第13話 新たな仕事
大都市マーハバル。
師匠と兵士の皆さんと共に、ここに帰る事が出来た。
皆、無事でいられたので、今回のオレは十分に働けたと思う。
マルコさんの言う無職のヒーローに少し近づけた気がした。
そして、オレと師匠は、軍の施設と日曜学校の施設の位置が正反対の為に、街の入り口から別れる事になった。
「いいか。ルル、行き詰まったりしたら、息抜きすんだぞ！ 肩の力を抜いて生きていけよ」
「はい！ わかりました。師匠。また会いましょう」
「おう！ んじゃ、何かあったら施設に来いよ。俺たちはいつでも待ってるからな」
「ありがとうございました」
兵士の皆さんも、オレに手を振ってくれた。
ここの人たちは、優しくて気のいい人たちなんだ。
この人たちを守れて、本当に良かったと思う。
◇
先生が待つ職員室に到着すると、先生はすぐに席を立って手招きしてくれた。
「おお！ ルル君。大活躍だったそうですね。魔法を扱えるようになっているとは」
「あ。はい。でも、何故先生がそれを？」
「ええ。グンナーが伝令兵さんを寄こしてくれましてね。私にもお知らせが来たのですよ」
「おお。そうでしたか。そう言えば、師匠はマメですもんね」
意外と師匠の方が連絡関係はマメだ。
結構ホンナー先生の方が忘れっぽい。
「ええ。それでですね。話は変わりますが、私の手伝いをしてもらってもいいですかね」
「はい。もとよりそのつもりで帰ってきましたよ、先生！ お手伝いします」
「そうでしたか。嬉しいですね。ええ。ええ」
何度も頷いた先生は、資料をくれた。
三枚の紙に書かれているのは、生徒の名簿とその情報だった。
「ん？ これなんですか？」
「実は、これがですね。少々、大変でして。私一人だと難しいかと思いましてね」
先生は、オレに事情を説明してくれた。
◇
教師ホンナー。
彼の指導は特別で、他の教師の指導の追随を許さない。
素晴らしき指導者である。
今までに教えた生徒は数知れず。
彼に教わった生徒は世界へ羽ばたく者へとなっていく。
そして、彼の指導する子たちは、通常の基本職や上級職などではない。
受け持つ生徒らは必ずと言ってもいい程、癖のある役職を持つ生徒たちである。
英雄である勇者、大賢者、聖女、仙人。それとイレギュラーの無職。
他にも色んな生徒を指導したホンナー先生であるのだが、彼が今回受け持ったのは。
役職どころか、その事情までもが複雑な生徒たちであった。
先生の教室にて。
オレが教壇に立った。
今まではそちら側に座っていた分、慣れない景色に違和感がある。
「ホンナー先生の助手になったルルロアです。よろしく」
三人の子供たちの前であいさつをすると、いきなり少女が返事をする。
生意気そうな見た目で、声まで生意気だ。
「この人、誰ですか。ワタクシ、知らない人は嫌ですわ」
今、自己紹介したよね。
誰ですかって酷いですよね。
この子、話を聞いてないの。
と思ったオレだが、例の子なのだと観察に入った。
「ひ、姫・・・今、ルルロアさんと申しておりましたよ」
大人しそうな男の子は、彼女の隣の席の子。
身を乗り出して、女の子の意見を必死に訂正している。
かなり真面目そうな子である。
「む・・・・」
むっと言って、動きを止めた坊主頭の男の子は、オレを真っすぐ見つめるだけで終わった。
「はい。皆さん。こちらが私の教え子で、臨時で先生になってくれた。ルル君ですよ！ この子は何でも出来るので、皆さんが疑問に思うことは、何でも質問してくださいね」
と先生がフォローを入れてくれるのだが、真ん中の席の女の子だけは訝し気な目でオレを見ている。
「それは、ほんとうですの。ホンナーさん」
「ええ。本当ですよ。私が教えた生徒の中で、色んなジャンルの技術と知識を身に着けた最強の生徒です。素晴らしい人間性も持ってますよ」
「・・・そ、それはどんなですか！」
目を輝かせて、真面目そうな少年が手を挙げた。
「それはですね。こちらのルル君は無職なんです！ それがキーポイントなんですよ。ここからがすご・・・あれ？」
「「「・・・・」」」
先生の話の途中で、三人の目が完全に死んだ。
あっという間にオレの株が下落したようだ。
「無職？ そんな男性では、ワタクシたちを指導する資格などないのでは？ その男性は、役に立ちませんのよ。ワタクシ、無理ですわ」
