第24話 スキルを知りたければ、人を知れ
「あんた、護衛だろ?」
師匠はニヤリと笑いながら質問した。
「な・・なに」
「あんた、あの子の護衛だよな。王妃。いや違うわ。あの子の母親は王妃じゃないな。えっと、側室の母の命令か何かでこっちに来てんだろ。あんたが、ずっと彼女を見てるだけってのもおかしかった。なんせ攫おうと動けばよ。あんた、空中にいるんだぞ。俺ら側の護衛なんか楽々突破できるわ」
「・・・・・」
師匠の予想は核心のような気がした。
ズバリだと思う。
「んで、その命は、自分の正体を明かさずに、あの子らの成長を見守れ! そんな所か?」
「な、なぜ・・・なぜ・・・それを」
「ふむふむ。そんじゃ、あの子を狙う奴は、まだいないとみていいな。狙ってくる奴らの目処があれば、団体でそっちの国からここに来るもんな。彼女を守るためにな。俺だったら、その状況になれば、あんた一人で、あの子を守らせはしない」
これも核心のような気がする。
さすがは師匠だった。
「今のそっちでは、彼女が死んだという事実に疑問を持った者がいないんだろ。だから、あんた一人でも護衛は大丈夫だと騎士団が判断したんだ。あんたみたいな実力者であれば、ここらの人間くらいの襲撃で彼女を守るのは簡単だしな」
実力計算からいっても、この大陸でこの人に勝てる人間は少ない。
たしかに守りきれそうだ。
「それに、あんたは騎士団を辞めたなんかで、こっちに来たな。ここで見守っていても、他の騎士団の連中に怪しまれずに済んでいるだろ。違うかな。結構ちゃんとしてるよな王国もさ」
「・・・な、なぜ・・そこまで」
師匠の当てずっぽうは天才的である。
何も知らないのに、予想だけでこの人から聞きたい事を聞きだした。
師匠が敵になったら嫌だなと思いながら、オレはこの人に聞いてみた。
「じゃあ、師匠の言う通りなら・・・あんたは何者なんだ。オレたちと目的が一緒なら協力出来るじゃないか」
質問をシンプルにしてみた。
協力が出来る関係なら、ぜひ協力がしたい。
彼女らの更なる安全を図れるのなら、この人の力も借りたい。
「・・・いや、任務は一人でと」
「大丈夫だ! オレもグンナーさんも。それにあの子らの先生のホンナーさんも彼女のことを守ってあげたいと思っている。あんたも一緒だろ?」
「もちろんだ! フレデリカ様をお守りするためにここまで来ているのだからな」
「よし、ならオレたちは協力しあえるので、事情プリーズ!」
両手でカモンとアピールした。
「・・・た、他言無用で頼む」
「おっけ」「分かった」
オレと師匠が同時に言った。
◇
このチョビ髭が生えているダンディな男性は、竜騎士のホイマンさん。
オレは『ホッさん』と勝手に名付けた。
ホッさんは、テレスシア王国の三騎士団の内の一つ。
マールヴァー騎士団に所属している。
マールヴァー騎士団の団長は、レックス・キーサー。
テレスシア王国の第三王妃アリス・キーサーの兄である。
つまり、フレデリカにとっては伯父だ。
とても優秀な騎士団長であるレックスは、自分の妹の願いを受け入れて、とある事件を装い、彼女を死んだことにして、国外に脱出させた。
その裏でホッさんが護衛隊長に任命されて、彼女のことを見守っていたらしい。
ホッさん自体の事情は、地元の母が病気であるとして隊から除隊ではなく、長期のお休みをもらっていることになっていて、それを別の騎士団の人たちからは、不満にも思われていないらしい。
彼らは巧みな戦略を築いたようだ。
ホッさんの任務は師匠が言った通り、影ながら彼女を護衛すること。
三人には面も割れていないけど、ホッさんの命令は、近づかずになぜか遠巻きで守らなくてはならないようだ。
「そうか。ならホッさん」
「誰がホッさんだ!!!」
ホッさんはちょっと怒った。
いいネーミングだと思ったんだけどさ。
「いや、ホッさんでいこう。ここではホイマンという名を知られない方がいいはずだ。それで、提案なんだけど、ホッさんはフレデリカのことを直で護衛しないか?」
「なに!? 今、影ながらと言っただろ」
「そうなんだけど、オレは一緒にいた方がいいと思うんだ。そうだな。ホンナー先生の昔の知り合いくらいにして。ああ、でもそれじゃあ、警戒するか。いや、待てよ。師匠を迂回させれば」
師匠がオレの考えを読んでくれた。
