第1話 出会い
薄暗い森の中、その人物は一人佇んだ。
男とも女とも捉えられぬ、強いていうならば無性とでもいうべき者の頭部にはあたかも大理石で象ったかの様な美しい白骨が鎮座している。
本来は眼球があるはずの場所には埋まるものなどはなく、その暗闇の奥で緑色の光がぼんやりとその姿を見せている。
まさに骸骨とでも言わんばかりのみてくれ。その存在の名はグレアと言った。
日頃グレアはこの辺りを彷徨っている。
見た目からも察せるように、食事も要らなければ睡眠もまた必要のないグレアにとって生存への努力などというのもまたないものである。
加えてグレアは好奇心が、知識欲が強かった。
暇を持て余したグレアが近隣の森へと歩んだのも至って当たり前のことなのかもしれない。
まだ薄っすらと影のかかった森はいつもと変わらず静かだった。
囁くような小鳥の声と微かに感じる森の風が妙に心地よく感じる。
そんないつもの風景に穴を開けるかのように、その少女はそこにいた。
ふわりとした銀髪を黒いフード付きのローブで覆い隠し、両手でやけに仰々しい杖を抱えている。
幼い子供がもつ中性的な顔つきといまだ未発達な小柄な体躯が少女だと主張しているのに相反し、彼女はまるで老婆のような狡猾的で、そうとは思えない雰囲気を纏っていた。
お互い何も話さないまま暫く時間は経っていた。
最初こそなんだこいつはという思いが強かったが、そんなものはいまでは塵ほども持ち合わせてはいない。
何故か?それは単純だ。もはやグレアは少女に興味を持った。
今度こそ、彼女らのことを知りたかった。
しばしの沈黙の後、静寂を破ったのは少女の方だった。
「…私を連れてって!!」
必死さを感じられる声色で、少女はグレアの手を強く握り、懇談しだす。
その表情に嘘は見られない。
見られないが…グレアは覚えている。ヒトというものがどういった種かを。
けれども知っている。それがただの一面に過ぎないことを。
だからもっと知りたい。見つけたい。関わりを持ちたい。
.....例えそれがどれだけ難しいかとわかっていても。
グレアは注意深く謎の少女を観察する。
その全ての行動に意味があると考え、不動を保つ。
「...あの..だめ、かな?」
先ほどよりもおとなしい声で彼女はつぶやく。
いままでのヒトとは違い、敵意は感じない。恐怖すらも、気の所為か無いように思える。
けれどそれが逆にグレアを不安にさせた。
…考え出しても仕方ない。『知らない』からこそ不安になるのだ。知らないものは知ればいい。グレアはそう割り切り、少女の目を見た。
「..ついてこい」
振り絞るようにグレアは少女に言った。数秒彼女は黙っていたが、すぐにやったー!という声が聞こえた。
彼女はグレアにとっては未知数。何も知らないしわからない。
加えてアレだけ異様な気配を放っているヒトがただの少女なわけがない。
周りに迷惑をかけてしまうかもしれない。今度こそグレア自身が壊されてしまうかもしれない。
けど逆にいえばそれだけ犠牲を払ってでも、彼女を迎え入れるというのは魅力的だった。
好奇心とは、かくも恐ろしきものである。
グレアは僅かに笑い、思う。
(楽しくなりそうだ)
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「まだちょっと早いけど.....じゃいこうか」
目の前の長身の男―――骸骨野郎は顎に手を当て何かを考えるような仕草を見せ、前進を促してきた。
その目線の先には、空間を歪みに歪ませた、はっきりと異様といえる黒いモノが渦巻いている。
(入りたくねぇ...)
少女は心底嫌がった。勿論それを表情に出すなんてことはしないが、どうしてもいい表情なんて作れない。
そもそもの発端は約3時間前。
空き巣で生計を立てていた少女は今日も今日とて警戒のなってない家屋を狙い、金品衣服何でもござれと盗んでいった。
事を運ぶ姿は誰にも見つからず、捕まるなんては以ての外。
気付いた頃には何もない。警察だろうが何だろうが捉えられないので、被害者はたまらず泣き寝入り。
銀髪の小悪魔、空巣屋アンナ、小さな子鼠などの異名もいつのまにか付きだして、その手の者には有名人に。
そんなアンナが初めてヘマをやってしまう。
【街】の警備に見つかった。それもただのじゃない。よりによってこの手の犯罪を専門に扱ってる連中にだ。
最初はアンナ自身も気づかなかった。当たり前だ、なんせあいつらは一般の警官と同じ制服を着ている。そこらに疎かったアンナには見分ける術はなかった。
アンナは走った。必死に、最も捕まりにくい逃げ道を選択していく。だが相手とてその道のプロ、そう簡単に振り切れるわけもなく、まるで【街】の迷路のような地形を把握しきっているかのようだった。アンナはゆく先々を先回りされてはそれを回避を繰り返し、アンナの空巣屋生活初の鬼ごっこはそのまま2時間程続けられた。
(うわーすげぇ..なんでついてこれんの...?)
アンナは足の速さに関しては誰にも負けないと自負している。
持久力勝負ともなれば尚更だ。追手が一人、また一人と遠ざかっていくのを見てそれは確かな確信へと変わっていく。
なのに後ろのこいつだけは未だに自分についてきている。
その事実が怖くて仕方なかった。
長時間の運動に流石のアンナも息が切れだした頃。
ようやく市街地を抜けだしたアンナは、街に面している大森林へと逃げ込む。
生い茂る木々が太陽の光を遮ぎる大森林は年中暗く、じめじめとした空気が肌にはりつく。
その感覚は何度来ようと慣れるものではなく、ひたすらに気持ち悪い。
できることならこんなところにはなかったが……状況がそんな贅沢を許してはくれなかった。
(文句は後だ。いまはこいつをどうにかしないと…)
少女はそう考え、必死に策を練っていく。
正面の木を蹴り、右へと無理矢理急カーブ、その際に落ちていた小石を片手で拾い上げ、あいつへと投げつける。
結果はあえなく外れ。ならば次はどうだ?
まるで迷路のように生い茂る木々の合間を縫いながら何度も何度も繰り返す。
だが当たらせることはおろか減速すらさせられない。
むしろアンナの疲れだけが溜まっていき、先程から嫌が応にも差を縮められていく。
アンナの狙いが悪かったわけじゃない。アンナの狙いは至って精確だ。何も起きなければあたっている。
なにも起きなければ、だ。
「想定外を想定せよ」昔どこかの偉人が言った言葉だそうだ。
まさにこういうときに思うべきことなのだろう。
あいつは石を避けつづけた。
それも偶然なんかじゃない、意図的に頭をずらして回避しやがった。
その小さな想定外がアンナの中で動揺へと形を変え、心を揺らす。
直後足に激痛が走り、目の前の景色に変化が訪れる。
「....あ゛っ..い゛っ...う゛っ..」
自分が足場を踏み外し斜面を転げ落ちているのだと気づいたのは回り始めてから実に数秒後だった。
頭、首、胸、腹、背中、腕、手、足。
ありとあらゆる箇所が、固い地面へと無造作に打ち付けられる。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
自分の声が脳内で木霊する。
それは、終わりのない拷問のように思えた。
わたしはどうなっている?やつは?どこだ?体が動かない。いや転がってる?
幾重にも浮かび上がっては重なる疑問自問。そのどれに対する答えもでないまま、気づけばアンナは横たわっていた。
森は変わらずただ静けさを保つ。