「む・・・・む」
撫でたいくらいにまん丸坊主頭の男のこの「む」が一つ増えた。
少し不満そうな顔をしたから、拒絶の「む」だろう。
オレは、このままでは授業に入れないだろうと思ったので、一気に核心を聞いてみた。
「そんじゃ。どうしたら認めてくれるのかな。お嬢さん」
「だ、誰が、お嬢さんですって。ワタクシの名は、フレデリカ・キーサーですわよ」
「そうですね……で、お嬢さんはどうしたらオレを認めてくれるのかな」
「ぐぬぬぬぬ。ワタクシはフレデリカですわ」
苦虫を噛んだような顔をしたのが、こちらの少女フレデリカ・キーサー。
年齢は１０歳。
皆さんもご存じの通り。
こちらの日曜学校に入学できる年齢は１２歳。
なのに、こちらの少女は１０歳にして入学している。
まあ、それには複雑な事情がある。
それは、世界の西にある大陸。
ジョルバ大陸のテレスシア王国のお姫様で、現国王の子であるという事情だ。
現在の王位継承権第４位の少女で位が高い。
なのに、なぜこんなところにいるのかというと、王国の政争に巻き込まれるかもしれないという事で、彼女の母がなんとかして王国を脱出させたらしく、一番安全だろうと、あの大陸から一番遠いジャコウ大陸に送ったのである。
ではなぜ、政争に巻き込まれるかもしれないと母親が判断したかというと、彼女がこれから王国で危険視される可能性があるからだった。
それは、彼女のジョブに原因がある。
彼女は、かの伝説のジョブの一つ『大王』と呼ばれる英雄職であった。
姫でありながら、王の器を得ている彼女。
その他の王子や王女から狙われてしまうだろうと彼女の母親は思ったらしく、彼女が天啓を受けてからすぐに脱出計画を立てて、自分の娘の死を偽装して、こちらの大陸に送り込んだのである。
どこでもいいから、自分の娘が生きていてほしい。
そう願った母親の思いは、ただの普通の母親の願いであると、オレは思う。
そして今回、ホンナーさんとその周りの先生たちが、彼女の願いを叶えてあげようと、日曜学校で身柄を引き受けたらしいのだ。
それで実は、彼女自体は、自国で自分が死んだことになっているのに気づいていない。
本国に帰る日がいつかは来るのではないかと思っているみたいで、また母に会えるとも思っている健気さがどこかにあった。
先生方はこの子らに関する情報が漏れないように動いているが、どこかで分かられてしまう恐れもある事も、先生方は理解していた。
でも先生方は、のびのびと成長させてあげたいとも思っている。
だから今は、彼女の母国の情報を黙っておこうと、ホンナー先生を含めた先生方は気を配っていた。
「ワタクシたちを指導できるってなぜお思いになるのでしょう。教職でもないのでしょ」
「それは私がお願いをしましてね。フレデリカさん。そろそろあなたも人を受け入れる所から始めないと、こちらの生活に慣れませんとね」
「ほ、ホンナーさん。ですが、ワタクシは王族。どこぞの無能の指導など受けられませんわ」
彼女は先生の言う事は聞くらしい。
この生意気そうな少女に指導できるとは、さすがはオレの先生である。
そうだ。
だって、あの英雄四人を指導できた実績があるんだ。
この凄さは、誰にも越えられない。
「困りましたね。強情ではいけませんよ。柔軟な考えを学べません。あなたは、あなたのジョブを理解していますか？」
「・・大王ですわ」
「そうです。その職に就いたことのある人物は、歴史上で三人。直近の人をご存じですか？」
「テレスシア王国の初代王ですわ」
「いいえ。違います。その方は二番目の方です。直近の方は、あのジョー大陸のテレミア王国の初代王、アーゲント王です。そして、アーゲント王の出自は知ってますか？」
「知りませんわよ」
「それは、良くありませんね。いいですか。あなたはこの大陸の歴史を勉強せねばなりません。ではルル君は知ってますよね」
先生は上手い具合に大陸の歴史について教えようとしていた。
これはたぶん彼女が大王であるからこそ知らなければならない事だからだ。
それに、オレに話を振って来たのは、これでこの子らに認めて貰えという事なのかと。
先生の気配りに感銘を受けて、先生の話を補完することにした。
「わかりました。説明します・・・」
魔大陸を抜いた四大陸は、それぞれが独自の成長を果たしながら支え合っていた。