「それはいいな。俺のちょっとした知り合いにしてしまえば、堂々と護衛できるかもな。この人は護衛として、素晴らしい実力者だ。俺やルル以外の目もあった方がいい。あいつら三人の背後に常につければいいんだぜ。軍からの護衛兵としての身分でよ」
「おお、その案いいですね。この人に守ってもらえれば、あいつら、安全にここで暮せると思うんですよ。空から見守るよりも更に安全になるはず。それに、あの子らにも心のゆとりが必要ですよ。たぶんここに来て、休まる時が少なかったでしょうしね」
意外とあいつらも自分の事情を理解している節がある。
だから、気を張っている部分が見え隠れしている。
「なるほど。小僧の言う通りだ。フレデリカ様も緊張と困惑のままこちらに来ただろうしな」
「ホッさん。オレのことはルルでいいです。あなたの方が年上ですしね。小僧よりはルルがいいです」
「そうか。ルルか。わかった」
ホッさんは今の提案に納得してくれるようだ。
だからオレもホッさんを認め、態度を丁寧にする。
「それでは、私はフレデリカ様のことを直接護衛に切り替えて・・」
「あ。でもホッさん。フレデリカ様はナシですよ。ここではフレンという事になってます」
「フレン?」
「はい。日曜学校の上層部の先生方は、彼女に名字を名乗らせずにフレンという名をフレデリカにだけ与えています。それと彼女のジョブは指導者にしてます」
「指導者?」
「はい。彼女に関することは、全て偽装しているので、後で彼女の偽の情報をお見せしますね。そこであなたを三人の前に連れて行って後ろを守ってもらいます。どうでしょう? こちらの方がより完璧にあなたが任務を達成することが出来るでしょう」
「・・・そうだな。有難い申し出だ。何から何までかたじけないな」
「いえいえ。オレとしても自分が警戒する場面を減らせるので、助かりますよ。彼女らの身の安全をあなたになら託せますしね」
「そうか。本当にかたじけない」
「ということで、ホッさんの名前を考えなきゃな」
オレはそこに悩んでいた。
「ど・・どうでもよいだろう。そんなことは」
ホッさんはかなり迷惑そうな顔をしてオレのことを見た。
◇
こうしてホッさんはオレたちの『仲間?』になった。
そっちよりは、同僚と言った方がいいかもしれない。
ホッさんは、フレデリカを守るためにオレたちと共に同じ護衛意識を持って、彼女らに接することになる。
「今日から皆さんの護衛をしてもらうことになった。ホルトさんです。皆さん仲良くしてください」
先生が、三人にホッさんを紹介してくれた。
「ホルトです。よろしくお願いします」
「グンナーの知り合いらしく、あなたたちの身の安全を守るために、より強力な守り手として、私の助手として、君たちを守ってくれますよ。では、ホルトさん。挨拶をお願いします」
ホッさんはホイマン改めホルトとなった。
ちなみにこの名前はオレがつけました。
そのままホッさんと呼ぶためである。
「はい。皆さんよろしくお願いします。グンナーさんから護衛を任された者です。皆さんを守れるように精進します」
「よろしくお願いしますわ」
学校の先生というよりも、ホッさんの感じから滲み出る兵士としての風格が、護衛の人という認識になって、フレデリカはオレの時とは違い、何も警戒せずに受け入れた。
彼女が挨拶を返してくれると、ホッさんは感涙した。
あれ? ホッさん!? フレデリカには会ったことないんだよね?
と思ったのは内緒にしよう。
◇
ここでオレは、新たな生活にも慣れてきたので、先生のスキルを学ぼうと思った。
だから、先生の観察に入ったのである。
先生を理解しないと始まらないので、初めて先生を追いかけてみた。
朝。
先生は登校してきたら、必ずコーヒーを飲む。
「あち!?」
毎回飲んだ後に、冷たい水で舌を冷やしている。
かなりの猫舌だった。
これってコーヒーを飲む意味あるのかな。
コーヒーよりも、口を冷やすための水の方を飲んでいる気がする。
午前の授業。
先生は授業が終わるたびに、必ず三人の方に行く。
「では。質問ありますか。皆さん。授業じゃない質問でも、なんでもいいですよ!」
優しく微笑んで、授業じゃない悩みすらも聞いてくれる。
相変わらず優しい先生で、素晴らしい人だ。
昼。
先生は、お弁当を広げる。
お店から買ってきたお弁当だ。
ルイズ弁当というお弁当屋さんがお気に入りらしい。
毎日、あそこの日替わり弁当だ。
飽きないのか?
