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「優妃、水族館か海、どっちが良い?」
「えっと、どちらでも…」
歩きながら遠慮がちに私は答える。
「あまり興味ない?」
立ち止まり、先輩が私を見る。あ、しまった…と思った。言い方が悪かったと。
「いえ、どちらも好きです!というか、先輩と一緒ならもうそれだけで充分過ぎて…私なんかが選ぶなんて畏れ多い…というか」
先輩と目を合わせるのは緊張して、私はうつ向きながら答える。
「…それ、やめようか」
「え?」
「俺は“先輩”って名前じゃないから」
「あ…すみません…」
確かに、勝手に“先輩”と呼んでいたけれどそれは名前じゃないから失礼だ。
「名前にして」
ニコッと笑って、先輩が言う。あぁ、素敵で完璧な眩しいほどの笑顔。
「名前、って…あ、朝斗さん…?」
笑顔に気をとられていた私はじっとこちらを見つめたままの先輩にようやく気が付き、先輩が言った意味を考える。
思わず名前で呼んでしまい、恥ずかしくなって俯く。
(ほ、本人の前で…名前を口にしてしまった…!)
「“さん”も付けなくて良いよ、俺も“優妃”って呼び捨てにしてるし。」
先輩…朝斗さんがクスッと笑いながら歩き出した。
「いや、でもそれはやはり先輩ですから無理です!さん付けさせてください」
(朝斗さんを呼び捨て!?出来るハズないです!)
小走りで追いかけて、私は隣を歩きながら言う。
「じゃあ慣れたら、さん付けやめて」
「あ…、はい。…がんばります」
(多分、無理です。慣れたとしても呼び捨ては…)
心の中でそう本音を漏らしながら、私は精一杯前向きに答える。
「イチイチ可愛いな、優妃は」
無理難題に困惑してクラクラし始めた私は、先輩が何故そう言ったのか分からなかった。
(え?可愛い?)
先輩の“可愛いツボ”が全く理解できない!
「ねぇ、それって計算?」
「計算?」
(それは、ええっと…わざとやってるのかってこと?)
“計算”って、したたかで小悪魔な女の子が使う術的なアレのこと…――で合ってるのか?
「あー、いや何でもない。」
先輩が笑いながら、気にしないでと言う。
(そんな風に言われたら…気になります…)
先輩に可愛いと思われるコツがあるのなら、知っておきたいと思う私は卑怯ですか?




