが軌道を変更。
山を避けて、いつも通りにガルズタワーに向かって行った。
―――
「それで、わが避難勧告を王都に出して、山に戻っていったら、妹はもう・・・」
「魔力限界の先ですね」
「そう。灰になっていたよ。限界を超えて魔法を出していたんだ。王都の人々を守るためにさ」
「灰になるまで・・・そいつは、凄まじい威力の魔法を出したんですね」
「うん。ユイハは、風の大魔法使い。モンスターストームに対抗出来たのは、彼女がそれだったからだ」
「大魔法使いですか。なるほど」
風特化のジョブで、ようやくあのモンスターストームに対抗出来たのか。
にしても、あの化け物と戦えるのか。
英雄職はさ・・・・。
オレは見ているだけだったのにな。
レミさんが協力してくれなかったら、オレはあの時に消滅していた。
エルジャルク。
あれは、正真正銘の化け物だぞ。
「それで、わ。気になったんだ。君の報告書にエルジャルクが書いてあって。あれがモンスターストームの原因だってね」
「ええ。そうでしたか」
「つまり。妹は三大魔獣と・・・戦ったんだよね?」
「はい。そうです。あの深淵竜エルジャルクに対抗したんですよ。あの化け物に」
「そうか。証明したというわけか・・・あの子は自分の強さを・・・ならば、良い人生だったんだろう。あっぱれだろう。エルジャルクが出した魔法と接戦を演じれば・・・」
目を瞑ってディディさんは、妹に祈りを捧げた。
おそらく、ただの自然災害に負けたんじゃない。
あの化け物に勇敢に立ち向かって亡くなったんだと、納得した様子だった。