そして、先生は生のキャベツが嫌いなようで、食べた所を見たことがない。
あそこのお店は必ずおかずの下にキャベツを敷いているんだけど、先生は必ず食べ残している。
苦手なものがあったのかとオレはクスっと笑ってしまった。
放課後。
職員室の先生の席の後ろに立って、先生のノートを見てみた。
乱雑に書かれたメモみたいなノートで、オレの理解力では解読が不可能だった。
字も汚くてなんて書いてあるかわからない。
まるでイージスの字みたいだった。
いや、待てよ。
もしかしたら、頭に入る授業の秘訣は、企業秘密なのかもしれない。
暗号化しているみたいだ・・・・って本当にそうか?
ただ字が汚いんだよな。
三週間。欠かさず毎日、先生を観察して、分かったことがある。
先生は・・・・・うん。謎だ。
ぼうっとしているようで、していない。
考えていないようで、考えている。
でも子供たちの事だけは、真剣に愛している。
それだけは絶対に分かる。
微笑んでいる時の顔が慈愛に満ちているからだ。
本当に謎多き人物である。
「ただ一つ、分かった。教えるという事は、生涯をかけて、自分も勉強しなければならないのだとね」
オレはやっぱり先生が好きで、尊敬している事。
これもわかった事だ。
◇
「ほい! ジャック。それじゃ、駄目だぞ」
「うう。ルル先生。もう一本」
「いや、交代だ。クルス、その次がジャックの順だ。短い時間で体を休ませるのも訓練だ。兵士になるにも冒険者になるにも休息を上手く活用しないとな!」
「・・・わ、わかりました」
二人との模擬訓練で、成長を見守る。
次第に見えてくる二人の成長具合と問題点。
深く考えなくても、見えてくるのは何故かと思っていると、これがもしやと思った。
「まさか・・・これが先生の教えと指導か。どっちだ。オレは二個を同時に発動させたら体にダメージがくるぞ。どっちなんだ?」
「む!! むむう!!!」
体の動きが元々悪いクルス。
彼が持っている棒の横を叩いて、さらにバランスを崩させる。
それでも立ってもらわないといけないから、オレはその攻撃を選択した。
「む~」
「まだまだだぞ。今のでバランスを崩しちゃダメなんだ。もっと足に力を入れな」
「む!」
「よし、クルス。来い」
クルスの動きが少しだけ良くなった。
動き方に変化が生まれて、踏み込みと打ち込みに鋭さが出た。
「もしやこいつが…『指導』か!」
オレはスキル『指導』を発動させているらしい。
あまり動きが良くないクルスの動きが前よりも良くなってきた。
そして。
「ほい。次。ジャック!」
最後にクルスの棒を弾き飛ばして、オレはジャックを呼んだ。
スキル『指導』をいったん外したら、一気に力が湧くイメージが出た。
さっきの戦いが頭に浮かんで良い点と悪い点が出てきた。
「なんだこれ・・・まさか。こいつが『教え』か。しかも師匠が言っていた自分の力にもなるって奴か。なるほど。成長効率が良くなるのはこういうことか。人に物を教えた時に勝手にイメージが湧いて来るということか。でも待て、二個を・・・ああそうか。まさか」
オレはここで気付いた。
指導を外して、教えが発動している。
そうじゃない。
指導と教えが、二つで一つの表裏のスキルなんだ。
指導の裏で、教えが隠れるようにいるんだ。
だから、先生って、これをナチュラルに発動させているんだ。
一回で二重発動するシステムが、特殊職『先生』のスキルなんだ。
面白い。
色んなことが面白い。
世の中は知らない事が多くてね。
未知を既知に変える時が一番楽しいぜ。
「よし、二人同時に来な。思いっきり教えるわ。指導と教えでいく! こい!」
「む!!!」「はい!!!」
二人と一緒に修行を開始した。
人に教えて自分が教わる。
理想のスタイルで、こいつらと一緒になって成長していくんだ。
それが今のオレの目標となり。
フレデリカ。ジャック。クルス。
この三人を強くして、自分のことを守れるようにしてあげるんだ。
そして、オレもこいつらを守れるように成長しよう。