それで、謎が多い大陸『魔大陸』という未知の大陸が北に存在するからだろう。
そして、この大陸の中で、王国を築いた国が二つ。
それは、ジョルバ大陸のテレスシア王国と、ジョー大陸のテレミア王国だ。
ちなみにジーバード大陸とジャコウ大陸の統治は、各都市の代表者が集まる自治政府の仕組みを取っている。
それで、ジョルバ大陸のテレスシア王国は、ある時戦乱がおきて、国土が荒れ果て、国家が腐敗した。
その時に、命からがら大陸を跨いで逃げたのが、テレミア王国の初代国王アーゲント王である。
なので、テレスシア王国とテレミア王国。
この二つは血筋が同じで、兄弟国といっても良い関係だった。
当時は幾度か国家間で戦争していたが、400年経った今では、同盟を結ぶほど安定した関係である。
だが。
「君は、非常に微妙な場所に置かれた。ここは、国を建てるには弱い基盤だ。だから君は国を建てるにしても、国に帰るにしても。いずれにせよ、今はここで頑張らないといけないんだよ。大王のスキルを学ばないといけないからね」
彼女に諭すように話したが、顔が納得していない様子だ。
まだオレを信用していない。
「し、知りませんわ。ワタクシ、国なんて・・・興味がない」
「だろうね。でも君の兄弟たちは違うよ。君が大王だと分かったら、命を狙って来るよ。だから君のお母さんは実に優秀な人だ。君を生かすためにあらゆる手を使ってこっちに送って来たんだからね」
「………」
少しお灸をすえてやらないと、この先の人生に影響があるかもしれない。
自尊心を高く維持しては、おそらく大王としてよりも、人としてまずい気がした。
ハイスマンやキザールは、大人になってから、そこに気づいたが、君たちはまだ子供だ。
早い段階でその自尊心の壁は低くしていかないといけない。
これが大人がやるべき指導であると思う。
「よし。でもオレは教職じゃないからさ。ちゃんとした指導は出来ないぞ。元々は冒険者だからな」
真面目そうな男の子が目を輝かせた。
「冒険者！ それは本当ですか！ いったいどんな冒険を」
「お！ こっちの話に食いついたんかよ。まあ、そんな大したことしてないからな」
「ええ。じゃあ、なんでもない冒険者でしたかぁ。がっかりです」
残念そうな顔をした少年は、ジャック・ドルーリー。
彼女の従者として、共にこちらの大陸に来た少年だ。
ジョブは『従者』
これは、特殊職である。
従者の特徴は付き従う者から影響を受ける。
なので、彼はフレデリカの従者となっているので、能力上昇率が異常である。
「む！ むむむむむ！！！！！」
「ん？」
坊主頭の少年がオレの前に来た。
さっきのジャックよりも輝いた眼でオレを見つめてくる。
「どした？ クルス？」
「む！ む！」
なんかジャスチャーをしてきた。
クルスが、ぱたぱたと動いた。
読み取ると少しずつ分かってくる。
「オレの話が聞きたいのか？ 冒険者時代のか？」
「む～。う！！！」
どうやら言った通りらしい。
めっちゃ頷いて、最期に『う！』と言ってきた。
というか。この子は『む』しか言えんのか！
「む」しか言えない男の子の名は、クルス・ホワイト。
ジャックと同様に従者としてこちらのフレデリカのお供になった。
彼の職業は祝詞神官。
これまた特殊職である。
神官は基本職。異端神官は上級職。祝詞神官は特殊職だ。
神官は回復魔法と防御系魔法。
異端神官は、二つに加えて、敵の妨害が可能。
そして祝詞神官は、味方の能力を向上させることが出来る神官である。
でも思うことがある。
言葉を話せずにして、どうやって魔法を繰り出すのだと。
君は難儀な職に就いたなと思った。
「それじゃあ、オレが所属したジェンテミュールのことを少しだけ話してあげよう」
「ええええええ。ジェンテミュール！？」
「ふが！？ ふがふが！」
男の子二人が興奮状態になり、女の子は興味がなさそうにそっぽを向いた。
ジェンテミュールの名を聞いただけで、二人の目が輝いた。
数々の偉業を成した伝説の冒険者ファミリー。
大陸を跨いだとしても、オレたちの名声は轟いていたらしいぞ。
「そうか。聞く気はあるみたいだな。ほんじゃ、オレとあいつらの始まりの話をしよう。そこが一番わかりやすいだろうからな」
三年前のマーハバル。
それがオレの・・・いや、オレたちの始まりの物語である。
